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「結果オーライ」への道筋を探る

トリチウム水の海洋放出問題

安東量子 NPO法人福島ダイアログ理事長

 東京電力福島第一原子力発電所内に大量に保管され続けている「水」の処理についての議論は大詰めを迎えている。この原稿が発表される頃には、また新しい動きが報じられているかもしれない。もっとも、大詰めを迎えているとは述べたが、実際のところ、ここ数年にわたって議論に大きな進展は見られず、人を変え言葉を変え同じ話が繰り返されているのが実態であるように思える。

事故が海に与えた影響

福島県の相馬双葉漁協の試験操業。サンプル検査で安全とされたものが東京・築地市場などへ出荷される=2013年9月、福島北部沖
 福島第一原子力発電所で発生している「水」の処理にあたって、大きな障害となっているのが、特に近隣海域で操業を行っている漁業への影響、いわゆる「風評被害」であると言われている。

 2011年3月に起きた東日本大震災によって、福島県の漁業も甚大な被害を受けた。漁業関係の施設のみならず、海沿いにある自宅が被災した漁業関係者も少なくない。それに上乗せするように原発事故が起きた。福島第一原子力発電所事故によって放出された放射性物質の大部分は、海洋に流出したとされている(UNSCEAR〈国連科学委員会〉の評価によれば、流出した放射性核種のうち、セシウム137で放出総量6〜20ペタベクレル〈PBq〉、うち海洋に直接流出したものが3~6PBq、大気に放出されたのち海洋に降下沈着したものが5〜8PBqと推計されている 注1)。

 現在、原発事故による放射性物質の拡散といえば、避難区域を中心とした陸地ばかりが話題になるが、当初もっとも汚染が懸念されたのは、海洋であった。第一原発周辺の海洋は高濃度に汚染され、もう二度と漁業はできないのではないか、そう多くの人が思った。

 幸いだったのは、流出した放射性物質が太平洋の海流にのって速いペースで拡散し、福島県沿岸の海域の汚染は早期に収まったことだ。モニタリングを続けながら、2012年6月には試験操業を再開し、その後、検査を重ねながら操業海域と漁獲対象魚種を増やし、2020年1月現在、1魚種を残し、すべての魚種が試験操業対象となっている。ちなみに、試験操業とは、操業日と漁獲対象魚種に制限が加えられることを意味し、水揚げされた海産物は市場に流通する。2015年以降、ほとんどの魚種から基準値を超える放射性物質はほぼ見つかっていないが、操業日数が週に2回ほどと限られていることもあり、水揚げ量は震災前の15%程度にとどまっている。

(注1)国連科学委員会「東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響に関するUNSCER2013年報告書刊行後の進展 国連科学委員会による今後の作業計画を指し示す2017年白書」

「現実的で唯一の選択肢」

 「水」処理にともなって懸念される風評被害であるが、2018年12月に公表された東京大学の関谷直也准教授(総合防災情報研究センター)によるインターネットの消費者を対象としたアンケート調査では、汚染水を問題ないレベルまで処理した後に海洋放出した場合という前提で福島県産の海産物の購買意向を尋ねたところ、購入

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