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政治と市民の関係を変える 国会パブリックビューイング

上西充子 法政大学教授

 「日本を、取り戻す。」――2012年12月の衆院選で安倍晋三・自民党総裁はそう訴え、大勝して政権を取り戻した。14年12月の衆院選では「景気回復、この道しかない。」とアベノミクスの継続を訴えた。7年8カ月に及んだ長期政権の中で、安倍首相は「悪夢のような民主党政権」などとあからさまに民主党政権を批判し、他の選択肢などありえないと、世論誘導を繰り返した。

 その安倍政権を支えてきたのが現首相である菅義偉官房長官だ。集団的自衛権の行使容認をめぐっては、違憲じゃないという著名な憲法学者もいっぱいいると記者会見で答えたことを国会で問われ、「私は、数じゃないと思いますよ」と開き直った(注1)。記者会見で食い下がって質問を続ける東京新聞の望月衣塑子記者に対しては、露骨な質問妨害を官邸報道室長に繰り返させ、「あなたに答える必要はありません」と言い放った(注2)

 首相となった今も、その姿勢は変わらない。日本学術会議が推薦した6人の学者の任命を拒否した問題では、菅首相は人事に関することだとして拒否の理由を語らず、それでいて学術会議は国民に理解される存在でなければならないと、圧力をかけ続けている。政府による世論誘導と異論の抑圧の姿勢が顕著になってきている今だからこそ、私たちは黙ってしまわないこと、主権者としてしっかりと立ち、権力を監視し、求める方向へと政治を動かすことが重要だ。では、それはいかにすれば可能なのか。

 「民主主義」を特集するこの号に筆者が寄稿を求められたのは、「国会パブリックビューイング」の活動に注目してのことだろう。そこで本稿では、国会パブリックビューイングはなぜ国会に注目したのか、そのことが政治と市民の関係を変えるうえで、どういう意味を持つのかに着目したい。

 国会パブリックビューイングは、国会審議を解説つきで街頭上映する取り組みだ。18年6月15日の新橋SL広場における働き方改革関連法案の国会審議の上映に始まり、20年11月までに街頭上映を44回、それに加えて室内からのライブ配信や解説つき番組の制作、シンポジウムや上映交流会、字幕付きの国会審議映像の公開などをおこなってきた。

(注1) 衆議院・我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会。2015年6月10日。
(注2) 内閣官房長官記者会見。2019年2月26日。

二つの「成功体験」

 なぜ国会審議の街頭上映をおこなったか。国会審議には意味があり、しかし市民がそれを見守らなければ、その意味が失われてしまう状況にあったからだ。国会パブリックビューイングを始める前に、私には二つの「成功体験」があった。

 第1の成功体験は、17年3月の職業安定法改正の国会審議において、衆議院厚生労働委員会で参考人意見陳述をおこない、法改正の欠陥を指摘し、その指摘が翌日以降の野党議員の質疑に引き継がれて、省令・指針に改善点を刻み込むことができたという経験だ(注3)。3月14日に意見陳述をおこなってその内容をWEB記事として即日公開し、翌日からの国会審議をリアルタイムで追いながら論点を3月26日まで3度にわたり、WEB記事で指摘し続けた(注4)。その論点整理は参議院厚生労働委員会における野党議員の質疑に生かされ、省令・指針に改善点を刻み込むための言質を質疑の中で勝ち取った。

 第2の成功体験は、18年1月29日の衆議院予算委員会において安倍首相が言及した裁量労働制をめぐる比較データに関してだ。出典にあたって疑義を呈してWEB記事を執筆し、長妻昭議員に連絡したことから、野党議員による衆議院予算委員会での追及につながった。2月14日の安倍首相の答弁撤回を経て、同月28日深夜に働き方改革関連法案からの裁量労働制の対象拡大案の削除に至った(注5)。筆者は、WEB記事の執筆、野党合同ヒアリングへの出席、メディアへの出演、衆議院予算委員会中央公聴会における公述人意見陳述、新宿におけるデモへの参加とスピーチなどでそのプロセスに関与した。

 「選挙で変えるしかない」とよく言われるが、的確に論点をつかみ、タイミングよく集中的に国会審議を深めることができれば、野党が数の力で劣っていても変えられるものはある。二つの成功体験から生まれたのはそういう手ごたえだった。野党議員との接点もその中で生まれた。

 しかし同年3月以降の国会審議では、政府側は野党の指摘を受けとめない姿勢がより顕著になった。意図的に論点をずらして野党の質疑にかみ合った答弁をおこなわない「ご飯論法」を駆使する加藤勝信厚生労働大臣。高度プロフェッショナル制度の削除を求める「全国過労死を考える家族の会」の方々との面会を拒む安倍首相。「いずれにいたしましても」と質疑に答える姿勢のない労働基準局長。後に朝日新聞が報じたところによれば、加藤大臣は4月上旬に厚生労働省の幹部に対し、「理屈じゃない。これは戦いなんだ」と語っていたという(注6)

 誰に対する戦いかと言えば、野党や、その背後にいる市民に対する戦いだ。野党は高度プロフェッショナル制度をめぐるヒアリング結果に疑義を呈し、労働者が同制度を求めたとする立法趣旨の根拠を崩したが、6月29日に法案は可決・成立した。

