メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

政治権力とどう向き合うか

監視か提言か、その役割は

青木理 倉重篤郎 田﨑史郎 薬師寺克行 渡辺勉

メディアと権力の関係について議論が交わされた座談会(吉永考宏撮影)

 今年5月、読売新聞が報じた安倍首相の憲法インタビューや前文科事務次官の「出会い系バー通い」をきっかけに、政治権力とメディア、ジャーナリズムの距離感が改めて大きな議論を呼んでいる。権力中枢の首相官邸とメディアはどう付き合うべきか、メディアの権力監視機能は低下していないか。政治取材が長い政治ジャーナリストと、警察取材の経験などをもとに権力取材のあり方について発信しているジャーナリストが、「メディアの今」を論じた。

読売新聞 安倍首相の憲法インタビュー

渡辺 SNSが大きく伸びたことなどを背景に、アメリカはじめ世界のあちこちで権力とメディアの関係が変容し、過渡的な現象がいろいろ見られます。日本でも特に安倍政権になってから、メディアと権力の関わりについて、いろいろ議論が起きています。メディアといっても幅広いので、本日はジャーナリズム、新聞を中心とした活字メディアと権力との関係を議論していきたいと思います。

 最初に具体的な話から入りたいと思います。政治権力、特に安倍政権との関係で、このところ読売新聞の報道が話題になります。同紙は、部数もナンバーワンで、影響力も大きいジャーナリズムを代表する新聞です。最初に、5月3日に同紙が掲載した安倍晋三首相(自民党総裁)の憲法改正に関するインタビューについてどうお考えですか。

熱意には敬意 最初はニュースと思った―倉重

倉重篤郎・毎日新聞専門編集委員(吉永考宏撮影)
倉重 私は、「メディアと政権」というモラルの問題というよりも、これはニュースだという印象がありました。要は、「安倍1強」と言われる時の政権と、最大部数で、そういう意味では最大影響力を誇示する新聞が、改憲スケジュールについてほぼ完全に連携し、一種の国民運動を展開するというニュースと受けとめました。読売新聞は、渡邉恒雄主筆が中心になって、この20年、憲法改正を悲願、社是としてずっとやってきた。しかし、歴代政権にそれをなし得るスタンスと力がなかった。ようやく安倍政権ができて、それと結んでお互いの悲願を実現し合うということなんだと思うんです。政権はいろいろな課題を進めようとするが、全国紙しかもあれだけ影響があるところが一緒になってやっていくということは過去にはなかった。

 もちろんモラル的にいかがなものかとも思います。政権とメディアは、一定の距離感が必要だと思います。政治記者から社会部記者までいて幅があるけども、メディアである限り、批判的な視点が必要だと思うんですが、今回の報道はほぼ一体化している。しかも、憲法という国のグランドデザインを決める最高の法規です。例えば、小泉政権が郵政改革をしようとしたときに、社論と一緒だから応援するというのと違います。ただ、読売新聞がこの20年間にわたって憲法問題、改憲をずっと自社の案までつくって熱心にやってきたことについては敬意を表します。

青木 焦点の人物にインタビューし、焦点の事柄を尋ねて報じるという作業自体を捉えれば、この記事もことさら特別なことではないと思います。ただ、僕は政治取材の経験がほとんどないのでうかがいたいのですが、日本政治の最高権力者であり、かつ究極の公的存在である首相については、安倍政権の以前まで、こういう形で特定のメディアのインタビューに応じないという暗黙のコンセンサスがありましたね。

渡辺 不文律ですね。

打ち破られた「メディアギルド」 「二極化」イコール読売問題―青木

青木理さん・ジャーナリスト(吉永考宏撮影)
青木 それはある種、記者クラブ制度の悪弊と言われていた部分でもありますが、一方でメディアが権力に利用されないための「メディアギルド」という側面もあったと思うんです。それを軽々と打ち破られ、しかも読者には見えにくい。当時の読売の編集局長だった溝口烈さんが書いているように、確かに粘り強く交渉した結果なのかもしれないが、改憲を目指す首相が改憲を訴えてきたメディアの単独インタビューに応じ、自らが考える改憲の方向性を語った。結果としてメディアが利用されたわけです。首相という存在へのインタビューのあり方を含め、きちんと実態や経緯を明かし、議論しておかなくてはならないと思います。

