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「丸裸の非正規」が照らす公助の不備 「夫セーフティーネット」の虚構が根底に

竹信三恵子 和光大学名誉教授

 2020年からのコロナ禍は、非正規雇用のセーフティーネットの機能不全を照らし出した。

 労働者は生活が雇用に左右され、仕事を失ったら生存さえ断たれかねない。そのため、休業手当など、雇用の縮減・喪失を支える仕組みが用意されてきた。今回の危機では、そんな基本的な支えが働き手の4割近くに膨らんだ非正規には機能せず、厚労省は制度の対象範囲の拡大に追われ続けた。

 背景にあるのは、「非正規労働は夫や親に守られた家計補助的働き方」という「夫セーフティーネット」の虚構による、「公助」の欠如だ。

非正規の雇用が大量に喪失

 第一次緊急事態宣言が発せられた20年4月の総務省の労働力調査によると、役員を除く雇用者数は、正規の職員・従業員数が3563万人で、前年同月に比べ63万人増加した。一方、非正規の職員・従業員数は2019万人で、前年同月に比べ97万人の大幅減少となった。このうち女性非正規は71万人も減少し、「女性不況」という呼び名も生まれた。

 NHKと労働政策研究・研修機構の共同調査「新型コロナウイルスと雇用・暮らしに関するNHK・JILPT共同調査」でも、同年4月から7カ月間で「コロナ禍による解雇や労働時間の減少で雇用に大きな影響を受けた働き手」の割合は、男性が19%、女性が26%で、特に女性非正規では33%にものぼった。

 女性への打撃が特に大きかったのは、女性が従業員の6割を占める宿泊業・飲食業をはじめ、対人的サービス業界をコロナ禍が直撃したからだ。働く女性のなかで、非正規が56%(2019年現在)に及んでいることも大きく影響した。

 非正規は短期契約のため、経済危機では雇用の調整弁とされ、雇い止めもされやすい。また、時給制であるため、今回のように営業時間の短縮や休業で労働時間が減少すれば、すぐに収入減に結びつく。

 感染が急速に拡大し始めた20年3月には、労働組合への労働相談に対し、女性の非正規などから「勤め先が休業し、収入が途絶えたのに正社員しか休業手当が支給されず、生活が成り立たない」「家賃が払えなくなり路上に出そうになっている」といった相談が相次いだ。

 これに追い打ちをかけたのが、20年3月からの突然の「一斉休校」だった。子どもの世話で働きに出られず、生活できないという母親やひとり親の相談が増えた。こうした事態に政府は、子どもの休校で働けない親に有給休暇を保障した企業を対象に「小学校休業等対応助成金(コロナ休校助成金)」を創設した。だがここでも「会社が助成金を申請してくれない」という声が非正規を中心に相次ぎ、後に労働者からの個人申請も可能になった。

 非正規は従来から、失業手当や休業手当の対象外に置かれがちだ。賃金も最低賃金すれすれの水準が多い。最低賃金自体が生活を支える水準に達していないことから、貯蓄などの「溜め」を持てない働き手も多い。

 それでも通常は、仕事が途切れると日々雇用的な短期の雇用による「自助」でつなぎ、次の非正規雇用をさがすという形で綻びをつくろってきた。「公的セーフティーネット」の不備を「コマ切れ雇用セーフティーネット」による「自助」で代替するやり方だ。それもコロナ禍で断たれ、炊き出しには従来は少なかった子ども連れなどの女性の姿が目立った。

 こうした動きは、20年4月以降、男性にも拡大した。筆者が7月、反貧困団体が結成した「新型コロナ災害緊急アクション」の駆けつけ支援に同行した際、所持金が100円、500円しかない、という男性たちに出会った。建設や観光などで派遣労働者として働いてきたが、コロナ禍による仕事の急減でスマホの通信代が払えなくなり、当座の仕事さがしができなくなったという。

 「コマ切れ雇用セーフティーネット」が機能しなくなり、家賃が払えず路上生活をせざるを得ない状態にまで追い詰められていた。

シフト労働の拡大が壁に

 こうした事態に厚労省は、コロナ禍で休業せざるを得ない会社で働く労働者に対し、「休業手当」の支払いを促す政策をとった。

 労働基準法26条は、会社の責任で休業する場合には平均賃金の60%以上の休業手当を支給することを義務付けている。一方、経営不振の際も社員を解雇せず、配置転換や出向、スキルアップのための職業訓練で支える企業には、申請すれば「雇用調整助成金(雇調金)」から助成される仕組みがある。休業手当を、この雇調金で支えることで、企業の背中を押す、という作戦だった。

