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ワクチン接種をめぐる一高齢者の複雑な思い~北海道でも五輪どころではない

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

五輪とワクチン

 菅首相は、訪米時にファイザーの最高経営責任者(CEO)と直接協議して、ワクチンの追加供給を9月までに受けるメドがたった、と記者会見で発言した。これを聞いたとき、いや~な思いにとらわれた。

 ワクチン供給において、先進国・発展途上国間の格差が指摘されているというのに(アフリカではこれに付けこんだ偽ワクチンまで出回っているという)、9月までにという、五輪開催を見越したかのような取引を、首相が行ったのであるから。追加供給量についてまでファイザーの了解を得たわけではないというが、モデルナからの分を含めて全国民に接種が可能になるとの見通しを得、逆算して五輪開催の7~8月頃には集団免疫ができるとの判断があったのではないかと、私は疑っている。

地域差はいかんともできないのか

 ワクチン接種が始まってから2カ月以上がたつ。だが接種は思うようには進んでいないようである。絶対量が不足しているからであろうが、地域的な偏りがある点に違和感を覚える。

 私は北海道に住んでいる。北海道ではワクチン接種は医療従事者と、クラスターが発生しやすい高齢者施設に入居する高齢者および同施設の職員に対してなされてきた(ただし後述するように、ワクチン不足のため全員には接種できていない)。一般の高齢者の予約受付はようやく4月26日から始まり、実際の接種は連休明けからだという。

 だが私が住む帯広市では、接種へ向けた動きは遅れている。道内で一般高齢者の予約受付が始まるのと同じ4月26日から、ようやく高齢者施設入居者等への接種が始まったが、一般の高齢者へは、やっと5月中旬から接種券送付が始まる予定である。これもワクチンが道から実際に届くという前提での話だが、届くかどうかは未知数であると担当者は言う。

帯広厚生病院にも新型コロナウイルスワクチンが届けられた=2021年3月5日午前10時2分、北海道帯広市 20210305帯広厚生病院に届けられた新型コロナウイルスワクチン=2021年3月5日、北海道帯広市

 だが帯広はまだよい方で、ずっと接種が遅れる地域もある。ワクチン配布の難しさはわかるが、こうした格差は釈然としない。

かわいいやっかみ──高齢者優先への複雑な思い

は高齢者向けの新型コロナワクチン接種が高齢者施設で始まった=2021年4月14日、札幌市提供 20210414札幌市の高齢者施設で始まった新型コロナワクチン接種=2021年4月14日、札幌市提供

 いま、高齢者の接種状況についてふれた。だが高齢者の一員である私は、高齢者に与えられた接種の優先権に複雑な思いを抱いている。

 私は小さな合唱団に入っている。先日、転出する団員の送別会があった。20人ほどが、公共施設の比較的大きな研修室に、全員マスク着用でつどった。飲み物はペットボトル入りのお茶だけ。

 参加者から出た話題の一つは、やはりワクチンである。何しろ練習ができなくなってからすでに1年2カ月がたつ。それにそもそも合唱団は悪条件に置かれているだけに、ワクチンへの期待も大きい。

 悪条件とはこういうことである。私たちは小さな教会堂を使って練習してきたが、体育館でも借りない限り、「密接」「密集」は避けられない。また私たちの場合、教会が住宅に隣接していて窓を開けられず「密閉」も回避できなない。そして歌う以上どうしても飛沫がとぶ。特殊なマスクが合唱用に考案されているが、それでも飛沫をなくすことはできない。

 だから、おのずとワクチンへ関心が向く。送別会参加者の多くは、接種が行き渡って遠からず練習を再開できるだろう、という思いだったようだ。私も同じである。でもなかなかそうは行かないだろう。合唱団には高齢者もいるが若い人もいる。若い人の接種はかなり後回しである。「杉田さんは〔高齢者なので接種を〕早く受けて、他の人と歌えますね」と言われたが、なんだか申し訳ない気持ちである。

 以上はしょせん趣味に関わる話である。だがこれが職業に関わるなら、問題は深刻になる。

若くてもワクチンを必要とする人がいる

 なぜ高齢者の接種が優先されるのか。それは、感染したとき高齢者は重症化しやすく、かつ実際に重症者が社会的規模で増えれば、医療体制をひっ迫・崩壊させる危険性が高いからであろう。そうした事情は理解できる。

 だが可能なら、若くても、職業上等の事情からワクチンに頼るしかない人を、優先してあげたいと思う。特に変異株が広がり若年層にも重症者が増えているだけに、なおさらである。北海道でも事情は変わらない。

 私はすでに退職しており、人と接触する機会は多くない。地元で「文化講座」をもっているために月に2度は人と接するが、

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