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体験的「レコードの魅力」(下)――CDやサブスクとは異なる“いい感じ”

クラシックの“沼”を楽しむ。基準は1枚につき200円まで

印南敦史 作家、書評家

“アレ”にハマってしまった!

 前回は、レコードにハマった私がたどってきた道筋をお伝えした。

 そこでも触れたように、初めてレコード(天地真理「若葉のささやき」)を購入したのは10歳のときだったので、もう50年近く買い続けてきたことになる。数々の失敗を繰り返してきたぶん“学び”は少ない気もするが、ともあれ長い年月をレコードとともに過ごしてきたわけだ。

 ただし、どれだけハマろうとも、絶対に手を出してはいけないと信じて疑わない領域があった。何十年も前から、「レコードで集めてみたいなあ」と思いはしていたものの、そこだけは意識的に避けていたのである。

 なにかといえば、クラシックである。私は(誇れるほどの知識はないにせよ)クラシックも好きで、中学生のころからおもにFMでよく聴いていた。だが、コレクションを始めるようになってからも(CDでは相当数を所有していたものの)、クラシックのレコードだけは買わないようにしていたのだ。

 理由はいたって単純。クラシック・レコードの世界は、一度ハマってしまったら抜け出せなくなる“沼”だと信じて疑わなかったからだ。ただでさえいろいろなジャンルのレコードが増えているというのに、クラシックにまで手を出したらキリがなくなる……。そんな思いを否定しきれなかったのである。

 それに、他のジャンルと違って、クラシックのレコードを最良の状態で再生するためには、相応のオーディオ・システムを組む必要があるのではないかという気持ちもどこかにあった。いまはDJをするために2台のターンテーブルをミキサーでつないでいるのだが、そういった機材でクラシックのレコードをかけることにもなんとなく抵抗感があった(勝手にかければいいのに)。

 ところが、結果的にはとうとうそこに入り込んでしまったのだ。入ってしまった結果、「これは必然だったのだな」と満足してもいるのだが。

Martin BergsmashutterstockNagorny/Shutterstock.com

 きっかけになったのは、村上春樹さんの『古くて素敵なクラシック・レコードたち』(文藝春秋)という本だった。

 村上さんが、実際にお聴きになられてきたクラシックのレコードを“好きだ”という基準でチョイスし、それらについて解説した音楽エッセイである。

クラシック・レコードはどんなものを買うのか? 演奏家や作曲者が選択の基準になることはまあ当然だが、ジャケットが素敵なのでつい買ってしまうこともあるし、だた「安いから」という理由で買ってしまうこともある。ジャズの場合のように「この演奏家のものはコンプリートに蒐集しよう」みたいな系統的な目論見はない。行き当たりばったり、みたいに買い込むケースの方が多い。(「なぜアナログ・レコードなのか」より)

 たしかに、本書に登場するレコードは“歴史的名盤”ばかりではない。中古店で見つけた安いレコードでも、ピンとくれば購入しておられるようだ。そんな肩の力がいい具合に抜けたスタンスは、クラシックのレコードを買うことに対する私のさまざまな不安を払拭してくれた。

 早い話が「楽しそうだな」と感じ、“沼”であることを恐れるより前に、まず楽しんでしまえばいいのではないかと、当たり前すぎることにようやく気づかされたわけである。

扱い方にも変化が

 そしていま、最高に楽しい状態だ。もちろん欲しいものがあればヒップホップやロックも買ってはいるものの、圧倒的に購入枚数が多いのはクラシックのレコードだ。

 幸い、近所にクラシックを専門とした老舗の中古レコード店があるので、週に一度は顔を出すようにしている。クラシックを買うようになってから、お店の方と会話する機会も増えた。

 なお、クラシックのレコードを購入するにあたり、私は「1枚につき200円まで」をひとつの基準にしている。よほど欲しいものがあればそのうち例外も出てくるかもしれないが、いまのところ最高でも500円くらいまでしか出したことがない。

 クラシックの場合、200円だから駄作だということはまずない。過去の名曲を演奏するにあたり、箸にも棒にもかからないような指揮者や演奏家が選ばれることはまずないのだから、当然といえば当然の話なのかもしれない。という推論は的外れなのかもしれないが、少なくとも現時点で“駄作”に出会ったことはない。

 だいいちカラヤンやワルターなどの大御所の場合は、最初からプレス枚数も多いのだ。だから、名盤のたぐいでも100円程度で入手できる可能性が非常に高いわけだ。

筆者のレコードプレーヤー筆者のレコードプレーヤー

 余談だが、クラシックのレコードの場合、私はなるべく国内盤を買うようにしている。昔のクラシックの国内盤は裏ジャケに当時の音楽評論家が書いた日本語の解説が載っているので、音楽を聴きながらそれを読むのだ。純粋に楽しい。1990年代に音楽ライターになった私も、これまでに多くのCD用ライナーノーツを執筆してきたが、クラシックLPのそれにはまた違った趣があるような気がしている。

 そういえば、国内盤のクラシックLPにはまってから変化したことがもうひとつある。ジャケットについている「帯」を大切にするようになったことだ。

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