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企業と市民、ステークホルダー・ミーティング

 ステークホルダーミーティング(企業に関係する株主、消費者、NPOらとの対話)を開く企業が注目を集めている。株主総会とは、別な形式で、社外からの発言を受け、企業活動に生かしていくのが目的。CSR(企業の社会責任)活動の重要な一環と位置付ける見方もある。ステークホルダーミーティングが開かれるようになってほぼ7~8年。先進的な取り組みをしている2社の現状をレポートした。

日本経営倫理士協会専務理事
千賀 瑛一

 ■大和ハウス工業では2004年スタート

日本経営倫理士協会・千賀瑛一専務理事千賀 瑛一(せんが・えいいち)
日本経営倫理士協会専務理事。東京都出身。1959年神奈川新聞入社。社会部、川崎支局長、論説委員、取締役(総務、労務、広報など担当)。1992年退社。1993年より東海大学(情報と世論、比較メディア論)、神奈川県立看護大学校(医療情報論)で講師。元神奈川労働審議会会長、神奈川労働局公共調達監視委員長、日本経営倫理学会常務理事、経営倫理実践研究センター上席研究員、「経営倫理フォーラム」編集長。日本記者クラブ会員。

 10月12日に開かれた経営倫理士講座(第14期)の第11回講義「経営倫理・CSRの取り組み事例」の中で、大和ハウス工業CSR推進室長・松本明氏が、自社ケースを解説。講義の中心は同社のステークホルダーミーティング。

 同社のミーティングは2004年から年1回、開催。目的は、ステークホルダーの意見をとり入れることによる業務改善とステークホルダーの志向する方向性の把握。さらに、ミーティングを通じた積極的な情報発信だ。2005年からCSR推進室が発足、第1回開催当時は、CSR部門が未整備だったが、基本的には、発足時のやり方を踏襲している。その後、毎年開催、第1回と第2回では、(1)専門用語が飛び交い、ついていけない参加者も出てくる(2)意見を述べる参加者が限定的になる(3)企業と発言者が対立するイメージに陥りやすくなる―などの反省点が出た。

 

 ■各社の注目集めた公募形式

 これらの状況を踏まえ、自ら発言を望む人がいるはず、これらの人を含む一般の人に参加してもらったら、と一般公募に踏み切った。同社のステークホルダーミーティングが企業間で話題になっていただけに、公募スタートはさらに注目された。

大和ハウス工業のステークホルダー・ミーティングの全体会場
 メリットは、意欲的な発言者を集めることでより積極的な意見交換につながる点。企業サイドが声をかけて参加者を招待する方法では、本音の意見が出にくく形式的なものになりがちだという。一方、不安要因としては、専門的な意見が出なくなることや反企業的な参加者などが予想されること。しかし、実際に公募方式に移行後、発言も幅広く、反企業的な姿勢はないと担当者は話している。

 公募は、20名程度。方法は、オフィシャルHPでの告知、プレスリリース、エコほっとラインのメールマガジン(約1万2千人が登録)などで告知。自社の社員参加も呼びかけている。現時点では、一般のミーティングに対する認知度は、まだ低く、公募であっても殺到するほどの参加者数はない。

 ミーティングを担当するCSR推進室では、開催への工夫、改善の結果、(1)会場レイアウトの工夫により話しやすい雰囲気を醸成(2)学生などの一般参加者にも議論しやすいテーマを設定、あまり専門家を入れない(3)経営の参考になるメッセージも求めていると発信することが重要だとまとめている。

 ミーティングで出た意見を取り入れるため、会社側に反映させやすそうなテーマを選定し、関係部門に協力を要請している。またミーティングでの意見に対して役員レベルの公式見解も出している。HPへのアップをはじめ、CSRレポートへの掲載などで情報公開している。

 