 それから、最近メディアがあたかも二分しているように見えるという状況は、突き詰めれば僕は読売問題だという気がしています。もともと共同通信にいたので地方紙はいまもよく読みますが、特定秘密保護法にせよ、共謀罪にせよ、安保法制にしても、大半が政権の振る舞いに疑義を呈している。

 しかし、800万部の巨大紙が完全に政権寄りへと舵を切った。少し前の読売は、小泉首相の靖国神社参拝を真正面から批判するなど、もう少し是々非々だった気がします。それがすっかり消え、政権広報紙の色合いを強めたため、あたかもメディアが二分しているように見えてしまう。結果的に世論が二分しているように見えてしまっているのではないですか。

渡辺 この中で一番政治記者歴が長い田﨑さんにご説明いただきたいと思います。

田﨑 第2次安倍政権がスタートするまでは、官邸内の申し合わせみたいな形で、確か2、3カ月に1回、報道各社回り持ちでインタビューしていたんです。それが第2次政権になってから、個別の社とインタビューするという形に変わった。官邸記者クラブは当初抗議していたんですけれども、総理サイドと話がついたメディアから順次インタビューに応じていくという形になったんですね。こちらから見ると確かにギルドが壊されたということなんですけれども、官邸側から見ると、談合組織を壊したということになるわけですね。もともとある種の談合で成り立っていた世界なんですよ。

渡辺 明文化されていませんからね。

朝日報道にこそ違和感 読売主筆の「介在」は本当か―田﨑

田﨑史郎・時事通信社特別解説委員(吉永考宏撮影)
田﨑 本題の読売新聞の報道についていえば、僕は時の総理大臣が何を考えているかをいち早くきちんと報道するのは、メディアの務めだと思うんです。その当たり前のことを読売新聞がやっただけではないか。

 僕が違和感を覚えたのは、むしろその報道を受けた朝日新聞5月4日付朝刊の「改憲、踏み込む首相 核心の9条 3項追記に転換」という記事「時時刻刻」です。その中で、こういうくだりがあるんです。「今回の憲法改正の方針表明に向け、首相は事前にメディアにも対策を打った。4月24日夜、都内の料理店で、憲法改正試案を紙上で発表している読売新聞の渡辺恒雄・グループ本社主筆と食事。その2日後に東日本大震災をめぐる問題発言をした今村雅弘前復興相を更迭した直後、同紙のインタビューを受けている」

 これを読むと、渡邉さんと総理サイドが話をつけてインタビューになったというふうに読んでしまう文章です。これを書いた人は、渡邉さんが一体何を話したのか、憲法改正についてどういう話をしたのか、紙面化する相談までしたのかという取材を、読売あるいは官邸サイドにしているのだろうかと思いました。していないでこれを書くのだったら、ちょっと書き方としていかがなものか。事実関係の詰めが果たして行われたんでしょうか、むしろ朝日新聞の人に聞きたい。

渡辺 私は現場にいないので経緯はわからないです。しかし、仮に会談の中身までとれていたら、記事にしていたんじゃないかという気はしますね。

田﨑 メディア対策として安倍さんが渡邉恒雄さんと会ったというふうに書いてあって、その2日後にインタビューを受けているという書き方になっている。これを読むと、渡邉さんが介在していたとなる。本当に事実報道に徹しているのかなと思ってしまいます。

