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アラブ首長国連邦(UAE)でビジネスを展開するには

五十嵐 チカ

 巨大市場となる可能性を秘めた中東で、日本企業などの進出の足掛かりとなってきたアラブ首長国連邦(UAE)。積極的な外資誘致政策を推進しているが、どっこい、厳しい商業代理店法を持ち、現地エージェントとの契約紛争で多額の手切金の支払を余儀なくされるケースも少なくない。五十嵐チカ弁護士が同法を詳しく解説し、トラブル回避の方策を考える。

アラブ首長国連邦(UAE)におけるビジネス展開の留意点
~外資誘致に積極的だが、意外にも中東一厳しい商業代理店法~

西村あさひ法律事務所
弁護士 五十嵐チカ

五十嵐 チカ(いがらし・ちか)
 1997年第二東京弁護士会登録、2007年米国NY州弁護士登録。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、ボストン大学ロースクール(LL.M.)修了。金融機関を含む各種企業のコンプライアンス、国内外における当局対応、金融取引、紛争解決、中東地域へのビジネス戦略に関する法務アドバイスに従事する。

はじめに

 中東地域と聞いて、何が思い浮かぶであろうか。不安定な政治情勢、砂漠、油田、ラクダ、黒いヴェール越しの女性の眼差し、あるいは、豚肉や酒を禁忌する独特のイスラーム圏という印象が先立つかも知れない。しかし、湾岸諸国及び北アフリカ(本稿ではこれらを包括して「中東地域」と呼ぶこととする)は、文化的及び経済的基盤を共有し、全体として巨大な一大市場となり得る底力を持つ。その人口は約2億5000万人を超えてなお増加傾向にあり、購買意欲の盛んな消費者層や一定割合の富裕層が含まれる。

 この一大市場へ戦略的に進出するための足掛かりとして、アラブ首長国連邦(United Arab Emirates、以下「UAE」という)が活用される事例は多い。UAEは、中東地域の中でも特に積極的な外資誘致政策を推進し、ドバイ国際空港及び各種港湾を擁して中東地域全体における商業及び物流のハブ機能を担っているからである。

 しかしながら、日系企業にとって、イスラーム法(シャリーア)の発想は馴染みが薄く、中東地域の国々の法制度に関する正確な情報入手は必ずしも容易ではない。例えば、UAEの商業代理店法(連邦法No. 18、1981)は、外資誘致に熱心な国にしては意外であるが、外資参入に対して極めて厳しい建付けとなっている。このため、日系企業が現地エージェントを切り替えたくても旧契約の終了に難儀する事案や、契約は終了できたものの多額の手切金の支払を余儀なくされた事案が少なからず見受けられる。そこで、今回は、UAEの法制度に係る数多くのトピックの中から、商業代理店法のポイントを紹介することとしたい。

魅力的な投資先としてのUAE

 本題に入る前に、UAEにおけるビジネス環境について簡単に述べておこう。UAEは、アブダビ、ドバイを含む7つの首長国から成る連邦制国家であり、アラビア半島の東南端に位置し、ペルシャ湾とオマーン湾に面した交通の要地にある。中東地域へ進出する外国企業にとって、UAEにおける税制上の優遇措置及びフリーゾーンと呼ばれる特別区の存在(外資100%までの参入が可能、海外送金は自由、フリーゾーン領域内で完結する活動に限れば現地代理店の選任不要)は、魅力的な恩典となる。

 首長国別に見ると、国土の8割以上を占めるアブダビは、世界有数の産油地域として知られ、運輸・通信、電力・水、都市整備など大規模な公共事業が盛んである。日系企業による近時の進出例としては、コスモ石油及びJX日鉱日石開発ほかが出資するアブダビ石油が、現在操業中の油田3箇所に関する利権更新と新鉱区の追加取得について新たな利権協定を締結し、また、住友商事が、韓国電力と共同でアブダビに建設予定のガス火力発電所の事業権益を一部取得して長期買電契約を含む主要契約を締結するなどしている(いずれも2011年2月)。

 また、アブダビの北側に位置するドバイは、古くから中継貿易で栄え、商業・物流・金融のハブとして高いプレゼンスを誇る。現在、UAEに進出している日系企業の総数は357社に上るが、進出先の首長国の内訳ではドバイが266社と圧倒的に多く、2位のアブダビの69社を大きく上回る(2011年5月JETRO調べ)。なお、2009年11月には、ドバイ政府系持株会社ドバイ・ワールド傘下の不動産開発子会社ナキール他の債務についてドバイ政府が返済時期の猶予を要請したが(ドバイ・ショック)、2011年初頭に日系企業を含む全債権者との間で債務再編合意が調い、事態は終息に向かいつつあるようである。

