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シンポジウム「大型危機と対応力―企業の場合、都市の場合」

危機に直面したとき、見えてくるもの…

 東日本大震災から1年が経過するのを前に、日本経営倫理士協会(ACBEE)は3月1日、第3回シンポジウム「大型危機と対応力―企業の場合、都市の場合」を開いた。

 

日本経営倫理士協会専務理事
千賀 瑛一

 ■拡大する被害に、最初はどう対応するか

 第1部ではまず、キーノート・スピーチとして山田厚史氏(ジャーナリスト、前朝日新聞編集委員)が講演した。

企業関係者が多数集まった日本経営倫理士協会第3回シンポジウム「大型危機と対応力―企業の場合、都市の場合」の会場=こどもの城、セミナーホール

 「朝日新聞社で主に経済記者として金融、財政、国際経済などを担当した。多くの企業や団体の危機対応に接した経験などから言えること、それは初期対応こそが最重要であること。車が直線からカーブに入る時に間違えると、そのままハンドルを取られて大惨事になるのと同じ。まず求められるのは、状況を正しく把握するため、情報収集すること。危機について、本当によく知っている人の情報は、なかなかトップに伝わりにくい。当然だが、社長など組織の責任者が逃げてはいけない。トップが問題を自分の責任と認識して、きちんと指示を出しているかが問題。またそれに対し目的を十分理解し、組織内で議論し行動しているかどうか。ここで危機対応力が問われる。さらに大切なのは、社会の中でどう受け止められるかということ。たとえ不祥事が明るみに出ても『さすが、あの会社は見事に解決した』と評価されることで、会社はより強くなる」

 「今、大きな金融クライシスの可能性もささやかれている。その問題への対策も合わせ、企業人は『日頃の訓練』をするべきだ。重大事が自分の会社で起きたら、どう動いたらよいのか、自分自身のやるべきことを普段から思い描いておくこと。大型危機が来たときに『しっかりやるぞ』と前向きに対処するか、逃げ腰になるかで本人の力量が決まってくる。危機が起きたら、どこかの誰かがやってくれると思うのは間違い。大型危機で火の粉をかぶることになるので、まず自分の心構え、対応を心掛けておくべき」

 山田氏はそんなふうに話した。

 ■首都直下型に、企業も本格的な備えを

 中村晶晴氏(第一生命保険公法人部顧問、元東京都危機管理監)は「今、首都直下型地震が心配されている。中でも切迫しているといわれる東京湾周辺地震の想定被害は、東日本大震災をはるかに上回るだろう。特に木造住宅密集地が多い地域では、建物の全壊や火災が発生すると、道路は遮断され、交通アクセスは機能マヒし、帰宅も困難になる。都民の住環境が極度に悪化する。これらの影響で企業活動が長期間停止する可能性がある」と指摘。

 「震災直後に企業がやるべきことは、従業員の安全確保、情報収集、地域住民の救出・救助や消火活動支援、企業の被害確認など。およそ3日後からBCP(事業継続計画)に基づき、業務を始めるようにすべきだ。特に臨機応変の対応が不可欠。さらに我が国の危機管理の課題としては、まず、一元的に危機管理に当たるプロ集団を作る必要がある。官僚の中には短期間で異動する人が多く、一つの部署に長くいる人が少ない。市町村では担当者が一人のところも多いので、国や地方の危機管理能力を向上させることが課題だ」などと説明した。

 ■経営トップの踏むべき手順…

 田中辰巳氏(リスク・ヘッジ社長、危機管理コンサルタント)は、「経営倫理と危機管理の関係は、非常に深い。倫理観がない経営をやっていると、企業が危機に陥る。また震災対応でも倫理観を持たなければ、組織が危なくなる。『危機管理の要諦』として、まず基本姿勢は、目標を定めて最短の軌道を描くという発想、つまり一番の近道を行くことが重要」と話した。