倉重 田﨑さんがおっしゃるように、その晩の会合と改憲問題がどのぐらい関係があったのか、それは一つの焦点ですね。ただ、それ以外の点を見ると、例えば読売新聞の政治部長がインタビューしてその原稿が載った日に、安倍さんがビデオメッセージで明言するというタイミングが一緒だったということが一つ。さらに、読売新聞の社説がこれまでは一貫して憲法9条については2項改正だったのですが、それが3項などで自衛隊付加という安倍さんと全く同じベースに急に変わった。そういうことからすると、推測ではありますが、やはりお互いにお互いの願望を成し遂げるために、非常に強力なパートナーを得て、物事を動かそうとしていたのではないかと。政治記事ですから、そういうある程度の推測はしてもいいと思います。

突っ込み不足のインタビュー メディア戦略に乗せられた―薬師寺

薬師寺克行・東洋大学教授、元朝日新聞政治部長(吉永考宏撮影)
薬師寺 2005年、小泉内閣のときに、私は朝日新聞の月刊誌「論座」の編集長をしていましたが、首相及び飯島勲秘書官から、単独インタビューのオーケーをもらいました。一応、官邸記者クラブの決まりごとを知っていたので、政治部に相談し記者クラブで協議をしてもらった。その結果、朝日新聞系列の雑誌で首相の単独インタビューをした場合は処分もありうるということで、インタビューを断念したことがあります。

 内閣記者会が各社横並びのルールをつくったのははるか昔ですが、その理由は地方紙の要求が大きかったそうです。個別のインタビューが可能になると、全国紙ばかりが相手にされ、地方紙は無視されるだろうと心配したんですね。また首相の側も一つ引き受けたら次々要望が来て応えきれなくなりかねないと考えたようです。ところが安倍政権でメディア戦略が変化し、テレビを含め積極的にメディアを利用するようになったのです。その結果、メディアと首相官邸のパワーバランスが完全に逆転したとみています。

 読売新聞のインタビューについてですが、首相はじめ幹事長や党首に対する個別インタビューは政治部報道で重要なものであり、それを実現するのは当然のことです。しかし、いくつかポイントを挙げれば、まず安倍首相は憲法9条をそのまま残し、「自衛隊の記述を書き加える」としており、自民党の憲法改正草案にこだわるべきでないと発言しています。そして、「政治は現実であり、結果を出していくことが求められる」とも発言し、自民党の改正案を全面的に反故にしているんですね。これらの点については、インタビューの中で突っ込んで聞いていないし記事の上でも指摘していないのは、読む側にすれば物足りないですね。二つ目は、同じ日の社説で「議論の活性化を図ったことは評価できよう」「首相の問題意識は理解できる」と、首相発言を積極的に評価しています。しかし、安倍首相はかつて憲法96条改正を提起したこともあります。容易に改憲できそうなことしか提起していないことをどう考えるのか。そのような論点は社説にはなかったですね。

 読売新聞は3度にわたり改憲を提起してきた。そして、2012年に自民党が憲法改正草案を提起したときの読売新聞の紙面を見ると、前文、基本的人権の問題、細部で言えば軍事裁判所の設置などまで含めて細かく分析しています。単純に支持、評価するだけでなく、国会の二院制を見直すという部分が自民党案に入っていなかったので、その部分が物足りないということまで書いてあるんです。ここまで精緻に憲法論議を展開してきたのに、今回は非常にラフな論評と紙面展開になっているのはなぜか。首相のメディア戦略とメディア利用というものに乗せられたような印象を受けました。

渡辺 田﨑さんがおっしゃったように、最高権力者の意向を早くとるって、そのとおりだと思いますし、それが僕らの仕事だと思います。最初に見たときは、やられたと思いました。本来、朝日が単独インタビューでこれをとってこそ朝日の存在意義が高まると思ったんです。読売にとられてしまったと。にもかかわらず、その10日後に何でこんな編集局長の説明を載せたのか。