忘れてはならない自国民保護政策

 このようにUAEは理想的な投資先候補であるが、他方、中東地域に特有な自国民保護政策の存在を無視することはできない。例えば、UAEでは会社の社員総数及び事業分野に応じてUAE国民を一定割合以上雇用することが義務付けられているが(エミラティゼーション)、本稿で扱う商業代理店法もまた、自国民保護政策の一環と位置付けられる。飴と鞭ではないが、UAEは外国企業に対して様々な優遇措置や柔軟な制度を提供することで広く外資参入を促す傍ら、外国企業がUAE国内で商品の販売などを行う場面では自国民を現地代理人として関与させ、彼らが手数料を獲得するビジネスチャンスを確保する仕組みを義務付けている。

UAEの商業代理店法は外国企業に対するインパクト大

 UAEの商業代理店法は、全33条からなる比較的簡素な法律であるが、後述の通り、登録代理店に対し、(1)権利の付与及び(2)契約終了の制限という二つの局面で手厚い法的保護を与えている。一方、外国企業に課される負担は大きく、慎重な法務対応が求められるところである。

代理店の登録制度

 外国企業が、UAE国内(フリーゾーンを除く、以下同じ)で商品販売やサービス提供などを行おうとする場合、UAE国民またはUAE国民が100%所有する法人を現地代理店として選任し(商業代理店法第2条、国籍要件)、経済省に登録しなければならない(同法第3条、登録要件。登録を経た代理店を以下「登録代理店」という)。登録申請に際しては、代理店の活動領域を定め、申請書には代理店契約書のコピーを含む所定の書類を添付する必要がある(同法第10条)。

 ところで、代理店(agent)とは、UAE国内における商品の流通、販売、展示又はサービスの提供に関して本人(principal)を代表することにつき、本人との間で代理店契約を締結し、その対価として手数料又は利益(commission or profit)を得る者と定義されている(商業代理店法第1条)。従って、代理店の行為によって売主たる本人と顧客間で直接売買契約が成立する場合(エージェント型:対価として本人から手数料を取得)のみならず、本人と代理店間及び代理店と顧客(エンドユーザー)間でそれぞれ売買契約が成立する場合(ディストリビューター型:本人から手数料を取得せず転売差額を利益として取得)も広く含まれる点に留意する必要がある。

登録代理店の法的保護(その1)―権利の付与

1.独占権

 登録代理店の活動領域(以下「指定領域」という)は、一つの首長国(例えばドバイ)または複数の首長国(例えばドバイ及びアブダビ)あるいはUAE全体のいずれと定めることも可能である。登録代理店は、指定領域内で独占的に活動できるものでなければならない(商業代理店法第5条)。

 例えば、外国企業Xがある自社商品をドバイで販売するために代理店Aを選任して経済省に登録した場合を考えてみよう。この場合、(1)外国企業Xが当該商品をドバイで販売するため別の代理店Bを選任することは許されず、また、(2)外国企業Xが自ら当該商品をドバイで販売することも許されない。

2.輸入差止権

 登録代理店が販売などを委託された取扱商品(以下「指定商品」という)が当該登録代理店を経由せず指定領域内に輸入されることは、原則として禁止されている。そのような輸入がなされようとする場合、UAEの税関当局は、当該商品を没収して港湾倉庫に一時留め置かねばならず、登録代理店は、輸入差止めを求めることができる(商業代理店法第23条)。代理店にここまで強力な権利が付与される例は世界的に見ても稀であり、UAE独特の法制度といえる。

3.手数料請求権

 登録代理店は、指定領域内で指定商品に関する顧客との契約が成立した場合には手数料を取得でき、当該契約成立のために登録代理店が何ら尽力していない場合(本人たる外国企業が自ら顧客と折衝して成約に至った場合など)であっても同様である(商業代理店法第7条)。輸入差止権と同様、ユニークな法制度といえる。

登録代理店の法的保護(その2)―契約終了の制限

 契約終了の制限に関しては、2006年の商業代理店法改正により規制緩和が図られたが、わずか4年後には従来の厳格な規制が復活したという経緯がある(下記【表1】参照)。現行法上、登録代理店との契約終了に関する法規制のポイントは、(1)契約終了事由が極めて限定的であること(商業代理店法第8条)及び(2)登録代理店との民事紛争は(裁判所への訴訟提起前に)まず商業代理店委員会(Commercial Agencies Committee)により解決が図られること(同法第27条及び第28条)の二点である。因みに、上記(2)の商業代理店委員会は、概して現地代理店側に好意的な判断を行う傾向にあるといわれている。

 上記(1)の契約終了事由について、2006年改正法では、代理店契約で一定の有効期間を定めた場合(以下「有期契約」という)には、期間満了により当該契約は原則として終了し(「正当理由」の吟味は不要)、本人たる外国企業は自ら旧代理店の登録抹消を経済省に請求することができた。その結果、2006年から2007年の間、UAEでは約500件もの登録代理店の登録抹消が行われたといわれている。

 これに対する現地代理店からの反発は強く、所管の経済省は、次第に実務運用によって改正前と同様の帰結を導くようになる。具体的には、代理店契約で一定の有効期間が定められていても契約更新に関する条項もある場合には、商業代理店法上の「有期契約」に該当しない(従って契約終了のために「正当理由」が必要)と解釈し、また、外国企業が単独で旧代理店の登録抹消を請求する場合には、旧代理店からの同意書の添付が要請されるようになった。このように、法規定と経済省の実務運用とが一致しない状況が数年続いた末、2010年改正法により再び外国企業にとって厳しい規制が復活し、今日に至っている。

