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今年の株主総会の注目点:海外機関投資家の議決権行使の視点

依馬 直義

今年の株主総会の注目点
海外機関投資家による議決権行使の視点から

 

三井住友信託銀行株式会社
証券代行コンサルティング部
IRチーム チーム長
依馬 直義

 

依馬 直義(えま・なおよし)
 三井住友信託銀行株式会社 証券代行部 証券代行コンサルティング部 IRチーム チーム長
 1991年中央大学法学部卒、中央信託銀行(現・三井住友信託銀行)入社。信用格付機関への出向などを経て、IRコンサルティング業務に携わり、2012年4月より現職。主な論文に「米国株主総会シーズンの特徴と議決権行使の状況について」(会社法務A2Z、2012年2月号)、「機関投資家に対する議決権行使促進の留意点」(旬刊経理情報1312号、2012年)など。

 ■はじめに

 企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)が改正され、2010年3月末に施行されたことに伴い、株主総会における議決権行使結果等の開示が日本の上場企業に義務付けられた。背景には、日本のコーポレート・ガバナンスへの改善を求める海外機関投資家からの強い要請があったとみられる。株主総会における議案ごとあるいは候補者ごとに賛否状況が公表されることは、上場企業にとって単に議案が可決すればよいという認識から、株主からできる限り多くの賛同を得たうえで可決しなければならないという発想への転機になった。
 このため、特に機関投資家による持株比率が高い上場企業では、株主総会対策として上程する議案内容の綿密な検討と策定、機関投資家の議決権行使スタンスの十分な把握と対応、議決権を行使しやすい環境づくり、議決権行使の促進などに取り組むケースが増えている。一方、最近の日本企業による不祥事などをきっかけに、改めて海外機関投資家からコーポレート・ガバナンスの強化を求める声が高まっている。
 本稿では、主に海外機関投資家による議決権行使の視点から、今年の株主総会の注目点について解説する。

    ▽注: 本稿における意見などは、あくまでも個人的な見解であり、筆者の所属する会社および組織を代表するものではありません。

 

 ■米国の株主総会が与える影響

 米国でも2010年に開示ルールが改正され、米国の上場企業は議決権行使結果を株主総会開催日より4営業日以内に開示しなければならなくなった(SECの“Form 8-K”)。

 さらに、2011年には、株主総会に役員報酬議案の上程を義務化する“Say On Pay”制度が導入された。同制度は、“Dodd-Frank法(金融改革法)”によって米証券取引委員会(SEC)が全ての上場企業に求めたものであり、法的拘束力はないものの、取締役の改選期にかかわらず少なくとも3年に1度は株主総会において株主意思の確認が義務付けられた。昨年の総会では目立った動きは見られなかったが、今年は4月17日に開催された米大手金融・シティグループの株主総会で、最高経営責任者(CEO)に対する役員報酬議案が否決される事態に至っている。

 また、昨年は導入に至らなかった“Proxy Access”制度が、今年の総会では株主提案として上程される事例も出ている。同制度は、株主提案をしやすくするものであり、SECは、「3年以上・3%以上を保有する株主が、独自の取締役候補者を提案できることを可能とするルール」(米国の株主提案は、いわゆる招集通知上に議案を記載することができないため、上場企業のコスト負担で記載することを可能とするもの。)に変更しようと試みたものの、実業界の抵抗により実現しなかった。ノルウェーの政府系ファンドであるNorges Bank Investment Managementは、複数の米国企業に対して同制度の導入を求める株主提案(提案株主の内容はSECの条件とは異なる)を提出している。

 このように、米国における株主総会を取り巻く環境は、日本の制度面や株主総会の運営面にも少なからず影響を与えていることから、今後の動向を見極めるうえで注目に値すると言えよう。

 ■議決権行使助言会社の影響力

 議決権行使助言会社は、一般的に株主総会の関係者以外にはあまり知られていない存在ではあるが、日本株を保有する海外機関投資家の議決権行使に大きな影響を与えている。

 日本市場でメジャーな議決権行使助言会社は、米国の“ISS”(Institutional Shareholder Services Inc.)と“グラスルイス”(Glass Lewis & Co.)の2社であり、前者は3千社以上、後者は2千社以上の日本の株主総会をカバーしていると言われている。これらの助言会社は、各上場企業の株主総会議案について個別に審査・分析し、顧客とする機関投資家に対して賛否助言レポートなどを有料で提供している。英米の機関投資家は、資金提供者に対する受託者責任を果たす観点から議決権を行使しなければならないことに加え、投資対象とする多数の日本企業の株主総会が6月の一定の時期に集中するため、議案の審査にかかる時間やコスト軽減を図る観点から、議決権行使に関する業務等を外部委託したり、議案に対する賛否の助言を求めるケースも多くみられる。

 特に米労働省出身のロバート・モンクス氏が設立したISSは、コーポレート・ガバナンスのアドバイザーとして著名であり、海外機関投資家に多大な影響力を持っていることから、外国人持株比率の高い日本企業は、例年2月に施行される議決権行使助言方針(ポリシー)の改定を注目している。

 ■注目される議案

 コーポレート・ガバナンスを象徴する議案とは、役員選任(ヒト)と役員報酬(カネ)である。企業価値を向上させるために、誰が適任であるか、またその適任者にどれだけのインセンティブを与えるかが重要なポイントとなる。

