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薬機法で医薬品会社・医療機器会社に義務づけられる「法令遵守体制」構築

木下 倫子

ヘルスケアカンパニーの信頼確保のための法令遵守体制の整備
  ー実際の製薬会社の不正事件調査も踏まえてー(上)

西村あさひ法律事務所
弁護士 木下 倫子
弁護士 犬塚有理沙

木下 倫子(きのした・みちこ)
 2005年、東京大学法学部(LL.B.)卒業。2007年、東京大学法科大学院(J.D.)修了。2012年、大阪弁護士会登録。著作権法学会会員、工業所有権法学会会員、情報ネットワーク法学会会員。
犬塚 有理沙(いぬづか・ありさ)
 2004年、一橋大学法学部(LL.B.)卒業。2007年、一橋大学法科大学院(J.D.)修了。2008年、第二東京弁護士会登録。2011~2012年、ノバルティスホールディングジャパン株式会社出向。2013~2015年、外務省国際法局経済条約課出向。2016年、New York University School of Law(LL.M.)卒業。2019年、ニューヨーク州弁護士登録。

1 はじめに

 令和元年の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」)改正により、薬機法上の許可業者に対して法令遵守体制の構築が義務付けられ、2021年8月1日から施行されている。
 本稿では、まず、法令遵守体制に係る義務の内容を概観し(上)、実際の不正事件調査から浮かび上がる原因及び背景に触れながら、法令遵守体制との関係について考察する()。

2 薬機法上の法令遵守体制に関する改正の経緯

 2002年の旧薬事法の改正により、製造販売業者の業務を適切に実施するため、総括製造販売責任者、品質保証責任者及び安全管理責任者のいわゆる三役の設置が義務付けられた。そうであるにもかかわらず、2010年代、製薬会社による薬機法違反事例が相次いで発生した(注1)
 厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会において、これらの違反事例は、

  1. 違法状態にあることを役員が認識しながら、その改善を怠り、漫然と違法行為を継続する類型、
  2. 適切な業務運営体制や管理・監督体制が構築されていないことにより、違法行為を防止、発見又は改善できない類型

に大別されると整理された。そして、医薬品等を取り扱う許可業者の役員には、人の生命・身体に直接影響を及ぼす製品を取り扱う者の責任者として、従業員等に対する監視・監督や適切なガバナンス体制の構築が求められることが確認された。
 このような経緯を経て、令和元年改正薬機法により、医薬品等の許可業者に対して、薬事法令を遵守するための体制を構築すること及び法令遵守のためのプロセスを機能させることが義務づけられた。

3 法令遵守体制に関する法改正の全体像

 法令遵守体制に関する令和元年薬機法改正の内容は、大きく分けると以下のように分類できる。

A. 法令遵守体制の構築義務
B. 責任役員の責任の明確化
C. 総括製造販売責任者等の資質及び義務

 法令遵守体制に関しては、以下のとおり、厚生労働省よりガイドライン、Q&A及び関連通知が公表されている。

 【ガイドライン】

  • 製造販売業者及び製造業者の法令遵守に関するガイドライン(令和3年1月29日薬生発0129第5号厚生労働省医薬・生活衛生局長通知。以下「法令遵守ガイドライン」)
  • 医療機器の販売・貸与業者及び修理業者の法令遵守に関するガイドライン(令和3年6月1日薬生発0601第1号厚生労働省医薬・生活衛生局長通知)
  • 薬局開設業者及び医薬品の販売業者の法令遵守に関するガイドライン(令和3年6月25日薬生発0625第13号厚生労働省医薬・生活衛生局長通知)

 【その他通知】

  • 薬事に関する業務に責任を有する役員の定義等について(令和3年1月29日薬生総発0129第1号、薬生薬審発0129第3号、薬生機審発0129第1号、薬生安発0129第2号、薬生監麻発0129第5号。以下「責任役員の定義等について」)
  • 医薬品の製造販売業者における三役の適切な実務実施に関する留意事項の改正(令和3年7月12日薬生発0712第2号厚生労働省医薬・生活衛生局長通知)

