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マスメディアとネットの関係が大変貌

地殻変動は形を変えて今も続いている

亀松太郎 ネット・ジャーナリスト

 「STAP細胞は、あります!」。テレビで何度もリピート再生された小保方晴子さんの「名言」は2014年4月9日、大阪のホテルで開かれた記者会見で生まれた。

 その会見に、私はネットメディア「弁護士ドットコムニュース」の編集長として参加していた。会場には300人近い報道関係者が詰めかけたが、印象的だったのは、関西で行われた記者会見であるにもかかわらず、東京を拠点に活動するネットメディアが数多く参加していたことだ。

 記者席には、ネット系メディアであるビデオニュース・ドットコムの神保哲生さんや、ニコニコ動画の七尾功さん、IWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)の岩上安身さんといった面々が座り、マスメディアとは違う独自の質問をぶつけていた。

 会場後方のムービーエリアでは、ヤフーグループの「THE PAGE」やニコニコ生放送のスタッフがビデオカメラを構え、ネット中継をしていた。マスメディアの誤報を検証するサイト「GoHoo(ゴフー)」のスタッフもいた。

 それは、STAP細胞をめぐる「疑惑」の中心にいた小保方さんへの注目度の高さを示すと同時に、東日本大震災をきっかけに存在感を増した「ネットメディア」が健在であることを意識させた。THE PAGEがユーストリームを使って実施した会見中継は延べ112万人が視聴。ニコニコ生放送は延べ56万人以上が見たという。

 ネット中継された小保方さんの発言内容は、ツイッターやフェイスブックといった「ソーシャルメディア」を通じて、さらに広く拡散していった。

 この20年、新聞やテレビといったマスメディアとインターネットの関係は、情報機器や通信回線の進歩を背景に徐々に変化してきたが、11年の東日本大震災をきっかけに大きく変貌した、と私は考えている。ニュースの流通においてネットの存在を無視できなくなり、なかには「ネットがあれば十分」と考える人も増えた。

 「3・11」によって、ネットメディアやソーシャルメディアでどのような動きが起き、それが今にどんな影響を与えているのか。私自身の体験を交えながら、振り返ってみたい。

大震災をきっかけに始まった官房長官会見のニコ生中継

 11年3月11日。東日本大震災が発生したとき、私はドワンゴが運営する動画サイト「ニコニコ動画」のニュース部門の統括責任者だった。肩書は「ニコニコニュース編集長」。10年10月にスタートしたニュースサイト「ニコニコニュース」を運営しながら、政府の記者会見を中継したり、政治家や学者を招いた討論番組を配信したりしていた。

 それまで、地震や台風などの災害報道はマスメディアにまかせておけばいいと考えていた。ニコニコニュースは、ヤフーニュースのように、外部メディアの配信記事を集めて掲載する「プラットフォーム型」のニュースサイトだったからだ。

 だが、未曽有の出来事である東日本大震災と福島第一原発事故を目の当たりにして、そんな考えは吹き飛んだ。ネットメディアとしてマスメディアができないことをやっていこう。そう考えて、さまざまなことにチャレンジした。

 ニコニコ動画が取り組んだことでまずあげられるのは、原子力安全・保安院(経産省)や東京電力、内閣官房長官の記者会見を最初から最後まで「ノーカット」で、毎日中継したことだ。

 保安院の記者会見を3月13日朝から中継したのを皮切りに、その日の夜には東京電力の会見中継を開始した。ニュース部門だけでなく、音楽やお笑いなどのエンタメ部門のスタッフも総動員して、24時間体制で中継を続けた。

 画期的だったのは、政府のスポークスマンである内閣官房長官の記者会見のノーカット中継だ。

 実は当初、内閣の記者クラブに所属していないニコニコ動画は、内閣官房長官の緊急会見に参加できなかった。しかし、ジャーナリストで自由報道協会代表(当時)の上杉隆さんが枝野幸男・内閣官房長官(当時)に連日働きかけてくれたことが功を奏し、震災発生7日目の3月17日から、ネットメディアを代表する形で記者会見を中継できることになった。

 それから4年が経とうとしているが、政権が民主党から自民・公明両党に変わったいまも、内閣官房長官の日々の記者会見はニコニコ生放送でノーカット中継されている。そのきっかけは、東日本大震災にあったのだ。

 ニコニコ動画の会見中継は、政府や東電の発表内容を直接確認したいという一般市民のニーズに応えるものだったが、会見に参加できないジャーナリストや研究者などの専門家にも好評だった。AP通信東京支局の記者からは「私たちは人数が少ないので、ニコニコ動画のおかげで記者会見をネットでフォローできるのは、とても助かる」と感謝された。

被災地からの双方向中継で見えた可能性と課題

 記者会見の中継と並行して、私たちは東北の被災地に足を運び、現地の情報を自分たちの手で届けることにも挑戦した。

 だが、当時のニコニコ動画は災害報道の経験もなければ、新聞やテレビのように大量の記者・カメラマンを動員できる人的リソースもない。被災地に行っても、何をすればいいのか迷うことが多かった。

 それでも何かしなければと思って実行したのが、津波で甚大な被害を受けた地域を車で移動しながら、車窓から見える風景を生中継することだ。

図1 2011年3月、津波に襲われた仙台市若林区の様子をニコニコ生放送で「移動中継」した図1 2011年3月、津波に襲われた仙台市若林区の様子をニコニコ生放送で「移動中継」した
 最初に中継したのは、11年の3月25日。仙台市の沿岸部でネット中継を試みた。津波被害が及んでいない内陸側の地点から海岸側に向けて約40分間、自動車をゆっくり走らせ、眼前に広がるガレキの広野をライブ映像で伝えた(図1)。

 被災地の現場中継はそれまでにテレビで散々行われていたが、ニコニコ生放送には「双方向性」という特徴がある。中継画面には「うわ!」「むごい」「ここまで波がくるとは思わないな」「胃が痛い」といった視聴者のコメントが次々と投稿され、人々のリアルな感想を伝えていた。

 この被災地の「移動中継」はニコ動らしい報道の方法だと感じたので、その後も、

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