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スマートグラスを使った取材をめぐり大学講座で可能性や問題点を論議

野々下裕子 フリーランス・ライター

 去年の5月号のこの欄で、グーグル・グラスに代表される、映像を撮影したり、ネット情報を確認したりできる、スマートグラスと呼ばれるメガネ型装置が普及すると書いた。さらにこうした装置が、ジャーナリストの活動にも影響を与えるのではないかと予想したが、それがいよいよ現実のものになってきた。

 アメリカのCNETなどのネット系メディアは、ここ数年で動画による取材に軸足を移している。今年1月にラスベガスで開催された国際家電見本市のCES会場でも、マイクを手にグーグル・グラスをかけて動画を記録して配信する記者が会場にあふれていた。この会場ではスマートグラスの試作品が大量に出展されていたが、それらは今年一斉に正式発売され、普及すると考えられている。

アメリカの大学で専門コースが開講

 こうした新しいツールの登場に合わせ、ジャーナリストがどう対応すべきかを教える講座もできはじめている。

南カリフォルニア大学のGlass Journalismを紹介するページ
 米・南カリフォルニア大学(USC)では、ずばり「Glass Journalism」という、スマートグラスを装着して取材するジャーナリストのための講座をこの秋に新しく開くと発表した。

 モバイルやソーシャルメディアなどのテクノロジーを、取材の現場でどのように活用していくかをテーマに、ジャーナリズムや広報、工学、デザインといった様々な分野を専攻する学生を募集している。

 この講座では、担当講師も含めた全員にグーグル・グラスが配布され、こうした装置を使いながら、いろいろなツールを活用した情報収集や編集の手法を研究することになっている。

 さらに、スマートグラスでニュースを見たり、編集をしたりするためのアプリケーションの開発も行う予定だ。

 本講座を企画したロバート・ヘルナンデス教授は、「シアトル・タイムズ」紙で働いた経歴を持ち、2009年からUSCでウェブジャーナリズムやコミュニケーションのあり方を学ぶ講座の担当をしている。

 公開されている授業内容を見ると、学生たちは多方面の技能を学ぶべく、取材やストーリー構成の技術、マルチメディアやウェブ、プログラミング、そしてデザインについても学習することになっている。つまり、次世代のジャーナリストにはITも含めた総合的な知識が必要であるという考えから、新しい教育がなされようとしている。

 授業は15週にわたって行われるが、専門技能を学ぶ授業とブレーンストーミングを交互に行い、最終的にはアプリを実際に作ることになっている。

 ヘルナンデス教授は、ウェブやブログを簡易に作成できるグーグル・グラス用のツールが登場し、そこからニュースが発信されるようになると、一気に状況が変わって、スマートグラスが普及すると考えている。

 アプリの開発に関しては、講師の一人であるジェニファー・ウェア氏が、グーグルの運営するソーシャルメディアで専用のアプリを紹介しており、今後の授業ではこうしたソーシャルメディアも使いながら、教授陣と対話しながら授業が行われる予定だ。

情報の取り扱い方法もメディアに大きな課題

 一方で、業界の一部からは、こうした装置を使った取材は、著作権や肖像権、そしてセキュリティーに課題が残ると批判的な声があがっている。

 ヘルナンデス教授は、「ジャーナリストはテクノロジーの先駆者ではないが、いつもそれを積極的に利用しており、今回の講座でもスマートグラスを通じて提供されるプラットホームをいち早く経験することで、新たなジャーナリズムに取り組める」とコメントしている。

 実際にCNNやEエLLルE誌、ニューヨーク・タイムズでは、試験的にスマートグラスで取材した記事を配信している。テクノロジーに対して批判的なメディアほど、スマートグラスなどを使う方向に一気に流れる可能性があるという声も聞かれる。

 また、一般的な取材現場よりも、ウクライナやシリア、イラクのような紛争地などの報道に制約がある現場では、両手が自由に使えるスマートグラスによる取材が活用されるのではないかと指摘している。

 確実に言えるのは、スマートグラスは社会の中に入り込んでおり、街頭やクルマに設置されたカメラが偶然特ダネを撮るように、スマートグラスをかけた一般人が、偶然に事件や事故を記録してしまう機会を増やすということだ。

 オンラインジャーナリズムとメディアのトレーニングを行うポインター財団が運営する大学では、さらに幅広い人たちに向けて、グーグル・グラスなどの身に着けることのできるウエアラブル機器を活用したジャーナリズムをテーマにした講座を開講しており、無料でオンライン受講できるようになっている。

 そこでは、「スマートグラスを使う取材が一般的になれば、取材していることを相手に明示し、用途を説明するといった何らかのルールを作る必要があるだろう」と、新しいメディアを使うことにより生じる問題なども指摘している。

 まだ日本では、スマートグラスは普及していない状況だが、いずれこうした手法を使った取材は世界的に普及すると考えられており、日本のメディアも早急に対処する必要が出てくるだろう。

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野々下裕子(ののした・ゆうこ)
フリーランス・ライター。
デジタル業界を中心に、国内外のイベント取材やインタビュー記事を雑誌やオンラインメディアに向けて提供する。また、本の企画編集や執筆なども手掛ける。著書に『ロンドン五輪でソーシャルメディアはどう使われたのか』。共著に『インターネット白書2011』(共にインプレスジャパン)などがある。

本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』5月号から収録しています。同号の特集は「集団的自衛権を考える」です