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コロナ禍のリモートワークで企業法務弁護士の日常はどう変わったか

中野 常道

中野 常道(なかの・つねみち)
 2007年、一橋大学法学部卒業。2009年、早稲田大学大学院法務研究科修了。司法修習(63期)を経て2011年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。金融庁総務企画局企業開示課への出向やシンガポールオフィス勤務、国内大手証券会社M&Aアドバイザリー部門出向を経て、2021年、パートナーに就任する。
 2021年7月23日、1年の延期を経て、東京オリンピックが開幕した。連日、日本の選手達の大活躍をはじめ、白熱した競技の模様がメディアを通じて伝えられている。もっとも、元々は昨年開催予定であったこのオリンピックを巡っては、1年の延期を経たうえで無観客開催とすることが決定されつつも、開催直前まで、開催の是非について大きな議論があったことは周知のとおりである(また、開催後である今でもこの議論は続いているように思われる。)。約60年ぶりの東京での開催ということで、本来であれば会場で・街中で、世界中の人々とともに手に汗握って応援するはずであったこの伝統的なスポーツの祭典がこのような状況になってしまった原因。それはいうまでもなく、昨年から流行し、未だに終わりの見えない新型コロナウィルス感染症の影響によるものである。

 いわゆるコロナ禍とも呼ばれるこのウィルスの流行は、法務の世界にも種々の変革をもたらした。一例として、筆者が日常的に接している企業法務の世界でいえば、株主総会のウェブ等を通じたバーチャル方式による開催(バーチャル総会)が話題になっている。会社法上、株主総会については招集の際に開催場所を決定することが必要であるため、これまではバーチャル総会を開催するとしても物理的な株主総会を開催しつつ、ウェブ等でその総会の様子を同時配信するといった方法を中心に考えられていたが、今年の6月に産業競争力強化法が改正され、上場会社を対象に一定の要件を満たすことでバーチャル空間のみで行う方式の株主総会(いわゆるバーチャルオンリー株主総会)の開催が認められることとなった。バーチャルオンリー株主総会自体には賛否色々な議論はあるものの、その開催がわが国で認められたことは画期的なことであり、コロナ禍における議論がもたらした前向きな変化のひとつであると考えられる。

 また、同業者以外には中々見えないところかとは思われるが、新型コロナウィルス感染症の影響は以上のような法務の世界における変革に留まらず、我々弁護士の日々の業務スタイルも大きく変えたように思う。前置きが長くなってしまったが、本稿では、(バーチャル総会の解説等は数多存在する先行文献に譲り…)このコロナ禍の時代において弁護士がどのように業務を行っているか、僭越ながら筆者の場合を例に述べていきたい。

リモートによる弁護士の仕事のスタイルの変化

リモート環境の整備

 2020年4月に東京で初めての緊急事態宣言が発令されて以降、当事務所の弁護士・スタッフも在宅勤務をすることが非常に多くなった。

 もっとも、それまでは設備や資料の整ったオフィスのデスクに毎日出社をすることを前提として業務にあたっていたので、多くの弁護士は突然の「在宅勤務」に大いに戸惑ったものである。特に私は、オフィスでメール・電話への対応、書類作成等をすることを前提に、PCモニターを複数にしたり、キーボード・マウスを自分好みのものにカスタマイズしたりと、オフィスでの環境整備のみに力を入れたので、本格的な作業を自宅で行う態勢にはまったくなかった(そもそもPCを置く自分用の机がないし、椅子もない状況であった。)。また、事務所支給のノートPCで作業するにも、ノートPCのモニターやキーボードだと、どうしても作業の効率が落ちてしまう(例えば、モニターについては3個使用し、1‐2個は資料やメールを表示し、それを横目に見ながらメインであるもう1個のモニターで書類作成等を行うという作業に慣れ過ぎていた。)。

 慌てて自宅での執務環境の整備に向けて動いたが、業種を超えて日本中で同じことを考えている人が多かったせいだと思うが、店頭・オンラインともに色々なものが品薄で苦労をした記憶がある。もっとも、その後、時間をかけて試行錯誤をしたおかげで、今ではオフィスに匹敵する快適な執務環境が自宅にも整ったように思う。

会議の様子

 会議は、外部とのものや内部の打合せを含めて、やはり対面ではなくWEB会議が多くなった。

 最初は私自身も含めて、色々な面でぎこちなく使用していたように見受けられたものの、今や多くの会議はWEB会議でも支障がない程度にはなってきたと思う(話す内容に気を取られ、ミュートをしながら話してしまう癖は何とかしなければとは個人的には思っているが。)。特に資料共有の機能は、議論の目線を合わせるといった観点からもとても便利である。また、会議の中で、たまに入り込んでしまう参加者の家族の声等の生活音は、小難しいことを扱うことの多い法務関連の会議を和ませ、依頼者や同僚の普段は分からない一面を知ることにもつながり、距離を縮める良い機会にもなっているように思う。

リサーチ

 法務の世界ではある論点の回答を導き出すために、種々の裁判例・文献をリサーチする必要のある場合が多い。このようなリサーチへの対応態勢をどうするのかというのは、我々の業界においてリモートワークを機能させるには大きな問題であった。この点に関しては、元々裁判例等はデータベース化されていることに加えて、最近では実務的な文献もデータベース化して提供しているサービスも見受けられ、電子書籍になっている文献も多くある。これらを利用することにより、多くの場面で、リーガルサービスの質を維持しつつ、リモートでの作業を実現することができているように思われる。

変わらないもの

 以上のように弁護士業務においてもリモートワークは機能するようになっており、また実感として定着もしてきている。では、今後も含めて完全にオフィスに行かないでも済むようになるかというと、筆者の感覚では恐らくそのようなことはないように思われる。

 我々が扱う業務は、その性質上、当然に守秘性の高い内容のものが多い。特に筆者が専門としているM&Aの分野では、依頼者として重要な意思決定をしなければならない場面、相手方の顔色や仕草等も見ながら緊迫感のある交渉をしなければならない場面も多々生じる。このような場面では、コロナ禍とはいえ、(無論、万全な感染症対策は講じたうえで、)対面での会議を実施しなければならないことも多い。そして、このような対面会議の要請は、事柄の性質上、今後どれだけWEB会議の技術・環境が整ったとしても変わらないように思われる。

 また、守秘性の高い案件が多いからこそ、情報管理には十分に留意の必要がある。したがって、紙媒体での資料や大部に亘る契約書の検討については、印刷がオフィスでしかできないこともあり、引き続きオフィスでの対応をメインとしている。

最後に

 コロナ禍をきっかけとして、我々の業界も各種業務の合理化・効率化が進んできている。恐らく世の中が正常化しても、業務の進め方という観点からはすべてが元通りになるのではなく、例えばリモートワークとオフィス勤務の併用やWEB会議の活用は案件の進捗に支障のない範囲でこれからも行われていくと思われる。

 筆者個人としても、このような合理化・効率化の流れは大いに支持するところではあるが、唯一、オンライン飲み会だけは残念ながら物足りない。これだけはバーチャルオンリーであると、中々難しい。一刻も早く世の中が正常化し、趣向を凝らしたお店の料理を楽しみつつ、皆様と杯を交わせる日が来ることを願っている。