 □役員選任

 社外取締役の義務付けについては、法務省法制審議会会社法制部会にて現在議論されているテーマであるが、今年の株主総会に与える影響は限定的であろう。

 しかしながら、ISSは今年の日本向け議決権行使助言基準の中で、取締役選任について「監査役設置会社の取締役会に社外取締役が一人もいない場合、経営トップである取締役に対し原則として反対を推奨する。(ただし、独立性は問わない。)」と変更したことから、この基準が施行される2013年からは影響を与えるものと予想される。これまでISSは日本の法制度上の事情などを考慮して、監査役設置会社の場合には社外取締役の選任を必須としていなかったが、最近の日本企業の相次ぐ不祥事や環境の変化などを受けて、大きな方針転換を決断した。一方グラスルイスは、既に「監査役会設置会社の取締役会に最低2人以上の独立した社外取締役がいない場合には、経営トップ(会長もしくは社長)に反対を推奨する。」としており、ISSよりも厳しい基準を定めている。

 国内機関投資家の中には、現時点でISSに追随するような議決権行使ガイドライン見直しの動きはほとんど見られないが、一定の条件に該当する企業に対しては株主の権利を保護するために、「独立した社外取締役」の選任を求めるケースも出てきている。例えば、[1]相当数の議決権を保有する大株主が存在する場合、[2]株主総会にて決議されるべき事項(買収防衛策の導入・更新や剰余金処分など)が取締役会に授権されている場合、[3]不祥事などが発生した場合などである。こうした条件に該当する企業に対しては、形式的に社外取締役がいなければ、ガバナンス構造上のチェック機能が働いていないと判断し、反対票を投じる機関投資家もみられる。社外取締役を選任していない企業については、検討すべき課題といえる。

 今年も役員選任議案の中で注目を集めるテーマは、「社外役員の独立性」の基準であろう。機関投資家は、会社法で定める社外役員の要件とは異なる基準を設けている。一般的な独立性の基準は、機関投資家によってレベル感の違いはあるものの、チェックポイントとしては[1]大株主あるいは親会社、[2]メインバンクあるいは主要な借入先、[3]主要な取引先、[4]顧問契約のある法律事務所あるいは会計事務所、[5]親戚関係などが挙げられる。このうち、[1]大株主あるいは親会社や、[2]メインバンクあるいは主要な借入先といった基準については、招集通知などに概ね明記されていることから、機関投資家はある程度形式的に判断できるが、[3]主要な取引先については招集通知などに記載されておらず、取引規模などが十分に開示されていないケースが多いことから、否定的な判断とならざるをえない。企業サイドとしては、機関投資家に独立性があると判断されうる客観的な情報開示が必要である。

 □役員報酬関連

 2010年より役員報酬の1億円以上の個別開示が制度化されたことを受けて、機関投資家の中には具体的な金額や算定方法・根拠などの開示がなければ、反対票を投じるケースも増えている。日本企業の場合、役員報酬は欧米の企業に比べて高額な水準でないものの、役員退職慰労金支給議案に対する反対比率が高い。反対事例としては、支給対象者に社外取締役または社外監査役が含まれている場合がほとんどであり、加えて社内監査役に対しても反対するケースが増えている。これは、退任時に社外役員あるいは監査役が余分な報酬を受け取ってしまえば、本来果たすべき経営のチェック機能が働かなくなると考えるためである。

 なお、役員等の退職所得課税の見直しとして、2012年度の税制改正により「勤続年数5年以下の役員等が受け取る退職所得について、退職所得控除額を控除した残額の2分の1に課税する措置」が廃止され、2013年分以後の所得税について適用されることになったため、打ち切り支給議案を上程する企業は増加する見込みである。

  また、ISSは、取締役報酬枠の増加について「固定報酬の増額を目的とする、あるいは業績連動報酬の導入や増加を目的とするかどうかが不明である場合には、株価パフォーマンスや資本の効率性を考慮し、個別に判断する。」としており、業績連動型報酬の移行を支持している。昨年総会で決議された資生堂の報酬関連議案に対するISSの評価は非常に高かったことから、好事例として参考にしていただきたい。

 ■おわりに

 今年は株主総会シーズンに向けて、東証による独立役員に関する情報開示の拡充など、証券市場の信頼回復のためのコーポレート・ガバナンスに関する上場制度の見直しといったマイナーチェンジはあるものの、法制面に大きな変更はないことから、全般的には例年どおりの総会が見込まれる。しかし、昨年も当初は比較的平穏な総会が予想されていたにもかかわらず、震災対応として会場の設営の見直し、節電・緊急時への備え、議事進行シナリオの変更などを余議なくされるケースもあったことから、できる限りあらゆる事態を想定して万全を期す必要がある。

 今年3月に開催された総会を振り返ってみると、昨年の震災の反動もあって全体的に個人株主の総会への出席者数が増加している傾向がみられる。さらに、出席した個人株主からの質問内容は、年々専門化・高度化していることから、企業サイドとしては株主目線に立ったわかりやすい丁寧な対応が求められる。日本では、一般的に個人株主は安定株主として位置づけられることが多く、長期保有や買い増しを促進するためのIR・SR活動を実施している企業もみられるが、議決権行使率は低い水準にとどまっていることから、個人株主に対する議決権行使の促進も検討すべきである。

 機関投資家の議案に対する注目点としては、コーポレート・ガバナンスのメインテーマである役員選任と役員報酬関連に集約化される傾向にある。役員選任については、社外役員の独立性が大きなテーマといえるが、海外機関投資家は社外取締役の選任といったガバナンス構造上の問題点を指摘する一方、国内機関投資家は株主資本利益率(ROE)や株価パフォーマンスといった業績面も併せて考慮する傾向がある。また、役員報酬関連については、金額の開示ばかりでなく算定方法や算定根拠に関する十分な情報開示や、固定型報酬から業績連動型あるいはストックオプション・プランへのシフトを望んでいる。

 上場企業としては、今後もグローバルに株主総会を取り巻く環境やコーポレート・ガバナンスの潮流を把握しながら、株主や投資家の声に耳を傾け、最高の意思決定機関である株主総会を通じて説明責任を果たすことが大切であろう。