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(8) 金融検査で得られる情報や分析結果の複線的・レバレッジ活用

 ■検査基本方針の公表と市場規律

佐々木課長佐々木 清隆(ささき・きよたか)
金融庁検査局総務課長
 東京都出身。1983年、東大法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融監督庁(現金融庁)検査局、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)など海外勤務を経て、2005年に証券取引等監視委員会事務局特別調査課長、2007年同総務課長。2010年7月30日より現職。
 去る8月27日に金融庁から公表された検査基本方針は、1998年に金融監督庁(当時)が発足して以来、毎年、金融検査に関する透明性の向上の観点から公表されているものである。同時に、公表された基本方針が広く参照されることにより、金融機関の自己規律を通じて、金融機関それぞれの規模、業務内容、リスク・プロファイルを踏まえて、金融機関自らが適切な内部管理態勢、リスク管理態勢を構築することが期待されている。

 今般この基本方針を公表した後、8月末から9月上旬にかけて、金融庁検査局幹部が検査局検査官はもちろん財務局検査官も対象に基本方針の内容の徹底を図るとともに、金融機関向けに説明会を開催している。このような金融機関向けの説明会の際に、筆者は冒頭いつも、(1)検査基本方針を公表するのは、金融機関やコンサルティング会社による「検査対策」のためではなく、むしろ金融機関自らによる実効的な内部管理態勢、リスク管理態勢の構築を促すためのものであること、したがって、(2)検査基本方針の内容は金融機関で検査に対応するコンプライアンス部門やリスク管理部門等だけでなく、経営陣自らが理解することが不可欠であること、を強調させていただいている。

 前回ご紹介したように、市場規律の担い手の一人である検査監督当局として、「検査基本方針」の策定・公表を通じて、金融機関の自己規律に働きかけているわけである。

 ■市場規律の観点での基本方針のポイント:「関係機関との連携強化」

 今回の検査基本方針においては、現在の経済環境の下での金融機関にとってのリスクへの対応とともに、金融円滑化の上での金融機関に期待される役割を踏まえた内容となっているが、市場規律の観点からは、「関係機関との連携強化」を盛り込んでいる点が特徴である。これは、金融検査の実効性・効率性を向上させるために、従来から日本銀行や海外監督当局との連携を強化しているところであるが、そのほかにも金融機関の自己規律に働きかける立場にある「市場規律」の当事者との連携を強化していくことが重要であるとの考え方を反映するものである。

 中でも金融機関の外部監査を行う公認会計士、監査法人との間では、以前から金融機関による資産の自己査定に関する検査での検証の上で、意見交換を行っているが、内部統制報告制度が導入されて以降、金融機関の内部管理態勢を検査する上で、監査法人と検査官との意見交換の必要性が高くなっていると認識している。

 監査法人以外にも、証券取引所に上場している金融機関については、証券取引所(特に上場管理部門)による市場規律が機能することが有効である。これまでにも、金融機関の中には上場企業として期待されるタイムリー・ディスクロージャーや証券市場での上場企業としての資金調達の上で問題を引き起こした事例が見られた。証券取引所による自主規制を通じて金融機関の自己規律に働きかけることも重要である。

 また、以前もご紹介したように、弁護士によるリーガル・オピニオンが金融取引に関して利用されることも少なくない。また金融機関による不祥事(検査忌避、インサイダー取引等)の解明のために、弁護士を含む外部の専門家による第三者調査委員会による調査が行われることも増加してきており、金融機関の自己規律を確保する上での弁護士、法律事務所の役割も重要である。

 さらに金融機関の不良債権問題、特に不動産を担保とした融資に関して不動産鑑定士による評価が重要な役割を果たしている。金融庁検査局においても、既に不動産鑑定士の資格を持つ検査官を採用しているところである。

 ■市場規律への働きかけと金融検査:検査結果の複線的・レバレッジ活用

 このように金融機関の自己規律に働きかける立場にある、「市場規律」の様々な当事者との連携を強化する上で、検査自体においても工夫していく必要があると考えている。

 金融機関の検査の結果は、当該金融機関に関する検査結果報告書としてまとめられ、内容に応じて監督上の対応につながっていくことが基本である。すなわち、ミクロの検査の結果は、ミクロの監督上の対応の上で活用されることになる。

 しかし、金融検査の過程では、当該個別金融機関の問題だけでなく、様々な情報が得られる。例えば金融市場の動向、経済状況のほか、金融機関に共通して見られる問題や特定の地域・業種に内在するリスク等についての情報も得ることができる。すなわちミクロの検査を通じて、セミ・マクロというか、マクロに近い情報が入手されるわけで、これを有効に活用することが必要であると考えている。

 検査を通じて把握されたこれらのセミ・マクロ情報や検査結果の分析を基に、金融庁内部の関係部局と情報や認識を共有することに加え、全国銀行協会や金融界の集まりを通じて問題を提起するとともに、公認会計士協会、日本弁護士連合会、証券取引所等の自主規制機関、その他「市場規律」の関係者との間で意見交換や情報発信を行うことにより、金融機関の自己規律の向上につながることが期待される。検査結果を個別金融機関への対応というミクロレベルの対応にとどめずに、市場規律への働きかけというマクロレベルで活用すること、すなわち検査結果の複線的活用あるいはレバレッジ活用が必要であると考えているところである。

 
 ▽文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解である。

 ▽市場の規律を求めて
 (1) 多様な担い手を結びつけるのも監視委の役割
 (2) 証券取引所など自主規制機関とともに
 (3) 証券市場に広がる弁護士の役割
 (4) 監査役監査や内部監査に課題 公認会計士監査は厳格化
 (5) 不動産鑑定評価が適正か注視 鑑定士の不正加担が増加
 (6) 証券不公正取引への税理士の関与が増加
 (7) 市場のプレーヤーとしての金融機関、その自己規律と金融検査

 ▽証券取引等監視委員会のホームページ

 ▽金融庁のホームページ
 

 佐々木 清隆(ささき・きよたか)
 東京都出身。1983年、東大法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融監督庁(現金融庁)検査局、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)など海外勤務を経て、2005年に証券取引等監視委員会事務局特別調査課長、2007年同総務課長。2010年7月30日より金融庁検査局総務課長。