田﨑 読売新聞に対するある種の先入観念、政権とべったりだ、安倍さんとべったりだ、渡邉恒雄さんが会っていた。そういう積み重ねの中で、読売に対して相当批判があったんだと思いますよ。だから編集局長の考えを述べた。それなら最初から同時掲載しときゃよかったと思いますがね。

渡辺 かつてない批判を受けたとすれば、読売も一線を越えた部分がある、というふうに読者から見られたのではないでしょうか。

田﨑 先ほど倉重さんが権力とメディアの「本来のあり方」ということを言われたが、僕にはわからないんですよ、何が「本来のあり方」なのか。時の権力者が何を考えているかを伝えるのは、少なくともその一つであると思うんです。

青木 僕は、これが単にメディアの役割を果たしたという話で済ますべきではないと思います。政権側にメディアが利用されてしまっているのは明らかでしょう。最高権力者が何を考えているかいち早く伝えるのが仕事だというのは、それはメディア側の論理ではあるけれど、政権側からすれば、この時期にどのメディアを選べば自分の主張が最も伝わりやすいかを値踏みし、読売を選んだ。究極の公的存在、最高権力者である首相がメディアを選別し、利用されている。ギルドには功罪あったでしょうが、それが軽々と打ち破られてよかったのか。その経緯はどういうものだったのか。それはどういう作用をもたらしたのか。メディアがきちんと検証しておくべきです。

 テレビで仕事をしていると、首相がメディアを選別することは予想以上の影響力を持つことにも気づきます。これもメディア側の問題ですが、例えば情報番組やワイドショーなどでも政権への忖度ムードが出てくる。政権の意向を刺激し、ウチの報道番組に出てくれなくなったら困るといった気配が滲んでくるんです。

 それからもう一つ、首相が国会で「読売を熟読してくれ」と言ったとき、読売は紙面で怒るべきじゃないですか。読売はインタビュー内容を報じてはいるけれど、誰もが読売を読んでいるわけではない。政権の代弁者でも政権広報紙でもないというなら、首相の主張を垂れ流しているわけではないんだと怒り、同時に「首相はもっと丁寧に説明すべきだ」と釘を刺すべきでしょう。

権力との相思相愛関係 トップの判断か―渡辺

渡辺 先ほど倉重さんがおっしゃったように、読売もやっぱり憲法改正を実現したいわけですから、ある種の権力とメディアが相思相愛というか、お互いにウィンウィンというか、利益があると思ってやったと考えています。多分トップの、経営も紙面も司る主筆の判断だったと思いますので、一方的に乗せられたということではないんじゃないかなと思います。

田﨑 僕は朝日新聞の憲法改正に関する報道で、もう一つ引っかかった記事があります。6月4日の朝刊で、「首相『保守強硬の私がまとめる』」「持論封印 『9条加憲』に軸足」という1面アタマの記事をつくったんですね。その書き出しだけ申し上げると、〈「与党内を説得できないのに、『自民党の憲法改正草案がいい』と言っているのは護憲運動をやっているのと同じだ」。安倍晋三首相は5月中旬、都内であった会合のあいさつで訴えた。〉と書かれているんです。

 僕の出席した会合でもこの種の発言をされていて、それは安倍晋太郎先生をしのぶ会というのを年1回この時期にやっています。今年は5月15日ですが、もう1カ所出てくるカギかっこも、そこでの安倍総理の発言と非常に似ているんです。だから、朝日はほかでとられたのかもわからないですが、僕やその場にいた人たちが聞いた話と似ているんです。そこで引っかかるのは、あの挨拶の後、安倍総理は「完全オフレコです」と言われた。ほかの新聞はどこもこのカギかっこを引用していないんです。後で聞きますと、安倍事務所では「来年からはああいう会合はやめようか」みたいな話になっている。

 (憲法関係で)渡邉さんが総理と会った話が出ましたけれども、あの後、今度、渡邉さんは多分オープンにしない形で総理と会うようになっちゃっているんですよ。だから、確認して原稿を書いているなら、僕はそれでいいんですよ。でも、未確認のまま、そういうふうに書いていくと、その会合自体を隠すようになるんです。