 雇調金は雇用保険が財源であるため、被保険者が対象とされてきた。ここでは非正規でも週20時間以上働き、31日以上の雇用見込みがあれば被保険者になれて、助成の対象になる。

 にもかかわらず、なぜ非正規から「休業手当が支給されない」という訴えが相次いだのか。

 ひとつは、コロナ禍以前から社会保険料負担を避けようと週20時間未満の短時間パートなどを増やす企業が目立ち、保険への加入資格がない非正規が多かったことがある。また、08年のリーマン・ショックで雇調金の支給を拡大したとき、不正受給が問題視されて運用が厳格化され、手続きの煩雑化を嫌った中小企業が、雇用の調整弁扱いの非正規についての申請を渋ったという見方もある。

 加えてコロナ禍では、サービス産業での「シフト労働」の拡大が、新しい壁として浮上した。シフト労働は、勤務時間が特定の1種類に固定されず、会社の都合に合わせ、不定形な勤務をはめ込む働き方だ。

 リーマン・ショックの際の雇用危機では、04年に解禁された製造業への派遣で働く男性たちの雇用喪失が、「派遣切り」としてクローズアップされた。日本社会の産業構造はすでに製造業中心からサービス産業中心への転換が進んでおり、いまでは短時間のコマ切れ的なシフト労働で働く女性たちが、その主な担い手となった。そこをコロナ危機が襲った。

セーフティーネット外しの雇用管理

 筆者が取材した関東地方の飲食店でパートとして働く30代女性は、当初1日5時間、週4~5日の契約だった。20時間未満で雇用保険に加入できないコースだった。正社員を希望したが、正社員は店長だけで、加えて残業が多く、子育てとの両立を考えてあきらめた。

 20年2月ごろからコロナの感染拡大で客が減り、勤務は週3日に削られた。月10万円程度だった収入は6万円程度に減り、4月に緊急事態宣言が出されてからは、店が休業し収入はゼロになった。休業後の最初の2週間はシフトが入っていたことから「雇用契約がある」として、3万円程度の休業手当が支払われた。だが、その後はシフトが決まっていなかったことを理由に手当は出なかった。

 夫が単身赴任で別世帯のため、家賃と生活費は女性の収入が頼りだ。食費を切り詰め、貯金も取り崩した。「緊急小口資金特例貸付制度」の利用も考えたが、借金が増えると思い、利用できなかった。6月に店は再開したが、週2回の1日4時間労働で収入は月3万~4万円に落ち込んだ。事務職のパートとの複合就労でしのいでいるが、飲食店のシフトが直前に決まるため事務職のシフトを増やせず、生活は苦しい。

 野村総研が20年12月、全国20~59歳のパート・アルバイト女性にインターネットで実施した調査では、コロナ禍以前に比べて仕事が減った女性は4人に1人に及び、うち4.3%はシフトが10割減り、55.3%はシフトが3~9割減ったと回答している。10割減ということは、通常の労働者なら解雇や雇い止めと同じだ。

 「シフトが入っていないから契約がない」「シフト減は休業ではない」「シフトゼロは解雇ではない」として、雇用が失われた働き手への補償を切り縮める「セーフティーネット外し」ともいえる雇用管理が横行している。

 同総研はまた、パート・アルバイトのうち、シフトが5割以上減り休業手当も受け取っていない実質的失業者が21年2月時点で男性43.4万人、女性103.1万人に及んだとする。

休業手当の不備を修復する動き

 厚労省は、このような「非正規の休業手当の壁」が浮上するたびに、対象の拡大などへ向け、仕組みの手直しに奔走してきた。それまで十分に考えられてこなかった非正規の雇用セーフティーネットの綻びに対する懸命の修復、ともいえる動きだ。

 まず、感染が拡大し始めた20年2月には、事業主や被保険者について雇調金の利用要件を緩和し、範囲を広げた。

 先述したように、雇調金は雇用保険を基本的な財源とするため「被保険者が対象」が原則だ。だが、雇用保険に加入資格がない非正規からの悲鳴の続出に、そうした労働者の休業手当についても「緊急雇用安定助成金」を受けられる措置を迫られた。

