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深夜の居場所を必要とする現代人たち

「ドキュメント72時間」の定点観測

植松秀樹 NHK制作局第2制作ユニット・チーフ・プロデューサー

 NHKで毎週金曜22時50分から約30分間放送している「ドキュメント72時間」をご存知でしょうか?

 駅や空港、サービスエリア、コンビニ、漫画喫茶、カラオケルーム……。ひとつの場所にカメラを据えて定点観測してみたら、どんな人が、どんな事情で、どんな思いを抱えてやってくるのか。泣いても笑っても、72時間で撮影は終了。ぶっつけ本番のガチンコ勝負だからこそ生まれる「リアリティー」に賭けるドキュメンタリー番組です。

 たかが72時間、されど72時間。見終わる頃には、「世の中、まだまだ捨てたもんじゃない。明日もがんばってみるか」と、ちょっぴり元気がわく―ー。

 視聴者のみなさんにそう感じていただきたい一心で、毎回悶絶しながら制作しています。

 2013年4月から現在のシーズンがスタートし、今年で7年目。放送回数も250回を超えました。毎週のように高視聴率をたたき出す超人気番組とまではいきませんが、知っている人は知っている、好きな人はずっとファンでいてくれる。そんな受け止め方をされているドキュメンタリー番組です。

救急病院への密着がきっかけ

 13年からスタートしたと書きましたが、そもそもの始まりは、2000年代初頭にまでさかのぼります。

 当時、NHKの報道番組「クローズアップ現代」を制作していたスタッフが、ある取材で救急病院に密着することになりました。もちろん、取材は難航しましたが、カメラの前で話をしてくれる人たちも少なくなかったようです。

 そこで出会ったのは、体調が悪くても病院にかかるお金がなく、限界まで我慢していたという人。深夜、工事現場のアルバイトでケガをしたという苦学生。家族間のトラブルで、暴力沙汰になったという人など、実に様々な事情を抱えた人たちでした。

 目にしたのは、こうした深刻なケースばかりではありません。待合室における患者同士の何気ない会話や、治療を終えた医療スタッフの休憩時間の過ごし方など、緊迫した現場の裏側の表情もどこかリアルで、取材をしたディレクターたちには新鮮に映ったようです。

定点観測型ドキュメンタリー

 「ひとつの場所にこだわり、とことん密着することで、これまでの報道番組とは違う視点から〝現代のリアル〟を描けるのではないか」。このときの経験・感動が、「定点観測型のドキュメンタリー」を発想する原点となりました。

 その後、05年12月、「72時間@渋谷ハチ公前広場コインロッカー」というパイロット番組で「ドキュメント72時間」は産声を上げます。以降、第1シーズンや単発の特集などを経て、13年4月から第2シーズンが始まり、現在に至っています。

 番組の骨格は、ずっと変わっていません。一見、「取るに足らない」と思われる場所を選び、わずか3日間という限定された時間で撮影を終わらせる点です。

 従来のドキュメンタリーでは旬の場所や人にカメラを向け、長期取材で現象に肉薄していくのが王道でした。この番組は、あえてその逆を行くことで、「果たして番組は成立するのか」というスリルを視聴者に共有してもらいながら、最後には「こんなに短い時間に、こんなありふれた場所で、これほど深くて多様なドラマと出会えた!」といった〝カタルシス〟を感じてもらうことを目指しています。

 そのために大事にしているのが、ギャップ(落差・意外感)です。「わずか3日の短期間にこんな出来事が!」「ありがちな場所に驚くべき多様性が!」「普通に見える人物が意外に深い事情を抱えていて……」。こうしたギャップこそが「発見」や「感動」につながる番組の要だと考えています。

「3日間」という絶妙な長さ

 「24時間でも48時間でもなく、なぜ72時間なのか?」という質問を受けることがよくあります。

 番組がスタートしたとき、私はこの班に所属していなかったので、正確な理由はよく分かりません。聞いた話で恐縮ですが、「24時間」だと、当時流行っていた海外ドラマ「24 TWENTY FOUR」とかぶっちゃう。「48時間」も、ニック・ノルティとエディ・マーフィーが出演した同名の映画が存在する。「じゃあ、72時間にしよう」と決まったと聞いております。

 ウソかホントか分からない、笑い話のような話ですが、チーフ・プロデューサーとして2年前からこの番組に携わるようになり、「72時間」という時間設定がいかに絶妙であったかを思い知らされています。

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