 また、5月15日の会合は100人近くいたのですが、そこで聞いた話を書いたとすると、その会合をやめようみたいな話になってくるんですよ。そういう面で、朝日新聞も考えられたらどうでしょうかという感じはします。

渡辺 それは後ほど、オフレコなどの取材ルールの話になってくると思いますので、その中でまたやりたいと思います。

倉重 田﨑さん、100人ぐらいいる会合でオフレコを守るというのはなかなかないでしょう。しゃべる側からしても、そこまで(完全なオフレコを)予定しているかというのは、ちょっと疑問だと思います。内容も含めて、それが致命的なオフレコ破りなのかという、今、疑問をちょっと持ちました。

出会い系バー報道

渡辺勉・朝日新聞編集委員=進行(吉永考宏撮影)
渡辺 もう一つ、5月22日の朝刊で読売新聞が報じた、前川喜平・前文部科学事務次官の「出会い系バー通い」報道についてはどうお考えでしょうか。

「底が抜けた」 共同通信ならボツの原稿―青木

青木 私は通信社記者生活の相当部分を社会部で過ごしたんですが、この社会面記事を見たときに「底が抜けた」と思いました。例えば共同通信の社会部でこの記事を、少なくとも僕の在職していたころにこれを「特ダネです」「独自取材です」などと言って出稿したら、デスクに鼻で笑われます。「これの何が問題なの?」と。しかも、この原稿の政治的意図は容易に推測がつきます。社会部記者として、こんな取材をさせられ、平気でこんな記事を書く者がいるんだということに心底絶望しました。

渡辺 週刊誌だったら。

青木 週刊誌だったらあり得るかもしれない。これは別にどちらがいいという話ではありませんが、少なくとも新聞はこういう記事を掲載してこなかった。公権力を不正に行使したわけでもないし、違法性もない。しかし、それが一足飛びに掲載された。しかも、露骨な政治案件です。だから「底が抜けた」と感じたのです。

倉重 底が抜けたというのはなかなかいい表現だと思うけども、いろいろ読み込んでみると、やはり足りない点が随分あったように感じますね。一つは、出会い系バーに通っていたことと、それからそこが売春とかいかがわしい行為を行っていた場所であるということと、それを二つつなげて、いかにも彼がそういう行為をしていたかのような印象、まさに安倍さんの得意な印象操作のような報道になっています。いかに公的な人といえども、人権にかかわる話です。本当にあなたはそういうことをしていたんですかということについてのコメントや、相手をしていた人からこういう話をとりました、ということが記事の中に全くない。

 それから、よくあることですけど、相手に取材を求めても、相手が応じないことをもって、時間切れでコメントはとれませんでしたというのはよくやる手なんです。しかし、この手の記事は、突撃取材をしてでも相手の顔を見ながらコメントをとらなきゃいけない記事じゃないかなと思うんです。

 何の背景もない政府高官のスキャンダルを指摘するスクープ記事であったとしても、記事の的確性としては低いと思う。まして、政権と連動して、前川さんの一連の加計事件をめぐるパフォーマンスを押さえ込むような意図があったのではないか、と疑われているところが非常に重要なことだと思います。見過ごせないことだと思っています。

前次官の行動どこが問題か 調査報道なら展開不十分―薬師寺

薬師寺 私は第一報を読んだときはすごいニュースだと思い、この問題がどう広がっていくのかと続報を期待したのですがなかったですね。いわゆる調査報道では、初報があって、その後さらにより深刻なファクトなり関係者の証言が続き、場合によっては犯罪につながるような事実が明らかになっていきます。今回はそんな展開はなかったです。「公人中の公人の行為として見過ごすことが出来ないのは当然だろう」という社会部長の記事がありましたけど、公的な部分にどう接点があるのかという報道もありませんでした。

