メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

『ジェラール・フィリップ 最後の冬』パトリック・ジュディ監督に聞く

俳優、家庭人、平和主義者……多面的な魅力

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 36歳で夭折したジェラール・フィリップ(1922年─1959年)は2022年12月で生誕100年。フランス的な美やエレガンス、若さや陽気さを体現する「戦後の復興の証し」として、瞬く間に人気を誇った名優だ。

 人妻と高校生の不倫の恋を描いたクロード・オータン=ララの『肉体の悪魔』(1947)の主演でスキャンダラスな話題を呼び、クリスチャン・ジャックの冒険活劇『花咲ける騎士道』(1952)は世界的なヒットを記録、日本でも熱狂的なファンを生んだ。ルネ・クレール、ルネ・クレマン、マルセル・カルネ、ジャック・ベッケル、ルイス・ブニュエル、マックス・オフュルスら一流監督の作品に出演。銀幕のスターの地位を確立したが、同時に演劇界でも大きな足跡を残した稀有な存在である。

肉体の悪魔 HD デジタル・リマスター版
©Transcontinental Films
『肉体の悪魔』(クロード・オータン=ララ監督、HDデジタル・リマスター版) ©Transcontinental Films

 今回、彼の神話的なイメージを良い意味で裏切るドキュメンタリーが登場した。今年のカンヌ国際映画祭クラシック部門でプレミア上映された『ジェラール・フィリップ 最後の冬』だ。「ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭」で上映されている本作は、人間フィリップの豊かな人間性に触れられる絶好の機会だ。情熱的で利他的な舞台俳優、家族に愛情を注ぐ良き家庭人、行動する平和主義者、勇敢で柔軟なコミュニスト……。多面的な魅力で新しいファンをこれからも獲得するだろう。このたび、『ジェラール・フィリップ 最後の冬』のパトリック・ジュディ監督にパリで話を伺った。

『ジェラール・フィリップ 最後の冬』 東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中 © Temps noir 2022
『ジェラール・フィリップ 最後の冬』 東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中 © Temps noir 2022

フィリップの娘は心配したが……

=撮影・林瑞絵『ジェラール・フィリップ 最後の冬』のパトリック・ジュディ監督=撮影・林瑞絵

──あなたはドキュメンタリー作品を多く手がけています。マリリン・モンローやロミー・シュナイダーなど、伝記映画が多いですね。

ジュディ 1950年代から70年代にかけて活躍した有名人のポートレイトが多いです。自転車ロード選手のレイモン・プリドールや歌手のサルヴァトール・アダモは、私にとってのスター! やはり自分が好きな人が多くなりました。

──あなたにとって何らかの魅力がある人を選んでいるのですね。そして、今回ジェラール・フィリップを選ばれました。

ジュディ 彼に関しては偶然といってもよいでしょう。もちろん『花咲ける騎士道』などの出演作は、子供の頃から知っていました。彼の際立った美しさや、国立民衆劇場で活躍した演劇人であったことも。でもきっかけは、(彼の娘婿でジャーナリストの)ジェローム・ガルサンが書いた本を読んだことです。

──2019年に出版された『ジェラール・フィリップ 最後の冬』(訳書は中央公論新社刊)ですね。

ジュディ 亡くなる最後の4カ月について書いた本です。彼は若くして病気を患いましたが、それはあらためて人生について考えを深めた時期となったようです。たとえ亡くなるという運命を知らなかったとしても。この時期に焦点を当てた本書は、彼についての新しく特別な角度、見方を提供します。映画化は興味深いものになると約束されたと感じました。

──ガルサンさんとフィリップの娘アンヌ=マリーさんは、映画化にすぐ協力されたのでしょうか。

ジュディ ガルサンは前から知っていましたし、私が撮ったマリリン・モンローの映画を気に入ってくれていましたから好意的でした。アンヌ=マリーはもう少し慎重でした。「父の人生を使って、映画でまだ何ができるのか?」と思ったようです。映画化が良いことなのか悪いことなのか、少し心配していました。それは当然だと思います。

──家族としてはごく自然な感情ですね。しかし、貴重な資料の提供を受けるなど、家族と良きコラボレーションができたことが伺えます。

ジュディ その通り。フィリップの手紙やノートなど貴重な資料も提供してくれました。映画の冒頭には秘蔵の家族フィルムを挿入しました。海で裸になって子供たちと遊ぶフィリップの姿です。カラーで美しい映像ですが、それは観客に感動を与えることでしょう。

──全く見たことのないフィリップの素顔に、私もすぐに引き込まれました。いかに家族想いの方だったかもわかります。映画を見たガルサンさんとアンヌ=マリーさんの反応はいかがでしたか。

ジュディ ガルサンは完全に満足していました。本を的確にイメージへ転化することができたと喜んでくれました。一方、アンヌ=マリーは、フィリップと強い絆で結ばれていた彼の母について、映画はもっと語っても良いのではと思ったようです。彼の母親も大変素晴らしい人でしたから。フィリップの人生は短くてもたくさんの要素があり過ぎて、1時間の映画で全てはとても入りません。でも、アンヌ=マリーも2回目の試写から、とても映画を気に入ってくれました。

カンヌ映画祭で『ジェラール・フィリップ
最後の冬』上映。右からフィリップの娘アンヌ=マリー・フィリップ、フィリップの娘婿で原作者ジェローム・ガルサン、パトリック・ジュディ監督
2022年のカンヌ国際映画祭で『ジェラール・フィリップ 最後の冬』が上映された。右からフィリップの娘アンヌ=マリー・フィリップ、フィリップの娘婿で原作者のジェローム・ガルサン、パトリック・ジュディ監督=撮影・林瑞絵

社会的意義の確信のもとで行動した「演劇人」

──映画はフィリップの多面的な顔を凝縮して見せています。あなたにとって特にどの部分が興味深かったのでしょうか。

ジュディ 彼は20代で成功し大変な名声と稼ぎを得ました。世界的なスターとなり、周囲からちやほやもされたでしょう。それが(演出家の)ジャン・ヴィラールから誘いを受け、100分の1も収入の少ない国立民衆劇場に加わったのです。フィリップは最初は誘いを断りましたが、

・・・ログインして読む
(残り:約2031文字/本文:約4270文字)