 「経営トップの踏むべき手順として、一つ目は対策本部の設置。それも災害、事故が起きたその日にやる。二つ目は展開の予測。多くの場合、標準的な予測で終わるが、悲観的な予測と楽観的な予測をする人も対策メンバーに入れる。楽観、悲観、標準の3種類の予測をし、実際に起きてくる事象とつき合わせれば、どの予測が正しいのか分かる。三つ目は情報を体系的に出すこと。総論を示して各論に入る。緊急措置なのか、予防的措置なのか、基本ルールなのか明らかにする。説明前段の整理がないまま情報を出すと、誤解や混乱を招く。加えて、どこがどの情報を流すか、という役割分担をはっきりさせる」などと重要ポイントを示した。

 ■基本は、すべての情報開示をしっかり

 第2部は、山田、中村、田中の3氏によるパネル・ディスカッション。休憩時間に質問票が集められ、第1部のパネリストスピーチに対する参加者からの質問に答える形で進行した。

熱心な議論が展開されたパネル・ディスカッションの会場。左から、山田厚史、中村晶晴、田中辰巳の3氏。

 「危機対応は、長期的なものも必要。対応の継続性を可能にするものは何か」という質問に、田中氏は「初動のときに、この問題に対応する姿勢を確立しておく。そのうえで戦略と戦術を作っていく。そうすれば不測の事態が起こったときでも、原点に立ち返って軌道修正が出来る。次に人は先が見えないと不安になるので、体系的な情報開示をしっかりする」と助言。また、「原発問題や企業不祥事などの報道について、官庁や広告主からの圧力は無いのか」との質問に、山田氏は「新聞は客観的な証左のないことは書けない。事実の裏付けがあることだけを書く」と答えた。また「出さない方がよい情報はあるのか」という問いには、田中氏は「基本的にはないと思う。パニックを恐れて隠すと、かえって大きくなって跳ね返ってくる」などと答えた。

 ■パネル・ディスカッションでは踏み込んだ発言も

 山田氏は「大型危機にぶつかった時にこそ、見えてくるものがある。中には、守るべきものがはっきりしない企業もある。社長を守ろうとするケースもあるが、社長が責任を取った方が会社のためになることもある。社員は何のためにあるのかを考えれば、的確な対応が出来る。収益が上がる企業だけが、いつも上位ランクにいられるわけではない。地殻変動が起きたり、地合が変わったり、価値観が変化する時、勢力バランスが変わる。今、地震が多発する地球だけでなく、世の中でも地殻のバランスが揺れていることを認識すべきだ」とまとめた。

 中村氏は「危機の想定は甘くしてはならない。今回の大震災で分かる通り、我々は原発にどのような問題があるのか知らなかった。福島第一原発の土地は、以前は飛行場で30mほどの高台にあった。このため、過去に津波の被害はなかった。現状は、高台を削った状態で整備されていたが、想定が甘かったと言える。また近くの工場で危険な化学薬品を使用していて、地震が起こると流出する恐れなども考えられる。どういう危機があるのか、常に柔軟に想定することが肝心」。

 田中氏は、「危機管理の四つのステージを紹介したい。第一は、『感知』。感じて調べること。そのためには、まず情報を取りに行く。また誰から収集するのか、よく検討する。第二は、『解析』。やるべきことは罪の認識で、その際『見えにくい罪』に注意する。誰が被害者で誰が加害者かを洗い出せば、対応の仕方が見えてくる。第三は、『解毒』。状況分析を踏まえた応急措置と、誠実で体系的な情報開示をする。記者会見で謝罪し、再発防止策を講じること。記者会見では罪を認識して解毒に徹すること。記者会見での発表が言い訳になっては逆効果だ。最後は、『再生』。例えば異物混入で商品を回収した場合、スーパーなど販売第一線では再生販売のための棚を確保すべき。当座の対応だけに追われて、出口戦略を忘れてはならない」と解説した。