 筆者らが新橋SL広場で働き方改革関連法案の国会審議を街頭上映したのは、参議院における国会審議が始まってからの6月15日のことだ。WEB記事の執筆、国会前の抗議行動でのスピーチ等、筆者は関与を続けたが、裁量労働制のデータ問題が国会で追及されていた頃に比べ、注目するメディアは少なかった。「答弁撤回」の際のように、ある種の「お墨つき」がないと報じられないのか、という問題意識があった。デモの終着点でスピーチを依頼されており、ふとツイッターのリプライからヒントを得て、国会審議の街頭上映を思いついた。

 私たちの働き方を変える法改正が国会で審議されているのに、それが規制の緩和と強化の抱き合わせ法案であることが、NHKや日本経済新聞、読売新聞などではまともに報じられていない。表では働く人のための働き方改革であると標榜しながら、国会では野党の指摘に向き合わない不誠実な答弁を政府が続けており、そのことも知られていない。法改正が審議されているこのタイミングでこそ報じる意味があるのに――と、もどかしい思いを抱えている中で、ならば自分が論点をめぐる国会審議の実情を街で伝えようと考えたのだ。

 結局、働き方改革関連法案は、労働時間規制をはずす高度プロフェッショナル制度の創設を含んだ形で成立したわけだが、筆者らは国会パブリックビューイングという団体を結成した。同制度の問題点を国会審議から浮かび上がらせる55分の番組「第1話 働き方改革――高プロ危険編」を作成し、寄付で機材をそろえて街頭上映を始めた。

 写真1は番組制作後の18年7月9日に、新橋SL広場でまず無告知無人上映をおこなってみたときの様子だ。あえてスクリーンの横には誰も立たず、主張も掲げず、チラシも配らず、ただスクリーンに解説つきの国会審議映像が流れている、という状況を作ってみた。すると、たまたま通りかかって足をとめる人の姿が見られた。そこから新宿、渋谷、恵比寿、有楽町、梅田、松本、名古屋、茅ケ崎など、多様な場で街頭上映をやってみた。テーマも入管法改正、統計不正、桜を見る会などに広げた。

写真1 「第1話 働き方改革―高プロ危険編」無告知無人上映(2018年7月9日、新橋SL広場)

 その中で気づいたことを2点、あげておきたい。

 第1に、国会審議に対する市民の関心は、適切に掘り起こせば、あるということだ。私たちは、必ず質疑と答弁をセットで紹介する。野党の質疑に対してかみ合った答弁がおこなわれているか、誠実に答えようという姿勢があるかを見ることが重要だからだ。そして、3分程度の重要な質疑場面を「切り出し」はするが「切り貼り編集」はおこなわない。ニュースのように切り貼り編集を施してしまうと、かみ合った質疑がおこなわれているように見えてしまう。そうすると問題が可視化されずに隠れてしまうのだ。「切り出し」だけにして前後に解説をつけて提供することによってはじめて、そこで何が議論されており、政府が国会の場にどういう姿勢で臨んでいるかが可視化される。

 NHKの国会中継では何が議論されているのかわからない。わざと答弁で論点ずらしがおこなわれているからだ。解説によって論点がわかれば、「さてこの質疑に政府はどう答えるのか」と、野党議員と同じ目線に立って答弁を注視することができる。そして、そこで議論されていることが、自分たちの暮らしにかかわる問題であることも見えてくる。

 18年10月7日に長野県の松本駅前で「第1話 働き方改革―高プロ危険編」を見たと思われる女性は、自分の会社が高度プロフェッショナル制度を導入しようとしたら、理論武装して嫌だと言う、という趣旨のコメントをツイッターに書き込んでいた。同年12月31日に新宿駅西口の地上で街頭上映をしてみたときには、「国会をテレビでやってると、いらいらしてチャンネルを変えちゃうんだけれどね」と筆者に話しかけながらスクリーンの国会審議を見守る男性がいた。

 入管法改正以降のテーマを扱った街頭上映は80分程度にわたることが多かったが、いったん足をとめた人は寒い季節でもそのまま長く見続けることが多かった。

(注3) 上西充子「職業安定法改正による求人トラブル対策と今後の課題」『季刊・労働者の権利』Vol.324、2018年。
(注4) https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/
(注5) 上西充子「裁量労働制 拡大でなく限定を」『Journalism』2018年5月号。なお、削除に至った背景には、元の調査データに異常値が多数みつかった問題や、予算案の成立をめぐる与野党の駆け引きも関係している。
(注6) 「『理屈じゃない』加藤厚労相のずらし答弁 働き方改革法」朝日新聞2018年7月20日朝刊。

野党議員と市民がつながる

 第2に、市民が国会審議を見守ることは、野党の議員と市民をつなぐ意味がある。ニュースでは政府がどういう方針を決めたとか、首相が何を語ったとかは日常的に報じられるが、野党議員の動きは「与野党攻防」のような政治的な駆け引きの文脈でしか紹介されないことが多い。けれども国会審議を見れば、野党議員が国会で法案の問題点を指摘し、行政監視機能も果たしていることが見えてくる。政府が取り上げずにいる課題を指摘し対策を提案していることも見えてくる。政党によるスタンスの違いも、議員の個性も見えてくる。

 19年2月4日の衆議院予算委員会における小川淳也議員の統計不正に関する質疑や、同年11月8日の参議院予算委員会における田村智子議員の「桜を見る会」に関する質疑は、見る者にも論点がわかるように緻密に組み立てられ、質疑を追う中で問題の全体像が次第に見えてくる

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