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「コンプライアンス室」で公金不正の闇に風穴を

総務省補助金不正問題で郷原氏にインタビュー

村山 治

 情報通信システム(ICT)をめぐる総務省の事業で公金の支出が決まっていた4つのNPO法人で2億5千万円もの不適正な経理が行われていた問題。内部告発を受けて不正を突き止めた同省コンプライアンス室長の郷原信郎弁護士に、不正問題の背景や摘発の意義を聞いた。

  ▽聞き手・筆者:朝日新聞編集委員・村山治

  ▽関連記事:   総務省ICT補助事業の不適正を指摘、4NPO法人の事業で2億5千万円を減額


郷原 信郎(ごうはら のぶお)郷原 信郎(ごうはら・のぶお)
 1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事などを経て、2005年桐蔭横浜大学法科大学院教授・コンプライアンス研究センター長。2006年検事退官。2008年 郷原総合法律事務所開設。2009年より名城大学教授・コンプライアンス研究センター長。2010年総務省顧問・コンプライアンス室長に就任。

 ■ICT補助事業の不適正予算執行の背景

 ――公表された調査結果を見ると、ICTふるさと元気事業の予算執行は、仲間内のお手盛りそのもの。官業癒着の疑いさえうかがわせます。なぜ、こんなでたらめが起きたのでしょう。

 補助事業を行う事業主体側の問題と、補助金を交付する官庁側の問題、それに、ICTという分野の特殊性の3つがからんでいると思います。

 まず、補助事業を行う側の問題ですが、このふるさと元気事業で初めてNPO法人に対して補助金を交付することができることになりました。ところが、NPO法人自体の組織が脆弱で、きちんとこの補助金事業を執行できるような体制になっていない。最初から業者と一体化して、どこまでが本来の補助金として交付の対象になる事業なのかはっきりしないままで、極めて不透明な形で国のお金が使われしまった。

 次に、補助金を交付する総務省の側の問題。本来、交付決定の段階で、補助金事業の目的を明確にさせ、具体的にどういう事業を行い、それが補助金の目的に沿ったものかどうか確かめた上で交付決定をする必要がありますが、そこが曖昧なまま、大まかな構想に基づいて事業者側から出された見積書に基づいて補助金額の交付決定が行われていた。

 だから、どんなハードを購入するのか、どんなソフトを開発するのか、ということすら明確にされないまま交付決定が行われている。事業を実施する過程で、適正な事業が行われているかどうかのチェックもできない。補助事業の成果について実績報告書が出てきても、それが、当初の交付決定に沿ったものなのかどうかもよくわからない、ということになるのです。

 ――ICT分野の特殊性も問題のひとつに上げられました。

 今回の補助事業は、ICT技術を地域の雇用創出に使おうというものです。ICTは、ハードの問題も、ソフトの問題も、専門外の人にはわかりにくい分野です。そのため、業務の内容をすべてICT業者側に任せてしまうことになり、業務内容が補助事業の目的に沿っているのか、価格が適正なのかも判断しにくいという問題があります。

 補助金を出す役所側、一部の事業主体を除く多くの事業主体に、ICT分野の専門的な能力がないことや、09年度二次補正予算で行われたこの「ふるさと元気事業」のように、短期間に膨大な数の事業採択、交付決定をしなければならないので十分に審査する余裕がなかった、というのが官庁側からの本音として出てくる「言い訳」です。

 ――国民の血税を使うのですから、そんな言い訳は通りません。

 そう。そういう問題があるからと言って、何億円もの国民の税金が無駄に使われてよいことにはなりません。やはり、こういう不適切な予算執行が行われているのは、予算を執行する官庁側の意識、そして、補助金を受けて事業をやる側の意識に根本的な問題があると思います。

 ――根本的な問題とは。

 要するに、予算として認められたものである以上、どんな中身であっても、何としてでも、その事業を執行しないといけないという役所側の意識。そして、補助金をもらう側は、実際に予算に基づいて交付が決定されたカネは、どんな使い方であっても、余さず使い切ってしまうのが当然だ、という意識です。まさに、「予算中心主義」が最も歪んだ形で表れたといえます。

 ――失われた20年で日本の財政は逼迫し、さらに大震災で、復興資金の調達にも難渋しています。時代錯誤の感覚ですね。

 何十年も前であればそういう考え方も通用したかも知れません。しかし、今や、厳しい財政事情の中で、予算の効率的な執行が求められています。専門家がいないとか、事業の審査の期間が短すぎるというような適正な予算執行ができない事情があるのであれば、それを是正する努力が必要です。今の制度や法令の範囲内で、違法にならない範囲で業務をやっていればよいということではないのです。