 現行法によれば、有期契約についても「重要な正当理由(かつ商業代理店委員会が認めるべきもの)」がない限り、原則として代理店契約を終了することができない。外国企業にとっては、この要件を満たさない限り、既存の代理店契約に関する登録抹消を請求できず、指定領域内の指定商品の販売に関しては旧代理店の独占権が及ぶ結果、新規の代理店選任も自らの直販も禁じられる、という八方塞がりの状況に陥ることになる。

 【表1】 UAE商業代理店法の改正状況

2006年改正法2010年改正法(現行法)
趣旨 代理店保護の緩和 代理店保護の強化
→2006年法改正以前への復帰
改正のポイント 有期契約は期間満了により終了
(「正当理由」の吟味不要)
→外国企業による登録抹消請求 ○
有期契約でも期間満了により終了せず
(「重要な正当理由」が必要)
→外国企業による登録抹消請求 ×
契約終了事由
(8条)
原則 正当理由が必要
例外 有期契約は(合意更新ない限り)期間満了により終了
契約の有期/無期に拘わらず
下記のいずれかが必要
(1)代理店の同意
(2)裁判所の命令
(3)契約終了または更新拒絶のための「重要な正当理由(かつ商業代理店委員会が認容すべきもの)」
契約終了による損害賠償
(9条)
あり あり
紛争解決機関
(27条、28条)
商業代理店委員会の廃止
裁判所への訴訟提起 ○
商業代理店委員会の復活
まずは商業代理店委員会→裁判所への不服申立ては可

 ※注:最左列の括弧内は商業代理店法の条項を示す。

外国企業がとり得る防衛策

1.代理店契約書のワーディング

 外国企業がUAE国内で商品販売やサービス提供を行おうとする場合、第一に、現地代理店の選定を慎重に行うこと、第二に、特に契約終了の場面を見据えて代理店契約書のワーディングを自社のリーガル・リスクを最小化するよう工夫することが重要である。汎用性の高い工夫の例を挙げれば、契約終了事由を明確に規定すること、登録代理店が負うべき義務(業績等に関する定期報告、業績ノルマ、競業避止など)を詳細に規定することが考えられる。UAEの裁判例に法的拘束力はないが、実務上は現地の裁判例にも配慮した上記のような工夫が推奨されている。とはいえ、各社のニーズ及び個別状況に即したオーダーメイド型の検討は必須であり、ビジネス展開の初期段階から適切な法律事務所に相談し、代理店契約書を自社仕様にカスタマイズすることこそ肝要である。

 2.登録しないという選択

 更に進んでそもそも代理店契約を経済省へ登録しない(以下、登録なき現地代理店を「非登録代理店」という)という選択もあり得る。非登録代理店には商業代理店法が適用されず、その結果、UAE国籍要件は不要、独占権や契約終了の制限もなく、外国企業にとっては自由度が高まるというメリットがある(下記【表2】参照)。非登録代理店と締結した代理店契約も無効ではなく、UAEの民法及び商法上の契約として有効と考えられている。

 しかし、非登録代理店の利用は、少なくとも理論的には商業代理店法違反になるとも考えられる(同法違反につき、商業代理店法第22条は、少なくとも5,000UAEディルハムの罰金(2011年10月下旬現在の為替レートである1 UAEディルハム=約21円で換算すると約11万円に相当)を科すと定めている)。それにも拘わらず、非登録代理店を利用している外国企業は、非登録代理店を利用することで罰金を科されるリスクと、正規の登録代理店を利用することで代理店契約の終了時には極めてハードルの高い「十分な正当理由」が要求されるリスクの双方を天秤に掛け、前者のリスクを甘受することを含めて、総合的な経営判断を行っているのであろう。

 【表2】商業代理店法及び商法に基づく代理店制度の比較(登録vs非登録)

商業代理店法
〔登録代理店のみ〕
商法
〔非登録代理店も許容〕
代理店登録の要否 不要
代理店の国籍要件 不要
(UAE国民/UAE国民100%保有の法人でなくても可)
代理店の独占権 あり なし
(指定領域内に複数の代理店を選任可)
契約終了事由 上記【表1】参照
(1)から(3)のいずれかを満たす必要あり
無期契約:基本的にいつでも終了可
有期契約:「合理的かつ相当な理由」があれば可
契約終了による損害賠償 上記【表1】参照
あり
原則 なし
例外 次の場合にはあり
無期契約:事前通知なく契約終了した場合
有期契約:合理的かつ相当な理由なく契約終了した場合

終わりに

 いかに厳格な法制度の下にあっても、リーガル・リスクを最小化する方法は必ず存在する。UAEの商業代理店法についても例外ではない。中東地域へのビジネス展開を検討する初期段階から適切な法

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