メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

『PLAN 75』早川千絵監督に聞く──75歳で生死を選択できる社会とは

「日本人はこの制度をすんなりと受け止めると思う」

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 先のカンヌ国際映画祭(2022年5月17日~28日)で、早川千絵監督がカメラドール(新人監督賞)の特別表彰を受けた話題作『PLAN 75』が、早速日本で公開となる。カメラドール関連の賞としては、『萌の朱雀』(1997)の河瀨直美監督以来、実に25年ぶりの受賞だ。同賞の審査員長を務めたペドロ・アルモドバル作品で知られる個性派俳優ロッシ・デ・パルマは、本作に心底惚れ込み「今の私たちに必要な作品」と賛辞を贈っている。

 映画の舞台は近未来。75歳以上が自身の生死を選択できる制度「プラン 75」が導入される日本だ。少子高齢化の解決策として政府が旗振り役となり推進する新制度だが、さして議論の深まりもないままに既成事実化してゆく様子が描かれる。

『PLAN 75』 6 月 17 日(金)より、東京・新宿ピカデリーほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee『PLAN 75』 6 月 17 日(金)より、東京・新宿ピカデリーほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

 主人公のミチ(倍賞千恵子)は夫と死別し、客室清掃員の仕事に就く78歳。彼女は同世代の仲間と一緒に、この巨大なうねりに巻き込まれてゆく。映画は同時に、申請窓口や遺品整理、電話のサポートスタッフら、制度を推進する側の人間の素顔も掘り下げ、複数の視点から問題を見つめる視野の広さを持つ。

 冒頭では若者が高齢者施設を襲撃するが、2016年に発生した「相模原障害者施設殺傷事件」と酷似している。かつて、この事件の加害者は「生産性のない人間は生きる価値がない」と語ったが、本作はそんな「命の切り捨て」に対する強烈な違和感や怒りを出発点としている。

 本作の骨子は2017年頃に早川監督が構想。まずは是枝裕和監督がエグゼグティブ・プロデューサーを担ったオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)の短編の1本として結実した。その後、国際共同製作としてフランス、フィリピン、カタールをパートナーに、長編作品を目指して再出発。長い準備期間と正味3週間の短い撮影期間を経て、カンヌ映画祭のわずか1週間前に完成した。

 実は2014年に短編映画『ナイアガラ』で、学生映画部門「シネフォンダシオン」に参加している早川監督にとって、カンヌは「映画への扉を開いてくれた映画祭」だという。8年ぶりに自信作を携えて戻ってきた映画祭の期間中に現地で話を伺った(インタビューは2022年5月22日に実施)。

カメラドール(新人監督賞)の特別表彰を受け記者会見に出席する早川千絵監督(右から二人目)。
同賞の審査員長を務めた俳優ロッシ・デ・パルマ(右)が絶賛した
カメラドール(新人監督賞)の特別表彰を受け記者会見に出席する早川千絵監督(右から2人目)。同賞の審査員長を務めた俳優ロッシ・デ・パルマ(右)が絶賛した=撮影・林瑞絵

早川千絵(はやかわ・ちえ)
NYの美術大学School of Visual Artsで写真を専攻し、独学で映像作品を制作。短編『ナイアガラ』で2014年カンヌ国際映画祭シネフォンダシヲン部門入選、ぴあフィルムフェスティバルのグランプリ、ソウル国際女性映画祭グランプリなどを受賞。18 年、是枝裕和監督製作総指揮のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編『PLAN 75』の監督・脚本を手がける。その短編をもとに本作で長編映画デビュー。

現実がフィクションを飛び越えた

初長編作品の『PLAN 75』がカンヌ映画祭「ある視点」部門に選ばれた早川千絵監督初長編作品の『PLAN 75』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に選ばれた早川千絵監督=撮影・林瑞絵

