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ヘイト・デモを「黙殺」するメディア、日本社会のメルトダウン直視する報道を

水島宏明(法政大学社会学部教授)

 人々はいらだち、外国人や少数者への憎悪や差別感情をむき出しにし始めている。コリアンタウンの東京・新大久保や大阪・鶴橋で繰り返される反韓デモ。憎しみを表に出したヘイト・デモだ。

「韓国を竹島から叩(たた)き出せ!」と銘打ち、「殺せ」と連呼する反韓デモ=2013年2月17日、東京・新大久保

 「韓国人は殺せ」「強姦しろ」。日の丸や旭日旗が林立するなか、扇動的なヘイト・スピーチが飛び交う。「非国民」「売国奴」など戦時中を想起させる言葉の数々。プラカードには「ゴキブリどもを叩きつぶせ」「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」。戦中世代が使ったような民族を差別する蔑称も聞こえる。韓国料理店の案内灯を蹴倒し、店頭に並ぶ韓流グッズを蹴散らす。

 鶴橋では多くの男たちに交じって女子中学生がマイクを握った。口にしたのは「憎くて憎くてたまりません。鶴橋大虐殺を実行します。朝鮮半島に帰ってください」という脅迫だった。

 数年前、私は新大久保で暮らす子どもたちのドキュメンタリーを制作した。新大久保は韓国人だけでなく、中国人、タイ人なども多く住む。国籍は日本で母語や母文化が違う子どもも少なくない。小学校と地域の商店街が「多文化共生」を合い言葉に、信頼の醸成に取り組む。子どもたちが言葉や文化の「壁」を乗り越える姿を追いかけた。

 日韓ハーフの男子は「キムチくさい」と同級生にからかわれ悩んでいた。授業でキムチの歴史を学び、日韓の文化が混ざり合って辛くておいしいキムチが生まれたと知り、自信をつけた。日本語が分からず孤立していたタイ人の男子はタイ文化を学ぶ課外授業で先生役をやったことで友だちができた。子どもにとって自尊感情や異文化への理解がいかに大切かを目撃した。

 そうした子に浴びせる「帰れ」「殺す」などの言葉は暴力だ。1938年、ナチ政権下のドイツ社会がユダヤ人排撃に動き出した「クリスタル・ナハト」(「水晶の夜」)の再現ではないか。

 1月に沖縄県の首長や地方議員がオスプレイ配備の撤回と普天間飛行場の県外移転を求めて銀座をデモ行進した。党派を超えて「沖縄の思い」を伝える画期的な出来事だったが、「非国民」「いやなら日本から出て行け」という罵声が沿道から飛んだ。この事実は一部の新聞をのぞき、ほとんど報道されていない。テレビは完全に無視した。

 沖縄の首長への罵声もコリアンタウンで反韓を叫ぶ怒声も、中心になっているのは「在特会」(在日特権を許さない市民の会)などのネット右翼だ。差別的表現で憎悪をあおりたてる。昨年の終戦記念日、首相復帰を誓う安倍晋三議員が参拝した靖国神社。人の多さで目立ったのは在特会で「韓国人や中国人を追い出せ」と気勢を上げていた。

 ネット右翼の活動がこれほど目立つのに、大手マスコミは報道に消極的だ。反韓デモを特集で伝えたのは一部の新聞に限られ、テレビでは皆無。在特会の名も出てこない。官邸前の脱原発デモの報道が遅れたように、テレビの感度は鈍い。

 報道が活動拡大に手を貸すのを恐れているのだろうか。一種の権威や正当性を持たせると考えているのか。しかし現実に地域の人たちを畏怖させる暴力的なデモが行われている。影響を恐れて報道を躊躇するのは原発事故直後の時と同じ「エリート・パニック」だ。国民を信用していない。

 

ネットでつながり、増殖する「気分」

 

 ネット右翼はかかわると面倒な相手ではある。報道で刺激して「売国奴」などと抗議運動でもされたら厄介という計算も働くのか。2年前に韓流ドラマの放送が多いとフジテレビに抗議デモが押しかけたことは記憶に新しい。韓流が多いのは韓国政府の工作だという主張だ。実情を知らない荒唐無稽な抗議だったが、スポンサー企業も標的になった。あの時のように面倒な事態に巻き込まれたくないと、〝さわらぬ神〟を決め込んだのか。ネット右翼を報道するには相当の取材力と知見、さらに覚悟が必要だ。自信がないから「無視」「黙殺」するのだろう。

 私が特派員として駐在したことがあるドイツではナチをまねる行為、総統への敬礼「ハイル、ヒトラー」のポーズなどは刑事罰の対象だ。特定の人種や民族への差別、排撃をあおる行為も同様だ。ネオナチの様々な行動はテレビでも批判的に報道されていた。日本では犯罪として取り締まり対象ではなく、報道もされないのとは対照的だ。

 テレビが「報道の王者」として君臨する時代ならば無視することで活動の拡大を防ぐという理屈もあったかもしれない。だがネット時代の今、見当違いの憎悪もSNSを通じて拡大する。無視し黙殺してもネットという独自のツールを持つ彼らはデモの映像などをアップしていく。

 こんな状況で黙殺に効果はない。在特会などの現状と向き合い、しっかり報道するのがジャーナリズムの責任だ。

 彼らが「敵」として名指しするのは、在日、中国、韓国、北朝鮮、生活保護、パチンコ、沖縄、左翼、大学、マスコミなど。「生活保護受給者がパチンコするのを目撃したら通報」という極端な条例が自治体で誕生したのとも通底している印象がある。おそらく今の国民のなかにある、ある種の「気分」を映し出している。大学では在特会に共感する学生は珍しくない。

 ならばメディアが伝えるべきは、ヘイト・デモやヘイト・スピーチのリアルな姿や参加者の実態、背景などだ。参加者はネットでつながり、増殖している。

 異質な存在を排除し、共生を認めない社会。寛容さを失った先に、障害者や高齢者さえ排除の対象とする事態も予想される。

日本社会の底が割れるメルトダウンが起きている。ジャーナリズムが「見ぬふり」をし「黙殺」する間に取り返しのつかないところまで進んでしまうことは、過去の歴史が教えている。

 醜悪なデモが続くコリアンタウン。地域の子どもたちはどんな思いで見つめているのか。

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水島宏明(みずしま・ひろあき)

ジャーナリスト、法政大学社会学部教授。

1957年生まれ。民放地方局、民放キー局でテレビ報道に携わり、海外特派員、ドキュメンタリー制作、解説キャスターなどを歴任。2012年4月から現職。主な番組に「原発爆発」「行くも地獄、戻るも地獄」など。主な著書に『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』(日本テレビ放送網)ほか。WEBRONZA社会・メディアジャンルの筆者も務める。

 

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本稿は朝日新聞社発行の専門誌「Journalism」5月号より収録しました。

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