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企業トップの刑事責任と「管理過失」

三菱自動車、パロマ、JR西日本の事例

山本 憲光

 JR西日本の列車事故など事故の原因であるミスに直接関与していなくても経営者が刑事責任を問われる「管理過失」の法理。原発事故史上最悪のレベル7と認定された東京電力福島第一原発事故でもいずれ、同じ問題が浮上する可能性がある。その法的構造と問題点を元東京地検検事の山本憲光弁護士が詳細に解説する。安全にかかわる製品やサービスを業とする企業の経営者にとって必読の論考だ。

 

企業トップの刑事責任と「管理過失」

西村あさひ法律事務所
 弁護士 山本 憲光

 ■はじめに

山本弁護士山本 憲光(やまもと・のりみつ)
 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。専門は、一般企業法務、会社関係訴訟、公益法人法制、海事法、企業危機管理(コンプライアンス)、刑事事件等。

 近年、三菱自動車製大型自動車のクラッチ系統の欠陥による死亡事故、JR西日本福知山線の電車脱線死傷事故、パロマ工業製ガス湯沸器による一酸化炭素中毒事故などの重大死傷事故で、関係企業のトップ(役員)が業務上過失致死傷の刑事責任を問われる事例が増えている。

 今回は、このような、現場担当者でなく、企業トップが事故の死傷結果の刑事責任を問われる最近の傾向について考えてみたい。

 ■過失犯の成立要件

 その前提として、過失による死傷事故について通常適用される、業務上過失致死傷罪(刑法211条1項前段)の構造について確認しておこう。

 刑法211条1項前段は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。」と規定している。つまり、業務上過失致死傷罪の「構成要件」(犯罪の成立要件)は、「業務上必要な注意を怠ること」である。「注意を怠ること」とは過失のことであるから、要するに「業務上過失」があればよい、ということになる(「業務」の概念についてもいろいろと議論があるが、ここでは関係が薄いので省略する)。もちろん、過失があったとしても、死傷の結果と何の関係もなければ罰することはできない。従って、業務上過失と死傷の結果との間には、いわゆる相当因果関係が必要である。

 それでは、「過失」とは何か。刑法学では、過失は、一般に、予見可能性と結果回避義務違反の2つの要素によって構成されると考えられている。予見可能性とは、人の死傷等の結果を予見することができたかどうか、という問題である。これに対して、結果回避義務違反とは、予見可能性が認められる場合に、結果の発生を回避する義務があったにもかかわらず(そしてそれが可能であったにもかかわらず)、その義務を怠り、結果を発生させてしまったということである。

 通常の自動車事故を例にとって説明してみよう。自動車事故の原因が脇見であろうと、居眠りであろうと、スピードの出し過ぎであろうと、通常のドライバーであれば、これらの行為をすれば、事故につながることを予見することは十分可能であるし、また、だからこそ、ドライバーは、運転中は、脇見や居眠りをせず、また、「前方の路上に歩行者を発見した場合に安全に停止できるスピードで走行する」ことにより、事故の発生を防止する義務を負っている。従って、にもかかわらず、脇見、居眠り、スピードの出し過ぎなどにより事故を起こし、人を死傷させた場合には、予見可能性と結果回避義務違反が認められ、業務上過失致死傷罪が成立することになる。

 ■三菱自動車事件とパロマ工業事件 ~ 同種事件情報に基づく予見可能性

 しかし、三菱自動車のクラッチ欠陥事故の場合、事故の原因はドライバーの運転ミスではなく、クラッチの欠陥であるとされている。この場合、クラッチの設計者や製造工程における責任者が、一般論として、(人の死傷の結果を引き起こすような)欠陥のない製品を設計、製造する義務を負っていることは否定できないと思われる。他方、そもそも自動車は一歩間違えば人の生命を奪うような危険性を有している物であることは誰しも容易に分かることであるから、これらの設計者や製造工程の責任者には、人の死傷に対する予見可能性は認められそうである。

 それでは、そのような欠陥のあるクラッチを設計したり製造した社員は、その欠陥によって死傷事故が発生した場合、業務上過失致死傷罪に問われるのであろうか。現実の刑事司法の実務では、少なくとも直ちにはそのような結論に至ることはない。というのも、予見可能性は、一般的には、そのような漠然とした「危惧感」のようなものでは足らず、基本的には、「具体的な結果発生の原因」を予見の対象としなければならないと解されているからである。そうでなければ、不当に処罰の

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