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必見! 濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』(上)──重層的な物語の野心作

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 市民参加のワークショップから生まれた5時間17分の驚異的な長編、『ハッピーアワー』(2015)、そして東出昌大が一人二役を演じた恋愛映画の傑作、『寝ても覚めても』(2018、相手役・唐田えりか)で高い評価を得た濱口竜介。42歳ながら、今や日本映画を代表する監督の一人であるが、村上春樹の同名小説をベースにした新作『ドライブ・マイ・カー』も、観客の期待に応えるというより、観客を挑発し、ときに混乱させるような実験的な作風の、力のこもった野心作だ(第74回カンヌ国際映画祭・脚本賞受賞。脚本は濱口と大江崇允の共作)。

『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督) ©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 8/20(金)より東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督) ©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 8/20(金)より東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
「ドライブ・マイ・カー」の公式上映後、スタンディングオベーションにこたえる濱口竜介監督左は出演した霧島れいかさんカンヌ国際映画祭で『ドライブ・マイ・カー』の公式上映後、スタンディングオベーションにこたえる濱口竜介監督(左は出演した霧島れいかさん)=2021年7月11日

セックスのあと語られる「物語」、不倫……妻の謎

 では、上映時間179分の『ドライブ・マイ・カー』とは、どのような映画なのか。以下、本作の重層的な物語を要約しつつ、濱口演出のいくつかの要点に触れてみたい。

 ──舞台俳優で演出家の家福(西島秀俊)は、ある日、愛妻の音(おと:霧島れいか)を突然、亡くす(彼女の死因はくも膜下出血)。音は元女優の人気脚本家であり、家福にとっては仕事上でも欠かせないパートナーであったから、家福は深い喪失感に見舞われる。

 だが濱口は、役者の大仰な演技を排する彼らしく、家福/西島の心理=悲しみの表現には拘泥せずに、画面を音の葬儀のシーンへと素早く切り替え、それをも短く切り上げると、出演者たちをクレジットで示す。つまり、そこで物語が一段落し(ここまでが約40分)、さらに「2年後」というテロップと共に、ドラマは新たな段階へと向かう(巧みな時間省略による展開の早さに唸らされるが、ここでは便宜的に、この約40分の導入部/序章を「パート1」、それ以降の約2時間20分の部分を「パート2」と呼ぶ。なお「パート1」では、24年前に家福夫婦が生まれたばかりの娘を亡くしたことも語られる)。

 音の死、娘の死という重い出来事を含みながらも淡々と滑らかに描かれる「パート1」では、しかし音をめぐるミステリーが仕掛けられる。そもそも音は不可思議な女性で、家福とのセックスでオーガズムを得たあと、

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