メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

小山田圭吾問題で思う、大谷翔平の81マスと自分を見つめる目

矢部万紀子 コラムニスト

 私が昭和の刑事だったら、カツ丼を出してこう言うだろう。「全部やめて、楽になれ」。東京五輪さんへの、これが一番愛ある態度だと思う。

 だって、ロクなことがない。始まりはエンブレムの盗作疑惑だったか、それより前、安倍首相(当時)の「アンダーコントロール」だったような気もする。そして開幕4日前、小山田圭吾さんの辞任、開会式の楽曲削除は「最後のとどめ」と表現してよいのか。まだ何か起きそうな気さえする。そんなこんなで、「全部やめて、楽になれ」。それしかないと、本当に思っている。

小山田圭吾問題は、一連の五輪トラブルの「最後のとどめ」になるのか?小山田圭吾問題は、一連の五輪トラブルの「最後のとどめ」になるのか?

 開会式は、見ようとは思っていた。関係者だけの観客席はどうなのか。統括責任者が3月に辞任、わずか4ヶ月で仕込まれたであろうパフォーマンスの出来栄えは。とにかく見なくてはと思っていた。

 小山田さんの名前が7月14日に発表されてすぐ、過去に雑誌のインタビューで同級生や障害者へのいじめを語っていたという指摘が相次いだそうだ。私は15日に、スポーツ紙の記事をネットで読んだ。彼が語ったことのほんの一部が書かれていた。それだけで十分におぞましい内容だった。だが16日に小山田さんがツイッターで謝罪、組織委員会の武藤敏郎事務総長は「(開会式直前の)このタイミングなので、彼には支えて貢献していただきたい」と続投を発表した。

 そういう人が関わり、そういう人が作った曲がかかる。そう覚悟を決めて開会式を見なくてはならない。東京五輪、どこまで人に迷惑をかければ気が済むんだ。そう腹を立てていたら、19日に彼が辞任を表明、組織委も受け入れたという。これで一転、すっきり明るい気持ちで開会式を見られる。などというはずはないわけで、「全部やめて、楽になれ」。振り出しに戻ったが、それは正直な気持ちだ。

大谷翔平選手のルーツ

 さて突然だが、落語が好きだ。一番のお気に入り柳家喬太郎さんが、まくらで「横浜のアミメニシキヘビ」を語るのを最近2度ほど聞いた。アパートから逃げ出し、16日後にそのアパートの屋根裏で見つかったという例のヘビ。「もう○○の方まで探しに行って、それでも見つからなくて、で、裏を探したらいたって、そういう話でしょ」と会場近くの地名を入れて語っていた。イヤなことばかりの世の中で、久しぶりに楽しい話題でしたよね、と。

 ヘビがつかまったのは5月22日。東京には、3度目の緊急事態宣言が出されていた。そこから一度は「まん延防止等重点措置」に緩められたが、7月12日から緊急事態宣言に逆戻り。4度目だから、人出は減らず感染者は増える。

 そんな世の中にただ一人、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手がいた。アミメニシキヘビからバトンを受け、「明るいニュース」を一手に引き受けてくれている。

 33本&4勝という成績を引っ提げ、日本人選手として初のホームランダービーに出場、翌日のMLBオールスターゲームは「1番打者・先発投手」。日本で放送されたのが13日と14日で、折しも緊急事態2日目と3日目。彼の活躍だけが救いと思った人が、どれほどいたことだろう。

大谷が高校3年の選抜大会後に自作したモチベーション維持のための紙。カレンダーの裏に負けた悔しさ、夏への決意などがびっしりと書かれている大谷翔平選手は「目標達成シート」後も文章を書きとめていた。写真は、高校3年の選抜大会後に記した、負けた悔しさや夏への決意
 そんな中知ったのが、大谷選手の「マンダラチャート」だった。ホームランダービーのタイミングに合わせた12日午前11時、ニュースサイトにアップされた<「ご飯 夜7杯、朝3杯」大谷翔平選手が10年前に書いた、81個の“マンダラの約束”>(プレジデントオンライン)という記事を、少し遅れて読んだのだ。

 書かれていたのは、花巻東高校の佐々木洋監督が1年生部員に作らせる「目標達成シート」の話だった。それはマンダラチャートと呼ばれるもので、筆者の相沢光一さんは「(これがあったから)『大谷翔平は全米で注目される選手になった』ということがわかる」「大谷本人にしてみれば、『すべては計画通り進んでいる』ということかもしれない」と位置付けていた。

 記事のサブタイトルは「プレー中なのにゴミ拾いをするワケ」。グラウンドのゴミを拾い、すっとポケットに入れる映像、折れたバットをそーっとバットボーイに手渡す映像。それらとともに、彼の「礼儀正しく真摯な人柄」がアメリカの野球ファンも魅了している。そう何度も伝えられていた。そのルーツがここにある。そういう記事でもあった。

「目標達成シート」は自分を見つめるためのもの

 どういうシートなのか、相沢さんはこう書いていた。<シートには9×9の合計81個のマス目が書かれている。まず中心にあるマスに自分が達成したい「大きな目標」を記入する。そのマスを取り囲む8つのブロックには、その目標達成に必要な要素を埋める>。その8つの要素を一つずつ取り出し、それを達成するためにすべきことを外側の8マスに書く。そうして81が埋まり、それを実行すると「大きな目標」が達成できる。そういうシートだ。

 大谷シートは以前から有名なようで、別のサイトには自筆の画像が報じられていた。正統派のきれいな文字で、81マスが丁寧に埋められている。真ん中の「大きな目標」は「ドラ1 8球団」。ドラフト1位で8球団から指名される。そんな将来を、高校1年生の大谷選手は見据えていた。

プロ野球志望届を書く大谷翔平選手=2012年9月、花巻市の花巻東高校プロ野球志望届を書く高校時代の大谷翔平選手=2012年9月
 それを達成するための8マスは、「体づくり」「コントロール」「キレ」「スピード160㎞/h」「変化球」、そして「メンタル」「人間性」「運」。ちなみに見出しになった「夜7杯、朝3杯」は「体づくり」を達成するための要素だ。

 このマンダラチャート、知らなかったがビジネスの世界でもよく使われているようだ。「思考が整理できる」と効用が謳われ、ネット上には無料でダウンロードできるPDFもある。

 個人的なことだが、「目標達成シート」は大の苦手だ。1983年に会社員になり適当に働いていたが、21世紀になると「目標を紙に書いて提出せよ」と命じられるようになった。会社に申し上げずとも、好きに働かせていただきます。それが蓄積されたものが「利益」なのだから、タガをはめてくれるな。それが我が「苦手」の論理だが、コンサルティング会社の人などが知ったら、だからこの会社はダメなんだとあきれるだろう。心でぶつぶつ言っていたら、目標達成シートはすぐに「振り返り」とセットになった。「目標未達」となると、シートが叱られる材料に。そんなの、嫌いだ──。

 が、大谷選手のマンダラチャートを見て、考えを変えた。

・・・ログインして読む
(残り:約1204文字/本文:約3926文字)