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防犯カメラと顔認識技術で 公共空間の匿名性が危ない

小林啓倫(日立コンサルティング 経営コンサルタント)

 ツイッターを舞台にしたトラブルが後を絶たないが、今年7月に驚くような事件が起きている。神奈川県内のコンビニで、防犯カメラが撮影したサッカー選手の画像を、アルバイト店員が勝手にツイッター上に公開したのだ。

 選手の来店時、この店員は出勤していなかった。しかし後でそのことを知り、店に残されていた防犯カメラ映像を確認。それを携帯電話で撮影して、ツイッターにアップロードしてしまう。当然ながらこの行為に対し、「プライバシーの侵害ではないか」「防犯カメラ映像の管理はどうなっているのか」などの非難が殺到した。最終的にコンビニチェーンの本社から謝罪が行われ、店員はツイッターのアカウントを削除、バイトも辞めるというお決まりの流れとなった。

 有名人が来店し、そのことをソーシャルメディア上でネタにした店員が非難を浴びる、という事件はこれが初めてではない。これまでも来店した有名人の態度を揶揄したり、同伴者の容姿をからかったりするなど、様々なトラブルがあった。有名人に会うと興奮する、興奮して誰かに言いたくなるというミーハー心理と、ソーシャルメディアの二つが揃ってしまった以上、類似の事件が今後も続くだろう。

 ただし有名人、あるいはお得意様の来店という情報自体は、店舗側にとって非常に重要なものだ。彼らへの対応ひとつで、店の評判や売り上げが大きく左右される可能性がある。店員の目で確認するのではなく、防犯カメラ自体が自動的に「セレブ」を判別できたとしたら―実はそんな技術が英国で開発され、注目を集めている。

カメラから人物を特定し接客などに利用する時代が

 この技術はもともとテロ対策用に開発されたもので、映像から人間の顔を自動で抽出、さらにその顔を解析して特定の人物かどうかを確認することができる。突き合わせるデータを有名人や政治家、あるいは得意客などの顔の画像にすることで、彼らの来店をリアルタイムで察知できるというわけだ。テロ対策という深刻な状況で使われる技術をベースにしているため、検出の精度は高い。帽子やサングラスといった変装をしていても、かなりの割合で正しく判定してくれるそうである。

 来店が確認された場合、責任者(店長や現場担当者など)にメッセージが送信される。さらにこれまでの購入履歴などの関連情報が、iPhoneやiPadといった携帯端末に送られ、適切な接客を可能にするという仕組みだ。現在は店舗での実証実験が行われている段階とのことだが、サービス化が実現すれば、ぜひ利用したいという店舗は少なくないだろう。

 ただし当然ながら、今回の技術に対する批判も起きている。プライバシー侵害への懸念はその筆頭だ。確かに店舗というのは公の場だが、そこにいる有名人を検知し、行動を追跡するというのは「人間の目を機械に置き換えただけ」「店の評判を落とさないためには仕方ない」などの理由で許されるのだろうか。またそうやって把握された記録は、いつまで保管して良いのだろうか。

 冒頭のように、「アルバイトが勝手に流出させる」などという状況は論外だが、例えば捜査協力として警察にデータを提出する、報道用にマスメディアに提供するといった行為は許されるのだろうか。考えれば考えるほど、グレーゾーンに位置する問題が出てくるだろう。

 自分はセレブじゃないから関係ない、と思われるかもしれないが、突き合わせられる「顔データベース」さえ充実すれば、一般の消費者を把握することも可能だ。映画「マイノリティ・リポート」で描かれた未来のように、店に入った途端に「自分が誰であるか」が把握され、過去の購買履歴に基づいた接客がなされる、などという状況が実現するかもしれない。その意味では、私たちにも無関係な話ではないだろう。

顔の自動認識に対抗し機械を攪乱する技術も出現

顔認識のアルゴリズムを混乱させる「CVダズル(CV Dazzle)」顔認識のアルゴリズムを混乱させる「CVダズル(CV Dazzle)」

 実は最近、顔認識に対抗する技術というものまで研究が進められている。例えば国立情報学研究所の越前功准教授は、顔認識技術を無効化する「プライバシーバイザー」なるものを開発した。これは無数のライトがついたゴーグルのような形状をしており、発せられる光(近赤外線光)で機械の目をくらますというものだ。

 ゴーグルの効果は実証済みだそうだが、こんなメガネをかけて街中を歩くのは勇気がいる。こうした大げさな装置を使わない方法として、アダム・ハーベイというデザイナーが発明した「CVダズル(CV Dazzle)」という化粧がある。これはメーキャップとヘアスタイルから成るもので、人間の目で見ると前衛的な化粧のように見えるのだが、顔認識のアルゴリズムを混乱させることができるというわけだ。

 人間ではなく、機械から正体を隠すために変装をする。まるでSFのような話だが、既に防犯カメラは増加の一途をたどっている。それに高度な解析技術が組み合わされるようになれば、公共空間における個人の匿名性がどこまで守られるべきかという議論が、より現実味を帯びてくるようになるのではないだろうか。

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小林啓倫(こばやし・あきひと)

日立コンサルティング 経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。国内SI企業、外資系コンサルティング会社等を経て、2005年より現職。著書に『リアルタイムウェブ―「なう」の時代』『災害とソーシャルメディア―混乱、そして再生へと導く人々の「つながり」』(共にマイコミ新書)など。

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本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』9月号より収録しました