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8月ジャーナリズムと追悼式から 終戦記念日を問い直す

吉田裕 東京大空襲・戦災資料センター館長

 個人的印象だが、ここ数年、「8月ジャーナリズム」が方向性を見失いつつあるように感じる。もちろん、私自身に確たる方向性があるわけではないが、報道に対する違和感はぬぐうことができない。しかし、これはある意味で当然のことだ。従来の報道は戦争体験者から取材するという基本的なスタイルを持っていた。ところが戦争体験者の減少によって、そのスタイルを維持すること自体が困難になっているからである。総務省統計局のデータによれば、10歳以上の年齢で敗戦を迎えた人が日本の総人口に占める割合は、すでに20199年の時点で5.5%にまで減少している。加えて事態を複雑にしているのは、かつての戦争に対する評価や戦没者の追悼のありかたをめぐって、国民的なコンセンサスが存在していないという現実である。満州事変からアジア・太平洋戦争に至る一連の戦争を明確な侵略戦争だと考える人の割合は、1990年代以降の世論調査では常に半数を超えるようになる。自衛戦争と考える人の割合は常に1割前後である。しかし、21世紀に入ると状況が変わり始める。2006年に朝日新聞社が実施した世論調査によれば、侵略戦争が31%、自衛戦争が7%、そして、侵略戦争と自衛戦争の「両方の面がある」が45%である(「朝日新聞」2006年5月2日付)。多くの人が侵略戦争と断定することにためらいを感じていることがわかる。もう一つ重要なのは、2015年8月に発表された「戦後70年 安倍首相談話」への世論の反応である。1995年の「戦後50年 村山首相談話」は、侵略戦争と植民地支配の歴史に対する反省とお詫びを明言した。安倍首相談話は、村山首相談話を継承するとしつつも、戦後生まれの若い世代に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という形で、謝罪の打ち切りを事実上宣言した。この文言に対する評価を世論調査で見てみると、「共感しない」の21%に対して「共感する」は63%に達する(「朝日新聞」2015年8月25日付)。

 世論が分裂する中で、戦争の評価に関しては言及を避ける傾向も明確になり始めている。主要全国紙の終戦記念日の社説を検討した根津朝彦『戦後日本ジャーナリズムの思想』(東京大学出版会、2019年)によれば、各紙の社説が日本の加害責任について言及するようになるのは、1980年代から1990年代にかけてのことである。しかし、その後、加害責任に関する言及は社説の中から姿を消していく。

 戦没者の追悼に関しては、激しい対立があるからこそ、問題を棚上げにして、結論を先送りにする傾向が著しい。日本会議などの勢力は、8月15日に首相が靖国神社を公式参拝することによって、靖国神社に公的な追悼施設としての性格を付与することを狙う。しかし、憲法の政教分離原則の厚い壁と内外の激しい反対に直面すると、8月15日の参拝にも公式参拝にもこだわらないという現実主義が内部に台頭し、その姿勢をじりじりと後退させている。首相の参拝も2013年12月26日の安倍晋三首相の参拝を最後にして途絶えたままである。他方で靖国神社に批判的な勢力からは、靖国神社に替わる施設として、千鳥ケ淵の戦没者墓苑の拡充案、国立の無宗教施設の建設案などが提起されたこともあるが、十分議論されないまま事実上「お蔵入り」となっている。争点の曖昧化が進む一方で、自由な議論を戦わせる場が少しずつ狭められつつあるのが「8月ジャーナリズム」の現状ではないだろうか。

継承への新しいアプローチ

 とは言え、戦争体験の継承に関する新しいアプローチも着実に始まりつつある。マスコミの注目を浴びているのは、AIと聞き取りによって戦時中の白黒写真をカラー化する試みである。この作業に取り組んでいる研究者は、その狙いを「当時の写真は、もっぱらモノクロです。カラーの写真に眼が慣れた私たちは、無機質で静止した『凍りついた』印象を、白黒の写真から受けます。このことが、戦争と私たちの距離を遠ざけ、自分ごととして考えるきっかけを奪っていないでしょうか?〔中略〕カラー化によって、白黒の世界で『凍りついて』いた過去の時が『流れ』はじめ、遠いむかしの戦争が、いまの日常と地続きになります」と説明している(庭田杏珠・渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』光文社新書、2020年)。カラー化の意義と限界に関してはより踏み込んだ議論が必要だが、「自分ごととして考えるきっかけ」を作るという発想は大切にすべきだと思う。

2020年7月から8月にかけて朝日新聞が連載した「戦後75年 空から見た戦跡」(全6回)。第1回は兵庫県加西市にある鶉野(うずらの)飛行場跡=2020年7月27日付夕刊


 もう一つは、各地に残る戦争遺跡や平和・戦争博物館などを観光資源として活用しようとする動きで
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