メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

《弁護士ブロガー・山口利昭氏寄稿》新ジャスダック市場の始動にあたって

アドバックスとエフオーアイの事例

市場の健全性確保と証券取引所の役割

弁護士 山口 利昭

 ■市場の信頼回復へ向けた新市場への期待

山口利昭弁護士山口 利昭(やまぐち・としあき)
 弁護士。ブログ「ビジネス法務の部屋」主宰。大阪大学法学部卒業。1990年、司法修習(42期)を終えて、弁護士登録。大阪弁護士会所属。日弁連業務改革委員会コンプライアンスPT委員、日本内部統制研究学会理事、日本公認不正検査士協会理事など。最新の著書に『内部告発・内部通報-その光と影-』(2010年7月、経済産業調査会)。
 2010年10月12日、新ジャスダック(JASDAQ)市場が始動した。大阪証券取引所傘下のヘラクレス市場とジャスダック市場が統合され、上場銘柄数は1005社、時価総額は10兆円という国内最大の新興市場の誕生である。12日、ホテルオークラで開催された新市場誕生の祝賀パーティは、立錐の余地もないほどの市場関係者で埋め尽くされ、期待の大きさを物語っていた。新興市場の売買が低迷しているだけでなく、新規の株式公開(IPO)の数も著しく落ち込んだままであるため、新ジャスダック市場が市場活性化のための起爆剤となることへの期待は大きい。そのためにはやはり新興市場の信頼回復に向けた「市場の健全性確保」のための施策が必要である。

 「市場の健全性確保」とはいうものの、市場参加企業に対して一律に内部管理への負担を強いることは、昨今の景気情勢からみて批判も多いのが現実である。そこで、証券取引所が主体となって市場の健全性確保のための施策を講じることに期待が寄せられるのは当然であろう。ただ、証券取引所が市場健全性確保に向けて施策を打ち出すにあたっては、考慮すべき問題もあると思われる。

 ■上場廃止決定と新興企業との攻防

 東京証券取引所マザーズ市場に上場していたアドバックス社(本年8月11日上場廃止)が、東京証券取引所を相手に、自社に対する東証の上場廃止決定を阻止すべく仮処分を申し立てていた事件において、先日、東京地裁および東京高裁はこれを棄却する(取引所の措置ならびに決定は正当なものである、とする)決定を出した。平成18年、アド社は非公開会社であるB社(ならびにC社)を株式交換によって完全子会社としたが、これが東証によって「不適切な合併等」に該当するものと判断された。アド社は「取引所のルールにしたがい、3年以内に幹事証券会社作成による確認書を添付して上場廃止に関する審査を受けよ」と指示されたのである。幹事証券会社による確認書差し入れ、というルールは、反社会的勢力が上場審査を受けずに上場会社を隠れ蓑として活用し、不公正な株式発行等を行うことを防止するための取引所ルールである。

 アド社は証券会社を回り、自社が反社会的勢力と関わり合いのない会社であることを確認する旨の報告書の作成を依頼をしたが、すべて拒否された。2009年6月、アド社は社外の独立第三者委員(弁護士や警察OB等)で構成される第三者委員会を設置し、同年11月には「アド社の一部の取締役と反社会的勢力との接触の事実については認められない」とする報告書を受領していたのであるが、これも幹事証券会社作成に係る確認書を代替しうるものではない、と取引所から一蹴された。そこでアド社は東京証券取引所(および自主規制法人)を相手に、上場廃止に関する審査要件に関する取引所のルールは無効であることを理由として、取引所が勝手に上場廃止処分をすることを阻止すべく冒頭の仮処分申請に至ったのである。

 上場廃止決定は、上場契約を片方の当事者が一方的に解消することを認めることになる。したがって一方当事者によって契約が解消されてもやむをえない程度に、その理由は明確でなければならない。この点について東京高裁決定(2010年8月6日、第17民事部)は、アド社側の主張にも一部理解を示している。ただ、実際には東証の当該基準審査の運用面に着目して、アド社の主張は理由がないものと判断した。反社会的勢力による市場参入を水際でなんとか食い止めるための取引所の努力を裁判所は評価したのである。

 ■取引所の審査体制は機能しているのか

 いっぽう、上場前から粉飾決算を行っていたとして、本年9月に強制捜査を受けたエフオーアイ社の事件では、事件発覚後、上場審査を担当した証券会社、公認会計士、証券取引所に対して「いったい何を審査していたのか」と世間の批判が集まった。上場当初から、ネット上の掲示板やブログ等では「この会社はどうやって利益を上げているのか、かなり怪しいのではないか」といった書き込みがされていた。一般の投資家ですら、上場時に公表されていた財務報告から「異常な兆候」を疑っていたことからすれば、関係者に批判が集まるのも無理はないように思える。そして本年9月末、一部の株主より、エフオーアイ事件における上場審査の甘さが指摘され、東証を被告とする損害賠償請求訴訟が提起されるに至った。証券取引所の審査体制に問題があったかどうかは別として、裁判の場で、取引所の審査体制の現実が明らかにされ、これに対して司法判断が下されることは興味深い。

 ■ルールの明確化よりも弾力的な運用に期待する

 証券取引所による市場健全性確保のための施策への期待は今後ますます高まるものと思う。しかし、上に示したケースのように、期待が高まるにつれ、市場参加企業やその企業に投資する株主からさまざまな圧力を受けることにもなる。あらかじめ取引所ルールが明確に定められることは望ましいが、いっぽうルールの隙間を作ってしまっては、上場するにふさわしくない企業が暗躍する余地を残すことになる。やはりルールの運用面において工夫をすべきであろう。

 新ジャスダック市場では「監視区分」が新設された。財務内容や内部管理体制等に問題のある企業等に対して「監視銘柄」に指定して、その動向を注視するものである。ときには大証の職員による特別チームを投入して内部管理制度の改善を支援することもある、という。上場申請の段階ではあまり審査を厳格化することなく、上場後の管理体制を強化するという大証の運用方針は、市場の活力を維持しつつ失われた新興市場の信頼を回復するための適切な方針と評価したい。ただ大証には、企業情報の開示姿勢に問題のある企業に対しては「第三者委員会」の設置を求める、といった(東証には存在しない)独自のルールが存在するにもかかわらず、これまで一度も適用されていない。新設されるルールは、こうした「抜かずの宝刀」にならぬよう、その積極的な運用が期待されるところである。

 

 山口 利昭(やまぐち・としあき)
 山口利昭法律事務所(大阪市)の代表弁護士。ブログ「ビジネス法務の部屋」主宰。
 大阪府立

・・・ログインして読む
(残り:約295文字/本文:約2876文字)