 【Q&A】

  • 製造販売業者及び製造業者の法令遵守に関するガイドラインに関する質疑応答集(Q&A)(令和3年2月8日厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課事務連絡。以下「法令遵守ガイドラインQ&A」)
  • 薬局開設業者及び医薬品の販売業者の法令遵守に関するガイドラインに関する質疑応答集(Q&A)(令和3年6月25日厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課及び総務課事務連絡)
  • 医薬品の製造販売業者における三役の適切な実務実施についてのQ&Aの改正(令和3年7月12日厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課及び監視指導・麻薬対策課事務連絡)

4 具体的な内容

A. 法令遵守体制の構築義務

 法令及び法令遵守ガイドラインにより求められている法令遵守体制の概要は、以下のとおりである。なお、以下では、医薬品の製造販売業者に関する条文をベースに記載している。

 1  法令遵守体制の整備についての考え方(法令遵守ガイドライン第2の1)

  • 責任役員が法令遵守を最優先とした経営を行うというメッセージを発信する。
  • 責任役員の権限や分掌する業務・組織の範囲を明確に定め、その内容を社内において周知する。

 2  製造販売業者等の業務の適正を確保するための体制の整備(薬機法18条の2第1項2号)

 (1) 業務の遂行が法令に適合することを確保するための体制(施行規則98条の9第2号イ、ガイドライン第2の2(1))
 (ⅰ) 役職員が遵守すべき規範の策定(法令遵守ガイドライン第2の2(1)①)

  • 役職員が遵守すべき規範を社内規程に明確に定める。
  • 意思決定の仕組み及び意思決定に従い業務を遂行するための仕組みを定める。

 (ⅱ) 役職員に対する教育訓練及び評価(法令遵守ガイドライン第2の2(1)②)
 (具体的な措置の例)

  • 役職員に研修等を受講させる。
  • 法令や社内規程の内容や適用等について相談できる部署・窓口を設置する。

 (ⅲ) 業務記録の作成、管理及び保存(法令遵守ガイドライン第2の2(1)③)

  • 社内規程の整備と適切な運用
  • 適切な情報セキュリティ対策(事後的に記録の改変等ができないようなシステム)

 (2) 役職員の業務の監督に係る体制(施行規則98条の9第2号ロ、法令遵守ガイドライン第2の2(2))
 (具体的な措置の例)

  • 内部監査部門による内部監査
  • 内部通報制度の構築

 (3) その他の体制(施行規則98条の9第2号ハ、法令遵守ガイドライン第2の2(3))
 (具体的な措置の例)

  • コンプライアンス担当役員の指名
  • コンプライアンス担当者及びコンプライアンス統括部署の設置

 3  総括製造販売責任者等が有する権限の明確化(薬機法18条の2第1項1号、施行規則98条の9第1号イ~ハ、法令遵守ガイドライン第2の3)

  • 総括製造販売責任者等が有する製造管理・品質管理・製造販売後安全管理に関する権限の範囲を明確にし、その内容を社内に周知する。

 4  医薬品、医薬部外品、化粧品及び再生医療等製品の品質管理の基準に関する省令(GQP省令)、医薬品及び医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令(GVP省令)及び医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(GMP省令)を遵守するための措置(薬機法18条の2第1項3号、施行規則98条の9第3号、法令遵守ガイドライン第2の4)
 (1) 総括製造販売責任者等に対する必要な権限の付与
 (2) 総括製造販売責任者等の業務の監督

 5  その他製造販売業者等の業務の適正な遂行に必要な措置(薬機法18条の2第1項4号)

 (1) 承認等の内容と齟齬する医薬品等の製造販売が行われないための措置(施行規則98条の9第4号ハ、法令遵守ガイドライン第2の5(1))

  • 承認の内容と製造等の実態の間に齟齬が生じている場合には、承認の内容に合わせた製造等とする、あるいは、一部変更承認の取得等を行う。

 (2) 副作用等報告が適正に行われるための措置(施行規則98条の9第4号ニ、法令遵守ガイドライン第2の5(2))

