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実務家が見る投資協定 途上国・資源国投資に活かすには

柴田 寛子

 途上国・資源国投資には、進出先の国内法制度の予期せぬ変更や、許認可取得手続の不透明性などの投資リスクが伴う。投資協定は、このような投資リスクを軽減するための政府間のルール作りだが、対外投資に携わる企業の立場から見て、どのような活用可能性があるのだろうか。外務省出向中に投資協定交渉に携わった西村あさひ法律事務所の柴田寛子弁護士が解説した。

 

実務的観点からの投資協定
対外投資におけるリーガルリスク軽減に役立てるには

 

弁護士・ニューヨーク州弁護士
柴田 寛子

柴田 寛子(しばた・ひろこ)
 2001年弁護士登録。1998年東京大学法学部卒業、2007年カリフォルニア大学バークレー校ロースクールLL.M修了。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007年-2008年米国Orrick, Herrington & Sutcliffe法律事務所、2008年-2009年外務省国際法局経済条約課出向を経て、現在、西村あさひ法律事務所パートナー。
 ■はじめに

 日本企業による資源国及び途上国への対外投資が活発である。2010年を振り返れば、資源獲得M&Aは過去最高水準に達し(前年の3.5倍の約8,606億円。レコフの調査による)、また、長期化する円高を受け、製造拠点の海外移転の動きに拍車がかかっている。

 かかる対外投資には、投資受入国の政治又は経済情勢の不安定さによる投資リスクが伴うが、近時、政府系金融機関による出資、貿易保険の拡充等の新たな試みが進められている。これに対し、投資協定は、多くの場合は二国間で、投資家保護の約束を交わす従来からある制度的な取組みである(なお、エネルギーの分野での多国間の投資環境安定のための制度的な取組みとしては、主として旧ソ連圏のエネルギーに関する貿易・投資・輸送に関する規律確保のために締結されたエネルギー憲章条約があり、日本を含む46カ国及びEUが批准している。ロシアは2009年に脱退したが、脱退前にロシアに対して行われた同条約上の投資は、ロシア脱退後20年間は同条約の保護を受ける)。

 もっとも、投資協定は条約、つまり国家間の約束という性質上、投資家が締結する個別の契約には原則として適用されない。従って、投資案件における契約上の手当の重要性は変わらない。しかし、投資受入国が投資協定を締結している場合には、その活用可能性を把握することで、投資家の交渉力が弱くなることが多い資源国・途上国への対外投資に際し、契約交渉上の重点を絞り込む手掛かりとなるだろう。そこで、対外投資におけるリーガルリスクの分析と対策の一助となることを期待しつつ、投資協定の活用可能性とその留意点について、以下、要点を絞って考察することとしたい。

 ■投資協定とは

 投資協定とは、締約国間において、相手国の投資家による投資に対し一定の保護を与えることを相互に義務づける条約である。その基本的な内容として、(1) 相手国の投資家・投資財産に対する内国民待遇及び最恵国待遇の付与、(2) 相手国の投資家・投資財産に対する公正衡平待遇の付与、(3) 投資受入国による収用や許認可の剥奪等、収用及びこれと同等の投資価値の毀損をもたらす恣意的な行為の禁止及び補償の義務づけ、(4) 投資受入国による協定違反について投資家自身が国際仲裁で争う権利の付与を含むことが一般的である。

 2009年末時点での全世界における投資協定の数は、3,000件弱であり(国際連合貿易開発会議(UNCTAD)の調査による)、日本が締結した投資協定は、ベトナム、タイ、インドネシア等のアジア諸国を中心とする26件である(投資章のある経済連携協定を含む。以下同じ)。

 ■投資協定の活用可能性と留意点

 □保護の対象となる「投資家」とは

 投資協定の保護の対象は、相手国の「投資家」及び当該投資家が直接又は間接に有する投資受入国における「投資財産」である。「投資家」には、相手国の法律を設立準拠法とする法人その他の団体が含まれ、営利目的であるか、政府所有であるか、法人格を有しているかを問わない。もっとも、投資協定によっては、相手国において実質的な事業活動を行っていない法人等に対しては協定上の保護を認めない旨の規定(利益の否認)を定めるものがある(日本の投資協定も、例えばベトナム、カンボジア、ウズベキスタン等との協定は利益の否認規定を有する)。この点、日本が投資協定を締結していない投資受入国への投資に際して、投資受入国と既に投資協定を締結している第三国設立の投資ビークルを経由して投資を実行すれば、当該第三国と投資受入国との間の投資協定の保護を受けられるとの説明がなされることがあるが、かかる保護を期待できるのは、当該第三国と投資受入国との間の投資協定が利益の否認を規定

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