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「おちょやん」が不完全燃焼だったのは、浪花千栄子の執念から逃げたから

矢部万紀子 コラムニスト

 千代が鶴亀新喜劇の舞台に復帰した。それを見た養子の春子が、看護師になると誓った。それが最終回だった。復帰→看護師。わかるような、わからないような……。朝ドラ「おちょやん」はずっとそうだった。感情が揺さぶられるようで、揺さぶられない。そのまま最終回になり、最後に感じた疑問がこれ。不完全燃焼。

 復帰の舞台は、千代(杉咲花)と座長である天海一平(成田凌)の十八番「お家はんと直どん」だった。一緒になると約束したのにすれ違い、別々な人生を歩んだお嬢さんと丁稚が年をとって再会する。この演目が「舞台inドラマ」として繰り返されたのは、千代と一平に重なるから。一平と若い女優に子どもができ、2人は離婚した。傷心の千代は道頓堀を去り、別な人生を歩んでいた。でも最終回、1日限りだが復帰する。

 亡くなった父母と弟、道頓堀で世話になった人々、ラジオドラマの面々。みんなが見守る中、最後の場面で千代は台詞を付け足した。「直どん、生きるっちゅうのは、ほんまにしんどうて、おもろいなあ」。

朝ドラ「おちょやん」の主人公を演じる杉咲花=提供・NHK大阪放送局「おちょやん」の最終回で舞台に復帰した竹井千代(杉咲花さん)=提供・NHK大阪放送局

 過去と現在がつながっての大団円。そこから場面が代わって、京都の家になった。月を見上げる千代と春子。そこで春子がこう言った。「あのなお母ちゃん、やっぱり私、看護婦さんになりたい。いや、なります」。

 なるほど苦労の多い人生だったけど、娘からそんな言葉をもらって、よかったね。そういう演出だとわかる。泣かせどころだろうが、まるで泣けない。代わりに浮かぶのは、「なぜ?」という疑問。「なりたい、いや、なります」と、小学生が突然の決意表明。

感動の総決算?

 戦争で亡くなった春子の実母は、看護師だった。だから自分もなりたい。それは前から言っていた。でも算数と理科が苦手だから諦める、やってダメよりそっちの方がいい。途中からそう言い出した。それらが千代の鶴亀新喜劇復帰に向けての伏線で、最終週でも春子は「頭悪いさかい、絶対に無理やねん」と言っていた。だとしても、それと復帰とどう関係あるのかなあ。そのこころは、千代が自ら解説してくれた。

 最終週の3日目、千代は道頓堀で一平と妻に会った。「申し訳ありませんでした」「すまんかった」と千代に頭を下げる2人。ややあって、「顔をあげとくれやす」と千代。「うん、うん、大丈夫や」と声に出して自分に言い聞かせ、一気に語る。道頓堀から逃げ出した離婚直後のように、2人に会ったら芝居ができなくなるような気がしていた。ラジオドラマも評価され、過去は忘れようと思っていた。でも、道頓堀が好きだ、もう一度、あそこで芝居をしたい、自分たちの喜劇を娘に見せたい、と。

 23歳の杉咲さんの表情に貫禄がにじむ。40歳を超え、ラジオドラマをヒットさせている女優なのだ。だから、芝居に復帰する、もう大丈夫という千代の心理はわかる。その芝居を娘に見せたいという思いもわかる。でも、芝居を見た娘が「看護婦になります」と宣言する理屈がわからない。

 お母ちゃんも離婚という痛手から逃げないことにしたのね、だから私も算数と理科から逃げないわ、だろうか? いやいやそうでなく、お母ちゃんも頑張っているから、私も頑張る。それくらいのことだと理解し、納得すればいい。そうも思う。でも、スッと落ちてこない。なぜかというと、「頭で考えた落ち」だからだと思う。

 生家でも結婚後も、家庭には恵まれなかった千代。だけど最後に

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