 ■BERCなど3組織でシンポジウムによる情報発信

 今回のシンポジウムでは、参加者を対象にアンケートを取った。その中で、「クライシス・マネジメントの話が中心で、議論も踏み込んだ話が出てきて、興味深い内容だった。今後も期待したい」や「第1部の各講師のプレゼンテーションは、それぞれの立場から特色のある論調で、大変明快で有意義だった。第2部のパネル・ディスカッションは、情報やリスク管理の話が具体的で理解しやすかったが、もう少し時間が欲しい」などの感想が寄せられた。

日本経営倫理士協会はじめ、その関連組織である経営倫理実践研究センター(BERC)や日本経営倫理学会(JABES)は昨年11月から相次いでシンポジウムを開いてきた。

 BERCは2011年11月9日、「東日本大震災後のCSR最前線」をテーマにしたシンポジウムを開催。東京・港区の国際文化会館で、ヤマト運輸の経営戦略部長の岡村正氏が「ヤマト運輸の震災復興とCSR」と題し、同社の経営理念や被災地支援活動などを紹介した。続くパネル・ディスカッションでは、富士ゼロックス、昭和電工、ローソンの3社幹部による、リスク管理や災害時の早期復旧に向けた取り組みなどが報告された。

 12年3月9日には、日本経営倫理学会がシンポジウム「グローバルCSRとBOPビジネス」を拓殖大学で開いた。基調講演は、住友化学代表取締役専務執行役員・福林憲二郎氏で、テーマは「民間企業から見たグローバルCSR―住友化学のアフリカでの取り組み」。マラリア蔓延防止に効果のあるオリセットネット(殺虫剤液を浸透させた蚊帳)のケースを紹介した。続くパネル・ディスカッションでは、味の素、ダノン、ヤクルトの幹部らと、NPO法人代表理事、経済産業省大臣官房参事官らがBOPビジネス(bottom of the pyramid=世界の低所得者を対象とした)について、今後の方向性などについて発言した。

 これらのシンポジウムは、経営倫理を基本理念とするこれら3組織の情報発信と議論の公開の場である。パネリストたちの踏み込んだ指摘、分かりやすい事例を使っての説明に、参加者らは熱心に聞き入っていた。

 

 〈経営倫理士とは〉
 NPO法人日本経営倫理士協会が主催する資格講座(年間コース)を受講し、所定の試験、論文審査、面接の結果、取得できる。企業不祥事から会社を守るスペシャリストを目指し、経営倫理、コンプライアンス、CSRなど理論から実践研究など幅広く、専門的知識を身につける。これまでの15期(15年間)で、450人の経営倫理士が誕生、各企業で活躍している。
 現在、経営倫理士(16期)取得講座の申込みを次の通り受け付けている。
 受講スケジュール:2012年5月15日から12月4日まで14回開講。時間はいずれも午後2時から午後4時40分まで。
 会場:青山ダイヤモンドビル9F(JR渋谷駅から徒歩8分)
 内容:経営倫理、CSR、コンプライアンス等について専門講師から14講座18テーマを学ぶ。
 資格取得:期間中2回の論文提出、全講座修了後の筆記テスト、面接試験を受け合格した受講者に経営倫理士資格を授与。
 受講料:185,000円(全講座1名、視察バス代、資料代含む、消費税別途)
 問い合わせは03-5212-4133へ。E-Mailはinfo@acbee-jp.org

 千賀 瑛一(せんが・えいいち)
 東京都出身。1959年神奈川新聞入社。社会部、川崎支局長、論説委員、取締役(総務、労務、広報など担当)。1992年退社。1993年より東海大学(情報と世論、比較メディア論)、神奈川県立看護大学校(医療情報論)で講師。元神奈川労働審議会会長、神奈川労働局公共調達監視委員長、経営倫理実践研究センター広報委員会委員長、日本経営倫理士協会専務理事。「経営倫理フォーラム」編集長。日本記者クラブ会員。