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劇場に集い、考える。様々な人生、若者の希望、震災、原発……

「いわきアリオス」での歩みを振り返る【下】

萩原宏紀 演劇制作者、いわき芸術文化交流館アリオス企画制作課

 福島県いわき市の公共劇場「いわき芸術文化交流館アリオス(いわきアリオス)」で働く筆者が取り組んできた、演劇を使って人と地域を結ぶ営みの報告の後編です。(前編はこちら

いわきの各地で「人生の物語」を受け取る

 いわきアリオスで行っているのは、演劇をやりたい人々のための事業ばかりではない。

「劇団ごきげんよう」のメンバー=白圡亮次撮影
 2015年度から活動を続ける「劇団ごきげんよう」では、いわきの様々な地域を訪れ、そこに住む方から「人生の物語」を受け取り、それを演劇にしている。

 「人生の物語」を受け取る、と言うと大仰に聞こえるが、実際の活動としては、取材相手の自宅に伺って「子どもの頃の遊び」と「人生で一番嬉しかったこと」を訊いている。そして、取材をしたごきげんようメンバーが、取材相手の話し方や仕草、表情や感情の機微を細かく再現し、演じることで、受け取った物語を演劇として届けている。

 この活動を取材したい相手に説明すると、必ず「私なんかなにもない人生だから」「○○さんの方が、色々やってて話も上手だから」と、まずは断られる。自分の人生が演劇になるなんて、とても考えられないのだ。

 それでも、ほんの1時間程度だからと頼み込んで自宅に伺うと、だいたいどの相手も2時間以上は確実に話してくださる。いつも印象的なのは、「よろしくお願いします」と玄関を開けたときと、「ありがとうございました」と同じ玄関から去るときで、相手の表情がまったく違うことだ。警戒心に満ちた目が、最後にはまるで何十年来の友人との別れを惜しむような瞳へと変わっている。そして、これまた必ずと言っていいほど、お土産と一緒に「また来なさいね」と言葉をいただく。

 取材した内容を演劇として立ち上げる際には、構成・演出として宮崎県を拠点に活動する「劇団こふく劇場」の永山智行氏にご協力いただいている。劇場の中だけでなく、もっと地域の中で演劇を通じて人と関わりたいと考えていた私が、永山氏に相談したことをきっかけに、この「劇団ごきげんよう」は生まれた。そして、永山氏がこの活動につけた『わたしの人生の物語、つづく。』というタイトルに惹かれて、様々な人がメンバーとして集った。

 そのメンバーの1人に70歳代の女性がいる。元・看護師で、演劇はまったく未経験。定年後になにか新しいことを始めたいと、フラッと「劇団ごきげんよう」の説明会に立ち寄ったところ、いつの間にか人生初舞台を踏むことになってしまった。

 先日、その女性がミーティングの際に、「日常で大変なことがあっても、いつも明るい『ごきげんよう』メンバーに助けられている。この活動が、自身の定年後の人生に方向性を定めてくれた」と語ってくれた。

 取材相手の「人生の物語」にばかり気が向いていたが、当然ながらごきげんようメンバーにもそれぞれの「人生の物語」がある。そしてその物語には「劇団ごきげんよう」というページが挟まり、そこから新たな物語が生まれていたのだ。

 すべての人生にかけがえのない物語がある。

 世界を揺るがす大事件や、国家を転覆させる陰謀、誰もが羨むラブロマンスなんかなくても、そのどれもが尊くて愛おしい。そこには過度な装飾や、過激な演出など必要なく、ただ真摯に受け取った言葉を客席に届ける、それだけで演劇が生まれる。

若者たちに様々な選択肢を示す

「いわきアリオス演劇部」のメンバー=吉田和誠撮影

 2017年からは、若い人材の育成にも力を注いでいる。

 「いわきアリオス演劇部」と称して、高校生たちがプロの劇作家の指導を受け、演劇の台本を書き、自分たちの力で上演する活動を3年間続けた。講師は、東京で活動する劇作家・演出家の三浦直之氏と、福島市で活動する同じく劇作家・演出家の大信ペリカン氏の2人に担当していただいた。演劇界の第一線で活躍する三浦氏と、福島市で20年以上、劇団を続けてきた大信氏の2人に講師をお願いしたのは、高校生たちが将来、演劇に関わっていきたいと思ったときに、様々な選択肢があることを知ってもらいたかったからだ。

 東京と福島では演劇を取り巻く環境は大きくことなる。地元を離れて東京などで懸命に夢を追うことは素晴らしい。一方で、地元での生活を大切にしながら、家族や仕事を中心に据えつつ、その余暇で演劇活動に取り組むことも、演劇の豊かさのひとつである。道はひとつではない。いや、道などないのかもしれない。ただ、自分が歩みたいと思った道を、自分の足できちんと歩めるようになるための手助けを、「いわきアリオス演劇部」では行ってきた。

 この「いわきアリオス演劇部」は、今年より対象を高校生から30歳以下に広げて、さらにパワーアップして継続していく。今後もこの活動にご期待いただけると嬉しく思う。

 演劇鑑賞事業についても触れておきたい。

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