メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

思考実験・グーグル税 ネット広告への課税は可能か

 インターネット上の広告に税金を課す通称「グーグル税」がフランスで検討されているという。そうした動きを報じた日経新聞の記事(2010年12月16日夕刊)によれば、その税収は「出版や新聞、音楽業界などコンテンツ産業の支援に充てる」という。そんな課税がたとえば日本で可能か? 西村あさひ法律事務所で租税法や企業再編などを手がける水島淳弁護士が思考実験的に検討してみた。

「グーグル税」
~課税による著作物創作者保護の可能性~

西村あさひ法律事務所
弁護士 水 島  淳

 ■インターネット時代の著作物創作者の苦悩

水島 淳(みずしま・あつし)
 弁護士。2004年東京大学法学部卒業。2005年弁護士登録。2007年より成蹊大学法科大学院非常勤講師。国内M&A、クロスボーダーM&A、税務を主要な業務分野とする。

 「昔は毎回新しいセットで収録、大掛かりな企画も簡単に通ったし、派手な火薬の演出にもそこまでクレームはなかった。」

 テレビ業界で働く友人と食事をするといつもこう愚痴を漏らす。タイトな予算と放送コードの厳格化がテレビ番組の作り手としての彼を悩ませている。彼はこうも言う。

 「みんな今はネットでテレビを見ている。」

 「みんな」は言い過ぎだと思われるが、確かに現在インターネット上にはテレビ局の許可を得ずして無料でテレビ番組の動画を提供するウェブサイトが多数存在するそうだ。このようなウェブサイトの利用者が増加すれば当然テレビ視聴者人口が減少し、テレビの広告媒体としての魅力が低下する。そしてテレビの広告媒体としての魅力の低下はテレビ局の収益性の減少をもたらし、このことは、テレビ番組という著作物の制作費用の減少、すなわち、テレビ著作物創作者に対する対価の減少を意味する。

 また、同様のことがテレビ番組に限らず、音楽、書籍、報道その他の文化・芸術的創作・著作物について広く起こっていることは周知の事実である。

 このため、これら各々の文化・芸術的創作・著作物の価値は不変であるにもかかわらず、近時これらの著作物創作者が獲得する対価が減少しているようであり、かかる著作物創作者の獲得する対価の減少は、文化・芸術の衰退の懸念すら生ぜしめている。

 ■グーグル税とは

 昨年の1月、海外メディアはフランスにおけるインターネット事業に関する課税の新たな試みを報じた。いわく、フランス政府の嘱託に基づく調査報告書において、グーグル等のインターネット事業者の広告収入に対する特別の課税の導入の提案がなされ、サルコジ大統領がこれらにつき検討を進める旨を表明したとのことであった。この課税は、代表的なインターネット事業者である米グーグルの名を取って、「グーグル税」と俗称されているが、もちろんグーグルだけを狙い撃ちしたものではなく、マイクロソフト、ヤフー、AOL、フェイスブック等の他のインターネット事業者も対象となるとのことであった。この時点でのグーグル税の内容は、当該事業者の所在地国にかかわらず、インターネット事業者に対して、同事業者のウェブサイト上の広告主のバナーやスポンサーのリンクがクリックされるごとに課される税であるとされていた。同報告書は、グーグルを始めとするインターネット事業者が、海賊行為の蔓延するウェブサイトを用いて著作物創作者への対価の支払いなくして利益を得、創造的社会環境に悪影響をもたらしていると指摘した上、違法なファイル共有サイト等に対峙し、著作物創作者を保護しつつ、インターネットを通じた文化・著作物の利用可能性を向上させるためには、グーグル税その他の施策が必要だとしていた。

 そして、グーグル税による税収は、若年層に適法にオンライン上で音楽を購入させることを目的とした若年層への音楽購入カードの付与その他の文化・芸術関連事業の支援に使用されるものとされている。文化保護を前面に打ち出しているあたりは、文化・芸術の国、フランスの面目躍如といったところである。

 しかし、このグーグル税は、当のインターネット事業者のみならず、有識者その他から広汎な批判を呼び、社会的な論議の対象となった。

 このような状況を受けてか、昨年12月になって、グーグル税は、一旦議会において2011年1月1日施行の方向で承認されたものの、その後、「関係者とのさらなる議論が必要である」として施行日が2011年7月1日に先延ばしされたとの報道がなされた。また、報道によれば、グーグル税の内容は修正され、グーグル等のインターネット事業者に対する広告収入への課税ではなく、フランスに本店を置く広告主がインターネット広告に支出した費用相当額の1%についての課税(税収の見込みは2,000万ユーロ)となる方向ということである。このように、従前のインターネット事業者に対する課税から広告主を直接の税負担者とする課税へと枠組みが修正されたグーグル税であるが、今度は、成長段階の広告主の成長を阻害するものである等の批判を浴びているようである。

 グーグル税それ自体の是非に関しては、その内容が確定していないことに加え、フランスの税制全体に照らした検討が必要であり、さらに、課税の在り方という、国家政策に関わる話であるため、筆者としてはそれを云々することはしないが、本稿では、グーグル税そのものを離れて、一般論としてのインターネット事業者の広告収入又は広告主のインターネット広告支出費用を課税ベースとする課税(これを、ここでは便宜上「インターネット広告課税」という)に焦点を当てて、思考実験的に、日本で同様の課税が導入されるとした場合に生じ得る問題点について考えてみたい。

 ■課税の公平性・中立性原則との関係

 インターネット広告課税は、特定の業種に対してのみ特別の課税を課すものであるといえる。

 この点、租税法の一般原理として、課税の公平性・中立性の原則が存在する。課税の公平性の原則から、特定の人・業種等を狙い撃ちにする課税は原則として許されない。この原則は、わが国では憲法14条1項(平等原則)等に基づく要請として要求されていると解されている。また、課税の中立性の原則とは、課税は経済主体の意思決定に影響を与えるようなものであってはならないとする原則である。

 ただし、公平性原則は、形式的な観点からの別異の取扱いをおよそ全て禁ずるものではなく、一定の政策的配慮、課税手続上の配慮等から必要性が認められ、合理的であるといえるものであれば、それに抵触するような課税も許容されるもの

・・・ログインして読む
(残り:約5262文字/本文:約7829文字)