  • 安全管理情報の収集、検討及び報告等が適切に行われるための人員の確保、システムの整備、業務の監督等。

 (3) 医薬品等に関する適正な情報提供が行われるための措置(施行規則98条の9第4号ホ、法令遵守ガイドライン第2の5(3))

  • 科学的・客観的な根拠に基づく正確な情報提供が行われ、虚偽誇大広告等(薬機法66条~68条)が行われないことを確保するために必要な業務の監督(平成30年9月25日薬生発0925第1号厚生労働省医薬・生活衛生局長通知「医療用医薬品の販売情報提供ガイドライン」及びそのQ&A(その1~その3)も参照)

 法令遵守体制について、「このような体制を構築すれば十分」というテンプレートは存在せず、各製造販売業者等が、業務内容、事業規模、役職員の状況、社内組織の状況等の様々な個別の事情を踏まえ、自社において法令違反が生じるリスクを評価し、対策を検討し、不断の改善を行うことが重要とされている(法令遵守ガイドラインQ&A 1-3)。自社の法令遵守体制について現状把握を行った上で見直しを行い、薬機法で求められる法令遵守体制を整える必要がある(注2)
 法令遵守体制の構築が十分であるか確認が必要な場合は、立入検査等の対象となり(薬機法69条)、それが不十分である場合には、改善措置命令の対象になる(同法72条の2の2)。また、法令遵守体制の構築が不十分であった結果、従業員等による法令違反事例が発生し、会社や第三者に損害が発生した場合には、会社法上の取締役の責任(同法423条、429条)を問われる可能性もある。

B. 責任役員の責任の明確化

 令和元年改正薬機法により、薬事に関する業務に責任を有する役員(責任役員)を明確にし、製造販売業等の許可申請書に氏名を記載することが必要となった(薬機法12条2項2号、13条3項3号等)。
 責任役員の範囲は、例えば、株式会社の場合は、会社を代表する取締役及び薬事に関する法令に関する業務を担当する取締役とされており、新たに指名又は選任を要する性質のものではなく、各役員が分掌する業務の範囲によりその該当の有無が決まるとされている(責任役員の定義等について)。なお、取締役ではない執行役員や社外取締役は、責任役員に該当しない(法令遵守ガイドラインQ&A 3-8)。責任役員は、分掌業務の詳細の全てを把握することが求められているわけではないが、その分掌する業務が薬事に関する法令を遵守して適正に行われるような体制を構築し、運用することが求められている(法令遵守ガイドラインQ&A 3-9)。

C. 総括製造販売責任者等の資質及び義務

 令和元年薬機法改正により、総括製造販売責任者について、医薬品等の品質管理及び製造販売後安全管理を公正かつ適切に行うために必要がある場合、製造販売業者等に対し、書面による意見申述を行う義務が定められた(薬機法17条3項)(注3)。そして、総括製造販売責任者は、かかる意見申述義務を遂行し、厚生労働省令が定める事項(同法施行規則87条)を遵守するために必要な能力及び経験を有する者でなければならない旨が規定された(同法17条2項)。
 製造販売業者は、総括製造販売責任者の意見を尊重するとともに、法令遵守のために措置を講じる必要がある場合は措置を講じ、かつ、講じた措置の内容を記録した上で適切に保存しなければならない(同法18条2項)。なお、製造販売業者が総括製造販売責任者の意見を受けて措置を講じなかった場合は、その旨とその理由を記録した上で保存しなければならない。

D. 小括

 このように、令和元年改正薬機法は、A.薬機法上の許可業者に対して法令遵守体制の整備を義務付け、B.その中心となるべき責任役員を明確にすることを要求し、さらに、C.総括製造販売責任者等による意見申述と会社がこれを受けて措置を講じるサイクルを定めることにより、違法行為の防止、発見又は改善に資することを期待するものである。

出所:令和元年度全国厚生労働関係部局長会議資料 医薬・生活衛生局「説明資料」(令和2年1月17日)12頁

 次回(下)では、実際の不正事件調査から浮かび上が

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