──本作にはもとになる短編があったのですね。

早川 最初から長編として考えてはいたのですが、プロデューサーが見つかっていませんでした。たまたまその頃、『十年 Ten Years Japan』の話をいただき、「10年後の日本を描く」という映画のコンセプトがマッチすると思って、まずは短編を作ったのです。

──2017年頃に構想された内容だと思いますが、映画は高齢化以外にもすごく今を描いている感じもありました。例えば、デジタル社会や管理社会。市役所で職員と相談をしても予定の30分ぴったりに終わるところなども、(筆者の住む)フランスと全く同じです。コロナ禍とともに、現実がこういった世界へと加速度的に進んでいったと、監督ご自身も驚きませんでしたか。

早川 本当にそうです。長編の『PLAN 75』では高齢者を安楽死させる施設はちゃんとした建物でしたが、短編では古い体育館が避難所や野戦病院のように白いカーテンで全部が仕切られていて、そこで処置をするという絵にしていました。その後コロナ禍で各国に造られた隔離病棟の様相がこれとそっくりだったことに驚きました。また、海外においてコロナの治療で高齢者に人工呼吸器を付けないなど命に優先順位がつけられたり、日本でも「若い人に高度医療を譲ります」という意思表示カードが作られ話題になったり。現実がフィクションを飛び越えてしまったと思いました。

©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

──政府の語り口もやたらと耳ざわりの良い感じで誘ってきますね。

早川 いろんな面で「言い換え」が多いなと感じます。政府が打ち出してくるスローガンや新しい言葉、例えば「一億総活躍社会」とか。「活躍」と言うとすごくポジティブに聞こえるけれども、裏を返せば、「自分たちでいつまでも働いて、自分たちでなんとかしてくださいね」というメッセージにも聞こえます。

──主人公を演じた倍賞千恵子さんは、ホテルの清掃員や交通誘導員の仕事をされていました。いつまでも働き続けなければならないというのも、まさに現在の日本が描かれていると感じます。

早川 「『プラン75』という制度は今はないけれども、それ以外の描かれていることは全てすでに存在している」と、外国のジャーナリストに言われました。

──主人公は女性にしたかったということですが。

早川 正社員で何年も働いた人は、老後に暮らしていける分を年金でもらえますよね。でも女性は非正規雇用だったり、結婚していて専業主婦だったりとかの人が多く、一人で高齢になった時に貧困に陥るリスクが男性より高いのです。確実に女性の方が厳しい現実を生きているだろうと。

スタッフ全員が倍賞さんに恋してた

──主人公のミチを演じられた倍賞千恵子さんはまさに適役でした。

早川 見る人が感情移入をできて、好きになってしまう人にしたいと思った時、倍賞さんがすぐに思い浮かびました。ミチは78歳でまだ仕事をしている女性ですが、あの年齢の女優さんで働く姿が様になる、リアルに見える方ってそんなにいないのではないでしょうか。倍賞さんも「仕事をしている女性というのがすごくいいと思う。私もお芝居で仕事をするのがすごく好きですから」とおっしゃってくださって。

 倍賞さんが今まで演じてこられた映画の中でも、働く姿がすごく印象に残っています。牧場で働いていたり、居酒屋を切り盛りしたり、船を操縦していたり。リアルで板についていて、それがすごく素敵でした。断られたらどうしようかと思ったくらいに、倍賞さんしか考えられなかったです。

『PLAN 75』 6 月 17 日(金)より、東京・新宿ピカデリーほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

──倍賞さんの素晴らしい「声」についても、台詞で生かされていました。

早川 「声がいいって褒めてくれたの」という台詞は、倍賞さんとお会いしてから作りました。本当に声も素敵だなと思って。私が倍賞さんにお会いして感じた印象を、「いい声だなってずっと思ってました」と、(「プラン 75」の担当職員役の)河合優実さんにも言ってもらっています。

──倍賞さんの撮影中の印象に残るエピソードはありますか。

・・・ログインして読む
(残り:約2958文字/本文:約5880文字)