 また、この記事の前後にいろいろな出来事がありました。5月16日に「眞子さまご婚約へ」のニュースが一斉に流れました。その翌日に、朝日新聞が文科省の内部文書を報道した。それから数日後に読売新聞の記者が前事務次官に取材をしている。同時に和泉洋人首相補佐官が文科省を経由して前川さんに面会を打診した。その翌日に読売新聞が前川さんの記事を報道した。これらの出来事が関係あるのかどうか、推理小説みたいにいろんなことを想像させますね。

 また、この数カ月間の加計学園に関する報道を見ると、朝日新聞の紙面展開は、ある種、調査報道的な印象を私は受けました。方向性は政権批判でしょうが、組織的に取材をしてファクトを見つけて、それの意味づけを報道し、そして政府や野党の反応を伝え、それに対する評価をつけ加えるというサイクルで紙面展開をしていると思いました。対照的に読売新聞の一連の報道は、この問題に一歩距離を置いているようで、独自の記事は前川さんの記事だけじゃないかと思います。多くの記事が「政府は否定」といった見出しで、独自に事実を追及しているという印象はなかったですね。

田﨑 出会い系バーの話だと、僕は社会部記者の経験がほとんどないので。ただ、僕がえっと思ったのは、現職でなく前職の人をこれぐらい扱うのかという疑問でしたね。

青木 読売の出会い系バー通いの記事というのは、もちろん読売は情報源を明かしませんから、どこから情報を得たのかはおそらく永遠にわからない。ただ、点と点をつないで浮かび上がる推測ぐらいは許されるでしょう。前川氏によれば、まず事務次官就任前後、杉田和博官房副長官に呼ばれ、この件で警告を受けた。前川氏は、誰にも明かしていないプライベートをなぜ知っているのかと驚いた。

 僕は公安警察の取材を長くしていましたが、中央省庁の局長級になれば公安警察が身辺を調べることもあるでしょう。実際にそういう話を耳にし、原稿に書いたことがあります。そうした調査の是非も議論すべきですが、ある種の〝危機管理〟だという理屈は成り立つのかもしれない。しかし前川氏の場合、政権に反旗を翻そうとしていることへの恫喝としてそうした情報が使われた疑いが濃い。つまり公権力が公権力を行使してかき集めた情報を、政権維持や反逆者排除のために使ったのではないか。しかも、前川氏が告発を決意したとされる時点で、常日ごろ政権寄りだと指摘されていた新聞がそれを報じる。これはメディアが政権の先兵になったのではないか。まさに権力とメディアの距離はどうあるべきなのかを考えるモデルケースでしょう。

 余談ですが、公安警察は冷戦体制が終わってから存在意義が問われ、活動の範囲や方向性をかなり変えています。例えば与野党を問わぬ政治情報を収集し、週刊誌や夕刊紙、政治部の記者も一部そうだけれども、内調や公安警察と情報交換の勉強会みたいなのを開いている。そこから政治家のスキャンダルなどが発信されているとするなら、こうしたメディアと権力の関係は真剣に考えておかなくちゃいけない。

渡辺 まさにメディアの独立性が問われる局面ですよね。

青木 先ほど薬師寺さんが調査報道的とおっしゃいましたが、読売の出会い系バー通いは独自記事であっても、調査報道とは対極にあるものです。政権に対する反逆者を潰すために使われたとするなら、メディアとしては自殺行為です。

渡辺 だから、そういう意味で言えば、一枚岩の読売からも、OBとはいえ、月刊「文芸春秋」8月号に問題点を指摘するリポートが出たのは、僕は非常に驚きでした。僕が感じた違和感を読売OBの方も感じたのかなと思いました。

政権と連動したのか メディアが決着つけるべき―倉重

倉重 実際に何が起きたか、いろいろ推測はあるが、この問題をこのまま放置しておいていいのか。誰かが検証すべきじゃないか。私が特にそう思うのは、

・・・ログインして読む
(残り:約15317文字/本文:約25053文字)