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「誰にでも起きる」自分ごと

顔の見える報道が伝える共感

小林恭子 在英ジャーナリスト

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が続いている。

 英国と比較して新型コロナの感染者数や死者数がはるかに低い日本では、感染者に対するオンラインハラスメントが発生し、実名報道がしにくい環境があるという。また、ここ数年、犯罪被害者の実名報道をめぐって活発な議論が行われ、報道機関側が実名報道の原則を主張する一方で一般市民の間では匿名志向が広がり、そのギャップがなかなか埋まらない。

 日本同様、実名報道を原則とする英国では、「実名・顔出し」を基本とする個人を中心に据えた報道が続いている。新型コロナ感染症(COVID-19)は「誰もが感染するかもしれない病気」として認識されており、COVID-19で亡くなった人を社会全体の損失として痛み・悲しみを共有してきた。個人情報(実名・顔・居住地情報・社会的背景)は隠すものではなく、一人ひとりの個人で構成されている社会で公的に共有されるものとして考えられている。

 英国で接したコロナ禍をめぐる報道を紹介しながら、実名・匿名報道とジャーナリズムの役割について考えてみたい。

ひとごとだった新型コロナ

「手指の消毒剤が入荷したらしい」と聞いてロンドン中心部のドラッグストアに行列する人たち=2020年3月10日

 まず、英国でCOVID-19が「自分ごと」として認識されるまでの過程を振り返る。

 新型コロナウイルスの震源地は、昨年12月、1例目の感染者が報告された中国湖北省の武漢市であった。筆者が住む英国では当初、ほとんどの人がコロナの感染を「遠い国の出来事」としてとらえていた。ウイルスはのちに欧州に飛び火し、イタリアでは3月上旬に北部で外出禁止令が出るほどになったが、「まさか、英国はそこまでは行かないだろう」と高をくくっていた。

 次第に危機感が出てきたのは、イタリアの深刻な状況が現場の医療関係者や遺族の話によって伝えられてからだ。「英国もまもなくそうなる」と繰り返された。

 英国内では、病院のベッドの上から感染者がその苦しみを語りだした。病床に横たわる自分の姿を動画撮影し、これを英国の主要放送局チャンネル4やソーシャルメディアが放送・配信し始めたのである。そのうちの1人は、夕方放送の報道番組「チャンネル4ニュース」に登場した、人工呼吸器をつけた若い男性の患者だった。

 3月3日、政府は新型コロナの感染措置対策を発表したが、中心となったのは「症状がある人や高齢者などの自宅隔離」と「手洗いの奨励」で、緩い指示にとどまった。外出禁止令を含む厳しい「ロックダウン(都市封鎖)」を宣言したのは3月23日である。当初、COVID-19にかかるのは「特別な人」、つまり高齢者や持病がある人だけで、若者層はかからないというのが通説だった。

肉声報道で自分ごとに

 そんな時に、感染した若者自らがベッド上から症状を訴えることには大きな意義があった。苦しそうにせき込みながら、カメラに向かって「頼むから、外出しないで」「手を洗うように」「私のような目に遭わないように気をつけて」と訴えたからだ。「感染は誰にでも起こりうる」という意識が醸成されていった。

 これまでの英国のコロナ禍報道を振り返ると、常に中心に据えられてきたのが「実名・顔出し」で登場する個人だった。感染の

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