 ■中立、公正に進行させるファシリテーター

大和ハウス工業のステークホルダー・ミーティングの分科会での討議。右端はファシリテーターの小山嚴也関東学院大教授
 議論を中立・公平に進めるために、プログラム全体の司会(ファシリテーター)は、外部に依頼。第3回から小山嚴也関東学院大学経済学部教授がファシリテーターを務めている。同社で担当するのは、最初と最後の挨拶のみにしている。恣意的に企業の方針に持っていかず、各分科会で出た意見については、最終のまとめの段階まで同社では関与せず、自由な意見を尊重している。経営陣の理解と協力がミーティング継続の強いサポートになっている点も見逃せない。

 

 ■4テーマに公募参加は24人

大和ハウス工業CSR推進室の松本明室長大和ハウス工業CSR推進室の松本明室長
 2009年10月27日、本社ビル(大阪)で第6回ステークホルダーミーティングが開かれた。参加者は公募による24人。会社側は、専務執行役員ら3役員を含む13人。「長期優良住宅への取り組み」など4テーマ。参加者は、全体会、各テーマごとの分科会に出席。約3時間熱心な討議が続けられた。この後、全体会でファシリテーターが議論をまとめた。

 松本CSR推進室長は「ステークホルダーミーティングと株主総会を比較の対象とは考えていない。むしろ株主総会は歴史と実績があり、会議の流れも出来ている。ミーティングはCSR部門が担当する重要な仕事。自社の情報開示とともに市民社会の意見・提言の受け皿と考えたい」と話している。

 同ミーティングの第3回(2006年)からファシリテーターをしている小山嚴也関東学院大学経済学部教授は「ステークホルダーミーティングは、かなり大胆なものだが、この参加者を公募方式にしたことは、注目される。株主・投資家以外の企業関係者の発言を大切にする姿勢は評価できる」と話している。

 

 ■味の素グループのステークホルダー・ダイアログ

 味の素の「ステークホルダー・ダイアログ(対話)」は、2004年12月にスタートしている。味の素グループ理念は「地球的な視野にたち、“食”と“健康”そして、“いのち”のために働き、明日のよりよい生活に貢献する」としている。この理念の下、社会と対話することで、自分たちの取り組みの方向性が、社会の要請とずれていないかどうか検証できるという。

味の素グループのステークホルダー・ダイアログの全体会場
 2004年以降の同グループのダイアログ・テーマの流れは以下の通り。

2004年12月 「環境報告書を読む会」(旧環境経営推進部 主催)

 CSR部が2005年4月に設立され、以降同部が主催。

2005年12月 「食の安全とは」

2006年1月  「味の素グループのCSR活動にご意見をいただく会」

2006年9月  「味の素グループのCSR活動にご意見をいただく会」

2006年10月 「お客様満足の向上について」 

2007年10月 「味の素グループのCSR活動にご意見をいただく会」

2008年12月 「味の素グループのCSR活動にご意見をいただく会」

2009年12月 「味の素グループのCSR活動にご意見をいただく会」

2010年11月  開催予定

 (同社のダイアログは年2回開いていることもある)

味の素CSR部の渡邊裕見子専任課長
 ダイアログは、CSR報告書の前身である環境報告書を読む会からスタートしているのに注目したい。味の素CSR部渡邊裕見子専任課長は「CSR部の発足した当初、当時の環境報告書を読むだけでなく、これを発展させ会社関連の人々の考えを聞いてみたらどうか、という意見が内部から出た。社会との対話をどのように進めたらよいか、を主題とする議論を重ねた。CSR部発足後、ダイアログを8回開いているが、まだ試行錯誤中です」。また対話の中での役員の役割については「副社長以下の役員にも出席してもらっています。対話の中で、やはり役員はキーパーソン。ステークホルダーの質問に対する回答が注目されてしまう。理解してもらうための説明をしますが、役員には実現不可能な場合は、出来ないと明確に発言してもらっています。しかし外部の声として出てくるさまざまな問題提起は、大変ありがたい。私たちの社会課題を見つけるヒントをもらっている」と話している。

 