 ■業務自体に関する通報の意義

 ――今回の調査はコンプライアンス室への通報が発端だったという話ですね。

 通報してきた人は、おそらく何らかの形で補助金の業務に関わったことがあり、業務の実情も、お役所側の「言い訳」もわかっていたはずです。そのうえで、「こんな手続きで多額の公金が使われることが許されるはずがない」と思って通報したのだと思います。社会の視点、納税者の視点で考えて、通報という行動をとる人が出てきたということに大きな意味があります。

 ――それまでは、そういう内部通報というのはなかったのですか。

 コンプライアンス室への通報や情報提供というのは、これまでにも、省内外からいろいろありましたが、業務の根幹に関わる問題についての通報というのは今回が初めてでした。私は、その通報が来た時点から、本格的な調査案件になると直感しました。

 ――そういう調査に対しては、省内から反発や抵抗はなかったのですか。

 表面的には全くありませんでした。こういう調査に関しては、コンプライアンス室が大臣直属の組織として位置づけられていることに大きな意味があります。本格的な調査に着手する段階で片山総務大臣に報告し、「徹底して調査するように」との指示を受けていたので、省内の協力を得て調査を進める上で特に問題はありませんでした。

 ――今回の不適切予算執行は、補助金適正化法違反で処罰対象に当たるものはなかったのですか?

 最初の調査対象の案件では、まだ補助金が支払われていませんでした。調査で判明した事実からすると、実績報告書どおりに支払われていたら「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け」という補助金適正化法違反に該当した可能性もありますが、未遂処罰規定がないので犯罪は成立しません。他の案件では補助金が概算払いされており、一部に不正の流用に当たると考えられるものもあったものの、比較的小規模だった。今回の調査結果からは、適正化法違反で刑事告発すべきと思えるものはありませんでした。しかし、今後、調査対象を拡大する中で、補助金適正化法違反で刑事告発すべきと思える事実が出てきたら、告発することもあり得ます。

 ■ICT業界の構造問題

 ――制度面の問題についても検討して提言するとのことですが。

 建設工事の発注なら、建築なら設計業務、土木ならコンサルタント業務というプロセスがあり、それによって業務内容が確定してから、建設工事を請け負う工事業者を入札で決めるのが一般的な発注形態です。

 ところが、ICT業界は、業務の具体化のプロセスと業務自体とが切り離されておらず、発注者側はシステム構築の目的と大まかな構想を示すだけで、システム開発の業務内容の具体化と、具体化したシステム開発業務の実施までを同じ業者が一括して見積り、受注する場合が多い。それでは、価格が業務内容に見合うものかどうかを判断して契約することができないし、価格競争も機能しないのです。

 補助金を出す官公庁側にも、補助金事業の実施主体側にも、ICTの専門知識がない。結局、官公庁発注だと、一旦予算がつくと、それがまるごとシステム開発業者らに行ってしまうことになるのです。   

 このようなICT関係の発注の実態を改め、適正な発注や補助事業の審査、交付決定が行えるようにするために、官公庁側自体の体制整備や、専門家によるサポートを受ける仕組みを構築する必要があります。今後の個別事業の調査で、問題点をさらに詳細に明らかにした上、諸外国の制度等も参考にして、何らかの改善提案をしたいと思います。

 ■「総務省コンプライアンス室」方式の成果

 ――総務省にコンプラアンス室が設立された経緯は。

 原口一博・前総務大臣の就任後の09年11月に、総務省顧問に任命されました。その際、もともとあった総務省の「法令等遵守室(内部通報の受付窓口)」の室長も引き受けることになりました。コンプライアンスに対する従来の私の考え方、「社会の要請に応える」という考え方に沿って室の名称も、目的も、業務内容も変えました。

 ――役所以外の第三者の目で役所業務をチェックする総務省のコンプライアンス室は霞が関の官庁では異質な存在なのではありませんか。

 本来、行政官庁は、法律に則り、適法、適切に行政を執行しているという建前になっています。予算執行が、その中心です。従来は、役所の所管部署が行った行政としての予算執行を、役所内の第三者の組織が調査して、その判断を覆すなどということはあり得なかったことです。これまでであれば、役所がいったん行ったことは、仮に、それが不適正だと指摘して、所管課に通報しても、役所側が、何とか表面的に辻褄を合せようとして問題にならないようにしてきたのだと思います。

 そういう従来の役所の論理が、社会の視点と乖離してしまったところに現在の行政の問題があるといえます。その意味では、官庁内部で、従来の役所の論理に疑問を持つ人からの声や役所の外からの声を取り込んで、独自の調査を行うコンプライアンス室の存在は、ある意味では、社会と官公庁とのインターフェース機能を果たすものでもあるのです。

 今回の事件は、そういう組織を総務省内に設置した意義が本格的に表れてきたものといえます。

 ■コンプライアンス室スキームは検察の捜査手法にも貢献する?

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