メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

日債銀事件で検察が上告断念を発表 バブル裁判終結

村山 治

 1998年に経営破綻(はたん)した日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の粉飾決算事件で、東京高検は13日、差し戻し後の控訴審判決で無罪となった旧経営陣の3被告について、最高裁への上告を見送ると発表した。起訴から12年を経て、3人の無罪が確定。これにより、バブル経済後に破綻した金融機関の経営陣の責任を問う一連の刑事・民事の裁判は、すべて終結した。

 

 旧証券取引法違反の罪に問われていたのは、窪田弘・元会長(80)と東郷重興・元頭取(68)、岩城忠男・元副頭取(73)。98年3月期決算で、約1592億円分の回収不能な貸出金を損失処理しなかったとして99年に起訴された。

 一審・東京地裁、二審・東京高裁は有罪としたが、2009年に最高裁が審理を差し戻した。先月30日にあった差し戻し後の東京高裁判決は、当時の会計慣行を考慮し、経営判断の裁量を幅広く認めて「違法な損失隠しとは言えない」と述べ、3人とも無罪とした。

 上告期限は14日午前0時だった。東京高検は「無罪判決には不満は残るが、明確な上告の理由を見いだせなかった」と説明した。

 似た構図の日本長期信用銀行(現・新生銀行)の粉飾決算事件も、08年の最高裁判決で、旧経営陣の無罪が確定している。

 東京地検特捜部などによる刑事責任の追及とは別に、破綻金融機関の経営陣への民事上の責任追及は、整理回収機構などの手で訴訟が進められ、昨年末までにすべてが終結している。

 ■喜ぶ被告、検察を批判する弁護団

 バブル崩壊で破綻した金融機関の経営陣の責任追及は民事・刑事の両面で進められた。民事は昨年末に最後の足利銀行訴訟で終わり、日債銀の刑事事件だけが残っていた。1999年7月の逮捕から12年余り。「国策捜査」を続けてきた検察自らが上告を断念し、幕を引いた。

 「心からうれしく思っています。日債銀の再建のために、日本の金融システム安定のために資すると考え、懸命の努力をした」

 13日、日本銀行出身の東郷重興・元頭取(68)は無罪確定を知り、報道陣にそんなコメントを出した。「当時の我々の行動が、そして日債銀の皆さんの努力が正しく評価されることを期待したい」

 岩城忠男・元副頭取(73)も「晴れてこの日を迎えることができ、喜びはこれに勝るものはない」とコメントした。窪田弘・元会長(80)は健康状態が悪く、コメントはなかった。

 無罪確定を受け、3人の弁護団は「金融行政の責任を経営者個人の責任にすり替えたもので、事件に正義はなかった」と指摘。東京地検特捜部の捜査に対し「存在しない会計慣行を創作して強引に立件した。権力行使の態様は異常で、到底許せない」と批判した。

 先月30日の東京高裁判決は、旧経営陣の「経営判断の裁量」を幅広く認めて無罪とした。しかし、日債銀の前年に破綻した北海道拓殖銀行の元頭取らに対する特別背任事件では、最高裁が経営裁量を狭く解釈して有罪としていた。検察内部には「拓銀の判例に違反するのでは」として上告に積極的な声もあったが、最終的には「判例違反にあたるかや、破棄しなければ著しく正義に反するかなどを検討しても、上告の要件を満たさなかった」という。

 ある検察幹部はこの日も、「捜査に乗り出し、起訴したことがおかしかったとは思えない。検察と裁判所の役割は

・・・ログインして読む
(残り:約849文字/本文:約2817文字)