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海外進出企業の現地でのコンプライアンス推進は?

企業文化、取引慣行の違いなどが課題

 日本企業が活発に海外に進出するなか、グローバル企業の現地でのコンプライアンスの実情が注目されている。企業文化や取引慣行が異なることが多く、経営倫理面で様々な問題をはらんでいる。既に本社並みのコンプライアンス意識の浸透が進んでいる進出企業もあるが、一方で、生産や販売の拠点づくりが始まったばかりの企業もあり、進出先での経営倫理の浸透・普及がグローバル経営に不可欠となっている。

 

日本経営倫理士協会専務理事
千賀 瑛一

日本経営倫理士協会・千賀瑛一専務理事千賀 瑛一(せんが・えいいち)
日本経営倫理士協会専務理事。東京都出身。1959年神奈川新聞入社。社会部、川崎支局長、論説委員、取締役(総務、労務、広報など担当)。1992年退社。1993年より東海大学(情報と世論、比較メディア論)、神奈川県立看護大学校(医療情報論)で講師。元神奈川労働審議会会長、神奈川労働局公共調達監視委員長、「経営倫理フォーラム」編集長。日本記者クラブ会員。

 ■「グローバル企業の経営倫理」アンケート

 経営倫理実践研究センター(BERC)は、日本経営倫理学会(JABES)と共同で、「グローバル企業の経営倫理」をまとめ、2012年2月に発表した。

 昨年2月から5月にかけて、同センターの会員企業100社のうち、主要事業活動が国内である20社を除いた80社に質問票を郵送し、40社から回答を得た(回収率50%)。企業のグローバル経営の基本となる経営理念・行動基準が、海外の事業拠点でどのように徹底されているか、などを探った。まとめられた調査報告書によると、以下のような特色があった。

 「海外グループ企業に徹底する共通の経営理念、社是、社訓等がありますか」の設問については、95%が「ある」と答えた。それら企業にマニュアルに使用した言語を尋ねたところ、英語が93%、中国語が65%、ドイツ語が28%、フランス語が23%、スペイン語が23%、その他の言語が43%となった。

 「理念の徹底の方法」については、「海外事業所の現地スタッフのもとで教育し徹底する」が73%で最も多かった。「本社から定期的に海外事業所を訪問し、教育訓練と併せて徹底する」が35%。「現地で行動リーダーを決め徹底している」が18%となった。「行動基準の徹底の方法」についても、「基本的に現地の責任者のもとで徹底する」が83%でもっとも多く、「現地の担当部門が教育訓練の場で徹底している」が30%。「本社の経営倫理担当部門も関与し、定期的に現地を訪問する形で行っている」が28%だった。

 「海外での不祥事を防ぐ方法」としては、「本社と海外事業拠点が密に連携し、経営理念や倫理行動基準を事業の要として共有する」が圧倒的に多く、「強くそう思う」「そう思う」を合わせると96%に達した。また、「現地リーダーの育成に関し、課題や障害となっているもの」については、「日本とは法令や取引慣行が異なっている」が98%と多くなった。さらに、「各地域で取り組んでいる経営課題」についての質問では、中国、アジアの両地域で、雇用問題、取引慣行をあげる企業が多かった。

 ■TI副社長、デヴィッド・リード氏 「変化への心構えが必要」

 テキサス・インスツルメンツ副社長で、同社のエシックス・ディレクターでもあるデヴィッド・リード氏が来日し、3月6日、インタビューに答えて、「アジアでの倫理教育取り組みの具体的な問題は、それぞれの地域や国の伝統との兼ね合いが難しい点だ」と述べた。

デヴィッド・リード氏

 「コミュニティで物を共有するという意識があるところでは、企業というひとつの組織内でも公私の区別が曖昧になる。そのような独自の伝統的なやり方を理解しつつ、教育することも必要だ」

 グローバルに事業展開するTI社は、アジア地域でのビジネス倫理に力を注いでおり、リード氏はアジア各国の拠点を回り、コンプライアンスの浸透状況や、経営倫理、労働環境などを視察、社員の指導にあたっている。

 「TI社の倫理教育プログラムは、50年以上続けてきた実績があり、それが書式化されている。しかし、アメリカ以外の文化を持つ国にも当てはまるかどうかは、現在検証している。アジアでは地域特有のリスクに対応するため、集中的に企業倫理のトレーニングをしている。より高いレベルの倫理観を持ってもらうため、自尊心にも訴えている。一方で、アジアは離職率が高い。社員らの入れ替わりが激しい中で、倫理観を持たせる教育訓練は大変重要となっている」

 「倫理教育は基本的にその地域の言葉で行う。今、TI社では、テキストを11の言葉に訳している。本社のプログラムを直訳すると分かりにくい文章になるので、平易な言葉に表現しなおしている。また、独自のマニュアルが制作できない少人数の事業所では、私自身が現地に行って説明している」