 ■09年のダイアログは「QOLの向上」など5テーマ

 09年のステークホルダー・ダイアログは、12月15日、味の素グループ高輪研修センターで開かれた。討議は、共通テーマとして「味の素グループの社会課題のとらえ方について」。分野別テーマは「QOL(生活の質)の向上」「生物多様性」「食資源確保・資源循環」「低炭素社会の実現に向けた発信提案」の四つ。

 出席者はステークホルダー15名(企業、消費者団体、人権・環境・社会貢献などのNGOやNPO、メディア)。味の素グループ側は、12名(味の素(株)役員、コーポレート部門)。ステークホルダー側は、公募ではなく、出席依頼による参加。討議は分野別テーマに沿った4グループの分科会に分かれて同日午後、約3時間続けた。CSR部員がファシリテータを務めた。ダイアログの最後では、分科会から全体会に移行、各分科会毎に討議内容が発表される。ダイアログで出された意見は、すべて経営層および関連部署にフィードバックされる。またここで出された意見と、それに対する会社側の回答がCSRレポートに詳述されている。味の素グループも大和ハウス工業と同じように、経営サイドの深い理解があり、役員が参加している。

味の素グループのステークホルダー・ダイアログの分科会での討議
 ダイアログに参加(第1グループ・QOLの向上)したアムネスティ・インターナショナル日本の寺中誠事務局長は「さまざまなジャンルの方々を集めての意見交換、役員の方も出席の上、活発な議論が交わされることはすばらしい。その結果を経営陣で共有、経営に生かしているところが良い。環境負荷の影響について意識の高い企業でも、それが間接的に社会に与える影響については見落としがち。人権の側面についても、先頭に立って取り組んでほしい」と話している(味の素グループCSRレポート2010)。

 

 ■企業との対話に、幅広い市民が参加

 今回は先進的な取り組みをしている2社のケースを紹介したが、各企業が今後、株主総会とは別な形でステークホルダーとの対話路線を拡大していく可能性は高い。ステークホルダーミーティングやステークホルダー・ダイアログの担当者は「組織内での明確な位置づけ、運営方式を確立している段階ではないが、確実に手ごたえを感じている」という。情報開示、双方向コミュニケーション、経営への発言など、CSR企業の中核となる部分への幅広い市民参加は、これから進むだろう。

 

 〈経営倫理士とは〉
 NPO法人日本経営倫理士協会が主催する資格講座(年間コース)を受講し、所定の試験、論文審査、面接の結果、取得できる。企業不祥事から会社を守るスペシャリストを目指し、経営倫理、コンプライアンス、CSRなど理論から実践研究など幅広く、専門的知識を身につける。これまでの14期(14年間)で、377人の経営倫理士が誕生、各企業で活躍している。2011年は発足15年にあたるため、特別シンポジウムなどの記念行事が予定されている。
 現在、経営倫理士(15期)取得講座の申込みを受け付けている。
 受講スケジュール:2011年5月10日から12月6日まで13回開講。時間はいずれも午後2時から午後4時半まで。
 会場:青山ダイヤモンドビル9F(JR渋谷駅から徒歩8分)
 内容:経営倫理、CSR、コンプライアンス等について専門講師から13講座19テーマを学ぶ。
 資格取得:期間中2回の論文提出、全講座修了後の筆記テスト、面接試験を受け合格した受講者に経営倫理士資格を授与。
 受講料:18万円(消費税別、全講座1名分、資料代込み)
 問い合わせは03-5212-4133へ。E-Mailはkeieirinrikyo@cz.blush.jp

 

 千賀 瑛一(せんが・えいいち)
 東京都出身。1959年神奈川新聞入社。社会部、川崎支局長、論説委員、取締役(総務、労務、広報など担当)。1992年退社。1993年より東海大学(情報と世論、比較メディア論)、神奈川県立看護大学校(医療情報論)で講師。元神奈川労働審議会会長、神奈川労働局公共調達監視委員長、日本経営倫理学会常務理事、経営倫理実践研究センター上席研究員、日本経営倫理士協会専務理事。「経営倫理フォーラム」編集長。日本記者クラブ会員。