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初音ミク、混沌の中で〜奇跡の3カ月(12)

はちゃめちゃな遊びの始まりの日々

丹治吉順 朝日新聞記者

第11回「初音ミク、文化のカンブリア爆発と現在地〜奇跡の3カ月」から続く

はちゃめちゃだった最初期

ニコニコ動画の各投稿につけられる「タグ」という機能がある。それぞれの動画がどのジャンルに分類されるか、あるいはどんな性質の動画かなどを示すもので、初音ミクを使った動画には「初音ミク」というそのものずばりのタグがつけられている。

このタグを「投稿日時が古い順」に並べ替えると、特に2007年9〜12月ごろは、はちゃめちゃとしか言いようがない。

特に9月は、サムネイルこそ初音ミクの公式画像が多いが、内容は混迷をきわめている。ただ、動画の投稿数はやたらと多い。この時期、ユーザーたちが初音ミクを使って、いかにあれこれと試行錯誤していたか見て取れる。連載第2回でazumaさんが「初音ミクが歌姫なんて、とんでもない背伸び」と語ったのは、こうしたことからだった。

大ざっぱに分類すると、まず音楽に関しては、既存曲カバー、パロディ、替え歌、そして(現存する中では)9月10日以降のオリジナル曲、そしてそれらの二次創作だろう。何に分類してよいのか判断がつかないものもある。また、「音楽に関しては」と断ったのは、音楽とあまり関係なく、初音ミクのビジュアルを基にした創作も9月半ばごろから増えてくるためだ。

発売2日後の歌声に「すげえ」

初音ミク発売直後の9月初めごろは、既存曲カバーがやはり多い。発売翌日の9月1日には、アニメ「創聖のアクエリオン」を初音ミクに歌わせた「初音のアクエリオン」が投稿されている。投稿が圧倒的に早かったこともあるのだろう。2021年8月初め段階で累計49万再生されており、ニコニコチャートで見ても9月15日には10万再生を超えている。

初音のアクエリオン

翌2日には、同じくアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」から「雪、無音、窓辺にて。」のカバーが投稿された。

動画のタグに「やはりUp日(注:投稿日の意味)がおかしい件」とあるように、発売2日後とは思えない歌唱レベルの高さが視聴者を驚かせた。投稿後1週間以内のコメントを確認すると、初音ミクが歌い始めた途端に「おおおおお」「すげえ」といったコメントが画面を埋める。

「雪、無音、窓辺にて。」のカバー。初音ミクの歌声を初めて聴く人が多かったのか、「すげえ」といった感嘆のコメントが流れる「雪、無音、窓辺にて。」のカバー。初音ミクの歌声を初めて聴く人が多かったのか、「すげえ」といった感嘆のコメントが流れる

「絶望音感」が逆に愛される

「音源ソフトを初めて使ってみました」という投稿者の「右から来たものを左へ受け流すの歌」も投稿された(9月9日)。ムーディ勝山さんが歌う曲のカバーだが、「初めて使った」というだけあってとんでもなく音痴だ。それでも累計4万再生を超えているのだから侮れない。

ムーディ初音「右から来たものを左へ受け流すの歌」

初音ミクが歌い出した途端に、「絶望音感www」「これはひどいwww」「ひでぇwww」というコメントだらけになる。あまりの調子っ外れぶりに、逆に愛されたようだ。

同じように絶望的な音階の歌、無謀というか、オリジナル曲のようだ(9月18日投稿)。これまた累計5万7000再生超と、わけがわからない。「頑張った!君は頑張った!」という視聴者コメントが印象的だ。

初音ミク 素人が買うとこうなります編

「ブームに乗ってしまうと痛い目を見るという良い例」と投稿者が書き込んでいる通り、すでにこの時期には初音ミクはブームを巻き起こしていた(連載第1〜3回参照)。

息継ぎがわからない

9月17日の投稿「初音ミクが あ~あ~あああああ~」は、さだまさしさんが作曲し歌唱したドラマ「北の国から」の主題歌のカバー。歌詞はなく、ハミングだけの曲だ。聴いてみるとわかる通り、息継ぎらしき箇所が大変少ないか非常に短い。息継ぎを必要としない機械音声の特徴が注目された。この方向性は後に、cosMo@暴走Pさんによる「初音ミクの消失」初音ミクの激唱」などで徹底的に追求される。

初音ミクが あ~あ~あああああ~

「後につながる」といえば、こちらもその例かもしれない。「初音ミク3パートで般若心経木魚付き」(9月6日投稿)。

初音ミク3パートで般若心経木魚付き

初音ミクの創作連鎖の起点になった代表例の一つに挙げられる「般若心経ポップ」が2010年に登場したが、実は「般若心経」は9月6日という早い段階で投稿されていた。

さらに、同じ投稿者・心経Pさんは、「Ievan Polkka」で登場した初音ミク亜種の「はちゅねミク」に木魚を叩かせる動画を添えた「はちゅねミクで般若心経(ネギ木魚)」も9月19日に投稿。ナンセンスの極みだが、この投稿に限らず、はちゅねミクを用いた動画はこの時期すさまじい勢いで増えており、それは次回以降に触れることにする。

はちゅねミクで般若心経(ネギ木魚)

次は、有名な前衛作品が爆笑もののエンタメに化けてしまったもの。当時、筆者は画面の前でどれだけ笑い転げたか知れない。

初音の4分33秒

「4分33秒」は、20世紀の実験音楽を代表する作曲家ジョン・ケージが1952年に発表した問題作。演奏会の舞台に登場した奏者は4分33秒の間、目の前に楽器(多くの場合、ピアノ)があるにもかかわらず、それを弾かない。会場で聞こえるのは、聴衆が立てる雑音や、ホール外の音など、偶然発生する音になる。「音楽とは何か、音とは何か」を問いかける前衛音楽家らしい狙いだ。

だが、無数の聴衆が、音響的には沈黙を守りながら好き勝手におしゃべりできる状況など、さすがのジョン・ケージも予想しなかっただろう。ケージは1992年に亡くなったが、もし生きていたとしたら、この「初音の4分33秒」をどう視聴したのか、感想を聞いてみたかった。

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