 「アジアでのリスク管理のために『CSRオーディット(監査)』を行っている。過剰労働や児童労働、労働環境への配慮、社員の就労時の安全などを企業の社会的責任の視点から監査するもので、大変重要。各地域や国におけるビジネスと労働の変化が激しく、その変化に対する心構えを忘れてはならないことだ。現状はこうだが、この先はさらに進展していくのではないか、という次の予想を立てて、倫理教育に取り組まなければならない」

  リード氏はこのように述べた。

 ■海外60社にコンプライアンス推進マネージャー21人
   ―――横河電機

 横河電機が今春、海外におけるコンプライアンス活動のガイドを作成した。海外関係会社60社を対象とし、「不正をしない風土の構築」「不正をしない仕組みの構築」を2本の柱としている。

 海外関係会社60社には、21人のコンプライアンス・マネージャー、または同コーディネーターがいる。横河グループの企業理念、行動規範、さらに贈収賄防止ガイドラインを基本として、グループ全体に浸透させている。現地の法令順守を第一の優先課題とし、社会規範に敏感になり、企業活動を誠実に行う、としている。研修の継続により、コンプライアンスが企業文化の一部となるよう、意識向上を目指しているという。

 シンガポールの子会社では、行動規範とそのコンプライアンス・ガイドラインを1階フロアの壁面一杯に掲示し、従業員がいつでも読めるようにしている。2011年10月には、マネージャーを対象にコンプライアンス研修会を行い、約40人が受講した。高い倫理観の醸成と、風通しの良い職場環境づくりを目標に、共通認識を持たせた(中国・上海、蘇州)。また各職場での小集団による集会では、ガイドラインの再確認などを行った(同)。さらに、職場に優秀スローガンを貼り出し、「倫理の心、品質の心」を呼びかけた(同)。中東などではコンプライアンス・ポスターや企業倫理メッセージ・プリントなどを使って普及を図っている。

 佐野廣二・前横河電機企業倫理本部長は、「関連会社などの現地におけるコンプライアンス浸透では、地域ごとに現地主導で活動計画を作ってもらう。本社で計画を確認しながら、指導を行う。順法精神など、現地の法を織り込む推進体制が必要。推進プログラムは、現地の言語と習慣を尊重したものでなければならない。日本本社は、ヘッドクォーターとして基本ポリシーをどのように浸透させるかが重要な課題。また、賃金はじめその他の待遇面と合わせて総合的に進めなければいけない。現地採用者の役割も大きい」と話している。

 ■不正請求で交渉難航したら幹部社員が急行
   ―――日本工営

 日本工営には、13の海外事務所や連絡事務所がある。同社は、エンジニアリング・コンサルタントを主要事業とするグローバル企業。東南アジアなどで現在約200近いプロジェクトがあり、作業計画、調査、施工管理などを行っている。日本語、英語、インドネシア語の行動基準書がある。

 同社の西村洋一・コンプライアンス室長代理は「日本人と現地のカウンターパートや業者との交渉の中で、微妙なケースが出てくることが多く、贈賄リスクに直面することがある。寄付金やマージンなど、様々な形でお金を求められることがある。以前は現場判断による対応が多かったが、現在は本社国際本部の行動基準や不正競争防止法に基づいて、違法かどうかの判断をしている。相手の要求を断るときも、明確にルールに基づいたものであることを説明し、違法の認識を持ってもらっている。断るためのガイドブックも、重要な根拠になっている。現場の日本人社員は、現地の慣行と本社の基本ルールとの板挟みになって苦しんでいることもある。業務がスムーズにいかない場合は、本社が支援することにしており、要請のあった地域に本社から幹部社員が急行し、きちんと説明している。昨年はインドネシア、ベトナムなど現地で働いている日本人社員約40人を対象に、コンプライアンス研修会を開いている」と説明した。

 〈経営倫理士とは〉
 NPO法人日本経営倫理士協会が主催する資格講座(年間コース)を受講し、所定の試験、論文審査、面接の結果、取得できる。企業不祥事から会社を守るスペシャリストを目指し、経営倫理、コンプライアンス、CSRなど理論から実践研究など幅広く、専門的知識を身につける。これまでの15期(15年間)で、450人の経営倫理士が誕生、各企業で活躍している。
 問い合わせは03-5212-4133へ。E-Mailはinfo@acbee-jp.org

 千賀 瑛一(せんが・えいいち)
 東京都出身。1959年神奈川新聞入社。社会部、川崎支局長、論説委員、取締役(総務、労務、広報など担当)。1992年退社。1993年より東海大学(情報と世論、比較メディア論)、神奈川県立看護大学校(医療情報論)で講師。元神奈川労働審議会会長、神奈川労働局公共調達監視委員長、経営倫理実践研究センター広報委員会委員長、日本経営倫理士協会専務理事。「経営倫理フォーラム」編集長。日本記者クラブ会員。