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『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』で感じた他人を理解する難しさ

上質なミステリを読む快感

小林章夫 帝京大学教授

 『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』(マルコム・グラッドウェル著・濱野大道訳、光文社)を手に取ったとき、ずいぶん長いタイトルだと思った。もちろんタイトルを見れば、どういう内容なのかは類推できる。しかも副題が「『よく知らない人』について私たちが知っておくべきこと」と、これまた親切にして長い説明があって、最初はサラリーマン向けのハウ・トゥ本かなと勘違いしてしまった。

マルコム・グラッドウェル著、濱野大道訳『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』(光文社)マルコム・グラッドウェル著、濱野大道訳『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』(光文社)
 むろんこうした思い違いは、本文を読んでみると、一気に解消する。そもそも400ページを超える長編だし、目次を拾っていくだけで、この本が多岐にわたる話題を取り上げたものであるのみならず、数多い注釈を通じてそれぞれの話題を学術的に跡づけた意欲作であることに気がつく(正直な感想を付け加えるならば、この膨大な注釈は読むのに辛い)。

 まず、本書は見事な構成によって、まるで優れたミステリを読むような快感を与えてくれる。冒頭に置かれたエピソードでは、サンドラ・ブランドという若いアフリカ系アメリカ人の女性が職を得た大学から車で食料品店に向かう途中の出来事が描かれる。警官によって停止を命じられ、「車を降りろ」と言われる場面から始まり、やがて言い合いに転じて、結局サンドラは身柄を拘束されて、3日後に独房で自殺することになる。一体、何があったというのか。その経過は最後の12章で明らかにされる。

 一方、ミステリの結末がわかっているエピソードもある。第2次世界大戦前、アドルフ・ヒトラーと語り合ったイギリスの首相ネビル・チェンバレン。彼はヒトラーにヨーロッパ侵攻の意図なしと思い込み、ヨーロッパを戦乱の渦に巻き込んでしまった。

人間との付き合い方の幅広い考察

RazoomGame/Shutterstock.comRazoomGame/Shutterstock.com

 第2部「デフォルトで信用する」のテーマは、「人は相手を信用するよう初期設定されているというトゥルース・デフォルト理論」を材料にして、「キューバの女王」と呼ばれたスパイの真実を明らかにしていく。

 この「キューバの女王」という第3章も大いに読ませるもので、少なくとも筆者のようなスパイ好きには見逃せないものだった。逆に第5章の「事例研究 シャワー室の少年」はなぜか不快な趣を感じさせるもので、事例のもたらす不快感もさることながら、妙に詳細な裁判の描写が気持ちのいいものではないからか。

 ほかにも紹介したいエピソードは多くあるが、何よりも新型コロナウイルスの蔓延によってさまざまな断絶、思い違い、あるいは思い込みが生まれた結果、見ず知らずの人間、あるいはよく知らない人間との付き合い方が大きな問題となっている状況を多彩なエピソードを通じて描き出していることに、さまざまな感慨を覚えたのである。

 その意味で著者の幅広い考察に教えられることは多々あるが、一つだけ首をひねったのは、第5部 「結びつき(カップリング)」の第10章、詩人シルビア・プラスを題材とした部分である。

 夫テッド・ヒューズに逃げられ、ロンドンのアパートに住み着いたプラスは、暗い環境の中で自らの命を絶つために用意周到な準備をおこない、オーヴンに頭を突っ込んで自殺を成し遂げる。その経緯を著者は詳細に跡づけるのだが、第1次世界大戦後イギリスの「石炭ガス」使用の経過を描きながら、あたかもこの二つの事柄が深い関係があるかのように示唆する。しかし、ここは不意に歴史的経緯に片寄せた考察と言ってよく、本書全体の考察とは妙にそぐわない部分と思えた。

 これに比べれば、第7章「アマンダ・ノックス事件についての単純で短い説明」は読ませる。イタリア・ペルージャで起きた殺人事件の犯人として冤罪を負うことになったアマンダ・ノックスというアメリカ人留学生をめぐる考察である。結論を述べれば、彼女が犯人とされたのは、その行動が「不可解で不合理」で、こうした場合、われわれはうまく対処できないというのだ。この結論に至る詳細は、第7章の短いが、はっとするような説得力ある考察をお読みいただきたい。筆者は本書の白眉はここにあると思った。

コロナ対策が人の心を蝕む原因に

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 本書は「他人を理解する」ことの難しさを種々の事例を通じて検討したものだが、このような問題意識は現今のコロナ騒動を見るにつけ、しみじみと感じざるを得ないものである。コロナウイルスという目に見えない存在が世界中を騒がせている状況で、もっとも確実な対策が「人間同士の触れ合いを限定すること」だとすれば、これは現代のいわゆる「グローバリズム」と対立するものに他ならないのは明らかである。

 そのために人間関係をできる限り希薄なものとすることが求められているとすれば、本書の問題意識はひょっとすると的外れにならないものなのかと考えてしまう。おまけに、このような状況を意識してなのか、原因がなかなか理解できない自死が相次いでいることにも不穏な雰囲気を感じざるを得ないのだ。

 そう思って、本書冒頭の「サンドラ・ブランド事件の顛末」を読んでみると、この出来事は妙に納得できるのだが、それでもそのような安易な(?)解決が一体何をもたらしたのか不可解に思えてならない。つまり、このようなことでなぜ自殺をしなければならないのか納得できないからである。変な言い方になるかもしれないが、この事件はアメリカを騒がせてきた人種差別問題と見事に結びつくがゆえに、本書の冒頭を飾るのにふさわしい、そう思えてならないのだ。

 と同時に、コロナウイルスの被害を受けないためには、現状では少なくとも人との接触をできるだけ避けること、それゆえに学校の授業もリモートで行うのが普通になり、会食もできるだけ避ける、人がいる場所にはできるだけマスクをして行くこと等々が求められる。こうした状況では、そもそもよく知らない人と話す、接触することが滅多にできなくなっている。それが逆に人の心を蝕む原因になるとすれば、一体どうしたらいいのだろうか。

 詳細なデータを駆使しつつ、さまざまな出来事の深層を抉り出してゆく手腕は、まさに上質なミステリを読む快感を与えてくれるものだし、おそらくは相当に短い期間でやり遂げたはずの翻訳も見事な出来栄えである。妙な言い方だが、このところ家に閉じこもるような生き方を余儀なくされている毎日において、これほど生き生きした作品を読むことができた喜びは何物にも代えがたいものだった。 

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。