メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

逆流(2) 「鳩山故人献金」をスクープした後に…… 隠蔽工作疑惑を追う

松田 史朗

 ■「あいまいに答えてほしい」

松田 史朗(まつだ・しろう)松田 史朗(まつだ・しろう)
 朝日新聞記者。1964年生まれ。信州大学卒。重化学工業通信社、週刊ポスト、週刊文春などを経て、2003年秋、朝日新聞社に入社。政治部、社会部、特別報道チームを経て、現在、文化グループ。「週刊ポスト」時代に永田町の取材を始め、政界の汚職事件も担当。著書に『田中真紀子研究』(2002年、幻冬舎)など。共著に『偽装請負』(2007年、朝日新聞社)。
 「鳩山氏の周辺が献金問題を隠蔽するために動いている」との情報が入ってきたのは「鳩山故人献金」の第一報(2009年6月16日)を書いてから間もなくのことだった。

 ある鳩山家関係者が、具体的な情報を耳打ちしてくれた。それは次のような内容だった。

 実際には献金していないにもかかわらず鳩山由紀夫・民主党代表の資金管理団体「友愛政経懇話会」の収支報告書に個人献金者として名前が記載されている九州地方の会社社長A氏のもとに「故人献金」報道の直後、鳩山事務所の顧問的存在の民間人B氏から「マスコミの取材があったら、余計なことはしゃべらないで欲しい。『献金したかもしれない』などと曖昧に答えてほしい」と依頼があった――。

 この関係者はA氏から直接、相談を受けたためにこうした情報を得た、という。その相談は次のような内容だった、という。

 A氏はある大手マスコミからの取材に、「献金していない」と答えてしまった。そのあと、「献金したと適当に答えてくれ」と頼まれ、別のマスコミの取材に「たぶん献金した」と答えた。いったい次に問い合わせがあったらどう答えたらいいか――。

 なるほどと思わせる中身だった。

 当時、朝日新聞を含めたマスコミ各社は、友愛政経懇話会の政治資金収支報告書にある数百人の「個人献金者」に取材を一斉にかけ、「実際には献金していない人」がどの程度に及ぶのか、割り出そうとしていた。「故人」だけではなく、現存する人物の名前でも、個人献金者がでっち上げられていたであろうことは容易に推測できた。だから、私たちは、報告書に「個人献金者」として記載されている人物に一人ずつあたりつつあったし、他の大手メディアの記者たちも同様だった。その中で、どこの社がA氏に早くあたったのかはわからない。少なくとも朝日新聞ではなかった。

 この情報が事実ならば、鳩山氏側がこれ以上「故人献金問題」を大きくしないために「隠蔽工作」をしたということになる。私は「これはいいネタだ」と思った。

 「もし、隠蔽工作するなら、接触したのは一人ではなかろう。何人にも働きかけているに違いない」と想像を巡らせた。

 ただ、この手の働きかけがもし、表沙汰になれば大事になるから、「働きかけるとすれば、親しい人だけだろうな」とも考えた。

 ■取材を避ける「個人献金者」

 さっそく、同僚と2人でこの九州地方のA氏に接触をはかった。A氏の自宅に電話をかけ、次に現地に出向き、自宅を直接訪問した。「名前を出すつもりはないので、事実だけを教えて欲しい」との趣旨の手紙も出した。夜に帰ってくるのを自宅近くの暗がりで待ち続けたこともあった。繰り返し連絡を取ろうとした。しかし、うまくいかなかった。「出張に行っていて今日は帰らない」「留守にしていて来月にならないと帰らない」などという回答が家人から返ってくるたびに「なぜだ」との思いが強まった。「連絡をください」とこちらの連絡先を何度も伝えるのだが、一向に折り返しが来ない。こちらの取材を避けているのは明らかだった。

 もし、情報が間違いなら「そんな事実はありません」と言ってもらえればそれで済む。しかし、何も回答が来ないとなると、何かあると考えざるを得ないので、こちらも何度もあたらなければならなくなる。もっともA氏はこの件では何の罪もない一般人だ。鳩山氏側に一方的に名前を利用され、マスコミの取材に翻弄された被害者ともいえるだけに、こちらも強く押せないところがあった。

 記者への虚偽の回答をA氏に依頼したとされる民間人B氏にも取材をかけた。

 B氏は、鳩山由紀夫氏の祖父、鳩山一郎元首相の時代から鳩山家と付き合いがあり、勝場秘書の裁判にも登場する会社社長のC氏の関連会社の役員をしていて、鳩山事務所に選挙情勢のアドバイスをするなど手伝いもしていたという。

 このB氏の携帯電話に電話して取材を試みた。

 まず、A氏の名前を挙げて、「知り合いですか」と尋ねた。すると、「ええ、知っています。同郷の知人です」という返答があった。

 ――鳩山さんの故人献金問題で最近、電話しましたか。

 「『鳩山さんの報告書に自分の名前がある』と聞かされたが、それ以外の話はしていない」

 ――Aさんが、あなたから、「マスコミから連絡があったら『おそらく献金した』とあいまいに答えて」と依頼されたと知り合いに話していますが。

 「いや、私はそんな話はしていません」

 電話でのB氏の受け答えは丁寧だったが、声のトーンからは、動揺を抑えきれないという印象も受けた。いずれにしても、B氏は完全否定した。

 6月25日、「実際には献金していない人」が多数、収支報告書に載っている事実を週刊新潮や共同通信、朝日新聞などが報じた。しかし、「隠蔽工作」は記事にならなかった。

 ■弟の暴露

 その話は思わぬところで公然にされた。

 8月7日、鳩山代表の弟・鳩山邦夫・元総務相が福岡県大川市で行った演説で次のように述べた。当時、邦夫氏は兄・由紀夫氏の故人献金問題の追及の急先鋒に立っていた。

 「兄の問題は簡単に言えば、表にできない裏献金ばかりいっぱい受けていることだ。兄弟だから、私の友人がいっぱい(兄の個人献金者として報告書に)入っている。勝手に名前を使われて、私のところに怒って電話をかけてくる」

 「あっという間にもみ消し工作をやった。『出したことに

・・・ログインして読む
(残り:約635文字/本文:約2867文字)