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飲み薬という選択肢へ、妊娠中絶を考える

これは人権の問題。すべての人が守られていると感じられる世界を夢見て

石原 燃 劇作家・小説家

 子供を産むか産まないかを決める。人工妊娠中絶をするなら安全な方法を選択する。女性にはその権利があるのに、心身に不当な傷や重荷を負わされる現実があります。劇作家・小説家の石原燃さんが「描かれた中絶」を通して、この問題を考えます。

飲み薬、「闇の」イメージからの解放

 2021年夏、私は『彼女たちの断片』という戯曲を書いた。今年3月末に上演予定だ。戯曲のテーマは中絶で、日本ではまだ未承認の薬を使った中絶をする一夜の物語とした。

 ちょうど、21年の12月22日に、日本でも中絶薬の承認が申請され、今年中に承認が下りるのではないかと言われており、承認に際しての条件も含め、その動向が注目されている中での上演となったが、こういうタイミングになったのは、狙っていたわけではなく、まったくの偶然だ。執筆の依頼をもらったのは2020年で、このテーマについて本格的に調べ始めたのは、さらにさかのぼって2019年だった。

東京演劇アンサンブル公演『彼女たちの断片』のちらし
 当時の日本には、中絶薬の承認が近い空気など、まるでなかったと思う。

 ちょっとネットで検索すれば、「中絶薬を使うと大量出血してとても危険!」と注意喚起する、産婦人科医院のサイトなどがいくつも引っかかって、中絶薬といえば、「闇の」「怪しい」薬というイメージしかなかった。

 私は、日本の中絶医療が世界に比べ遅れているということを、金沢大学の塚原久美さんの著書で知ったが、ネットにあふれる言説とのギャップのなかで、それをどこまで信じていいかわからず、すでに中絶薬を使っているフランスと台湾の産婦人科医に、友人を介して、いくつかの質問をし、自分なりに裏付けを取った(フランスと台湾にはたまたまそれを頼める友人がいたということだ)。

 その頃は、中絶薬は安全だなんて言ったら、中絶薬を「闇の」「怪しい」薬だとしておきたい人たちに、攻撃でもされるのではないかと、少し過剰に怯えたりもしていたが、昨年末以降、報道が増えたおかげで、それが80を超える国や地域で承認されている安全な薬だと知られるようになり、芝居の内容も受け入れられやすくなってきたと感じている。

東京演劇アンサンブル公演
『彼女たちの断片』
 石原燃作、小森明子演出
2022年3月23~27日
東京・渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール

関連記事 〈中絶薬の導入で日本女性にも中絶の権利を 搔爬を前提とした法律と医療を、全面的に見直すべき時だ〉

二つの『透明なゆりかご』に見る意識の変化

 私がこのテーマに興味を持ち始める前の2018年、NHKが『透明なゆりかご』というドラマを放送した。沖田×華さんが描いた漫画『透明なゆりかご 産婦人科医院 看護師見習い日記』を原作にしたドラマで、沖田さんご自身が18歳の時に勤めた産婦人科医院での経験を描いたものだという。

 最初に断っておくが、ここでこの作品を持ち出すのは、決して、批判したいからではない。この作品は、産むのはいいこと、産まないのは悪いこと、という二元論的な枠に収まりきらない複雑さを丁寧に描いた作品で、世間では共感を得にくい行動や選択をする人の想いにもちゃんと共感できる、客観的に見て、とても良質な作品だったと思う。

 ではなにがしたいのかというと、この作品の舞台である1997年と、ドラマが創られた2018年の中絶医療の状況や、私を含む、人々の感覚を説明するのにちょうどいいので、使わせてもらいたいと思うのだ。

 原作の漫画を見ると、一番始めに、こんな注意書きがある。

 この作品の病院内、医療の描写は作者が産婦人科医院でバイトしていた1997年当時の状況です。現在とは多少異なることをご了承ください。

 ドラマとして描きたいのは医療の状況ではなく、人々の葛藤や喜びや悲しみだということなのだろう。医療の描写の古さはドラマを観ていても、特に気にならない。

 一方でそれは、医療の状況が大きくは変わっていないということでもあるのではないか、とも思う。少なくとも、中絶については、手術しか手段がなく、搔爬法が中心で、金額は10万~15万円。基本的には相手の同意も必要。それらの条件は、2018年どころか、2022年のいまも変わっていない。

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