 さらに、賃金の6割以上という休業手当の水準に対し、もともと低賃金のため、これでは生活できないという批判が上がり、できる限り10割を目指した助成を呼びかけた。

 制度は改善されても、会社が休業助成金を申請してくれず、休業手当が出ないという訴えも続出し、中小企業のパートなどが個人で申請でき、平均賃金の8割が支給される「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金(コロナ休業支援金)」が設けられ、20年7月から受け付けが始まった。

 この措置についても、国会で「大手が除外されているため多数のパートが利用できない」という質問が相次ぎ、厚労省が休業手当を支払うよう要請した大手25社がすべて、これに応じていなかったことも報じられた(2021年1月27日付、東京新聞)。このため21年2月からは大手にも対象が広げられた。

 これらが功を奏したのか、厚労省がまとめた21年版の「労働経済白書」では、雇調金が完全失業率を抑制する効果は2.6%程度あると試算されている。

フリーランスにも補償措置

 こうした中でも特に注目されるのが、「自営業だから自己責任」とされてきたフリーランスに対しても補償措置が広げられたことだ。

 先に、20年3月の突然の一斉休校措置によって仕事に出られなくなった父母に「コロナ休校助成金」が創設されたと述べた。だが、フリーランスは当初、「雇用されていないこと」を理由に、休校措置をめぐる保障の対象外とされた。

 フリーランスは、コロナ禍で仕事の発注が激減し、非正規雇用と同様かそれ以上の打撃を受けた働き手が少なくなかった。そこで、フリーランスの労組やネットワークが連携して政府に働きかけ、雇用者の半額ではあったが自営業でも受けとれる「小学校休業等対応支援金」が設けられた。

 被雇用者の業務によるコロナ感染は、会社負担による労災保険の対象になるが、フリーランスは労災保険も原則、対象外だ。そんな中で、個人事業主などが自費負担ではあるが加入できる、「特別加入」の対象を、広げる措置も取られた。

 フリーランスは、政府が「雇用されない新しい働き方」として推奨してきた働き方だ。だが、自営といいつつ、身一つで働く例も多く、コロナ禍以前から、病気の際の減収や発注主からのハラスメントなど、被雇用者ときわめて近い脆弱さを抱えてきた。今回の措置は、そうした制度の不備への懸念が現実のものとなったことを示している。

「労組非加入」の壁も

 ただ、個人で申請できる「コロナ休業支援金」はできたものの、20年12月の野村総研の調査では「知っている」は16.1%にとどまり、59.2%が「知らなかった」と回答した。知っていても「申請していない」は86.4%にのぼった。その理由(複数回答)で最も多かったのは「自分が申請対象になるかわからなかった」で、次が「申請方法がわからなかった」だった。

 雇用についての制度は会社や労組などの身近な存在からの情報提供がないと周知されにくく、制度を知って申請しようとしても、会社に「休業は会社の指示」「会社は休業手当を払っていない」と申請書に記入してもらう必要がある。また、助成によって会社負担がなくなっても、「会社の指示による休業」を認めると、あいまいだった非正規への休業手当が今後も義務として定着してしまうという、経営側の警戒感も指摘されている。

 セーフティーネットが手直しされても、それを生かすには会社側との交渉が必要で、労働者個人では限界がある。必要な証拠や書類を用意して説得力のある説明ができなければ、各都道府県にある労働局の窓口で受け付けてもらえないこともあり、労組の同行申請が有効だ。

 だが、20年のパートの労組組織率は8.7%にすぎない。労組という基本的セーフティーネットからも非正規が外されがちなことが、解決を難しくしていることがわかる。こうした中で、コロナ休業支援金は21年10月時点で予算の3割強の支出にとどまっている。

 これを受け、厚労省は同月、申請の際に会社の協力がなくてもすむよう運用基準の見直しにも踏み切った。一定以上働いていたことを証明する給与明細があり、労働局が、コロナの影響がなければ仕事を続けさせる意向があったと会社側に確認できれば、支給を認めるというものだ。この見直しは歓迎されたが、なお「会社の意向確認の手続きが壁にならないか」との懸念が労組などから出ている。

非正規は「家計補助」という呪縛

 こうしたコロナ禍での非正規へのセーフティーネットの拡大自体は、評価すべきことだ。ただ同時に、これらは、非正規やフリーランスなど多数の働き手が、危機の場合の「公助」システムから、はじかれてきたことも露わにした。

 背景には、「非正規は夫の経済力に依存することができる家計補助的な労働力」とみなす「夫セーフティーネット・家計補助」論の呪縛がある。

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