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為替デリバティブの被害の救済手段 ADRを使って

沼田 洋祐

為替デリバティブの被害の救済手段について

弁護士 沼田洋祐

 

沼田 洋祐(ぬまた・ようすけ)
 弁護士。沼田総合法律事務所所属。東京大学法学部卒。平成15年11月に司法試験合格。平成17年10月に弁護士登録(大阪弁護士会)。平成19年に生駒市入札改革検討委員会委員、同市随意契約検討委員会委員、平成20年にNPO法人入札改革支援センター理事を務めるほか、平成21年大阪弁護士会公益通報者支援委員会委員を経て、現在、株主の権利弁護団に所属し、活動している。著書に、『刑事弁護ビギナーズ』(共著)(現代人文社)がある。

 過去に当株主の権利弁護団の天野弁護士の寄稿「中小企業向け為替デリバティブ取引契約の法的問題」により、為替デリバティブの商品性と銀行の販売方法の法的問題についての解説がなされたが、「為替デリバティブ被害の救済手段」についても知りたいとの問い合わせがあったので、ADR、訴訟、会社分割等を扱ってきた経験を踏まえて、当職が続編として本寄稿を行う。

 為替デリバティブの商品の内容、販売状況、被害にあった会社の経済事情等は、様々であり、当該被害会社にとって最も適した救済手段は、それら様々な状況ごとに異なる。そのためその全てを網羅することは、紙面の都合で不可能に近い。そこで、本寄稿では、最も多く用いられることが多い、全国銀行協会におけるADRを題材に採り上げることとする。

1 全国銀行協会のおけるADR

 (1)ADRとは

 「ADR」とは、「裁判外紛争解決手続き(Alternative Dispute Resolution)」の略称で、訴訟に代わる、あっせん、調停、仲裁などの当事者の合意に基づく紛争解決制度である。

 ADRと裁判との違いは、次のとおりである。

 ADRは、比較的時間がかからず、迅速かつ柔軟な紛争解決が可能である。基本的に当事者の合意が必要である。

 訴訟は、時間がかかり、法に定められた手続きに従い、証拠主義に基づく。当事者の合意は必要なく、判決には、法的拘束力がある。

 (2)全国銀行協会

 一般社団法人全国銀行協会は、銀行法および農林中央金庫法上の指定紛争解決機関としての業務を、平成22年10月1日から行っている。その業務として、銀行の契約者と加入銀行(当該指定紛争解決機関との間で手続実施基本契約を締結した金融機関)との間で生じたトラブルについて苦情処理手続および紛争解決手続を実施している。

 為替デリバティブの被害救済についてのADRを最も多く扱っているのが、この全国銀行協会である。

 その他、為替デリバティブの被害救済についてのADRを扱っている指定紛争解決期間として、特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)もある。

 全国銀行協会にADRを申し立てた場合のあっせんの回数は、原則1回しか行われず、審理の仕方は書面主義である。他方、FINMACでのあっせんの回数は3~4回あるという違いはある。

 被害救済を求める中小企業にとって、全国銀行協会のADRによった方がよいのか、FINMACのADRによった方がよいのかは、ケースバイケースであり、為替デリバティブの問題に精通した弁護士に相談してから決めた方がよい。

 (3)ADRの審理の流れ(被害救済を求める中小企業の目線から説明するため、全国銀行協会と銀行とのやりとりは割愛する。)

 [1] オプション取引等の実行の凍結

 現在継続中の為替デリバティブ契約が残っている場合には、まず、弁護士が内容証明郵便等により、相手方銀行に対し、為替デリバティブ契約に定められた各取引の実行を凍結するよう求めるのが通常である。

 その理由は、被害救済を求める中小企業のキャッシュフローが痛んでいることが多いので、取引実行を凍結することにより、これ以上、キャッシュフローが痛まないようにするためである。

 また、救済を求める中小企業は、為替デリバティブを契約した際の取引確認書や案内書等の一部を紛失していることも多い。その場合には、内容証明郵便により、同時に、相手方銀行に対し、取引確認書や案内書の文書開示を求めることになる。

 [2] 苦情の申出

 次に、全国銀行協会相談室に対し、銀行との間のトラブルの内容、被害、相手方銀行に対してどのような解決を求めるかなどについて、話をする(苦情の申出)。

 この苦情の申出は、同相談室に電話することで足りる。

 この苦情の申出に対応して、相手方銀行はその対応策について検討等をすることとなるが、この時点で、実際に問題が解決をすることは、ほぼないと思われる。そのため、苦情の申出とほぼ同時に、その後のあっせん申立て([3])の意思の有無を確認されることが多い。

 [3] あっせん申立て

 被害救済を求める中小企業(申立人)は、全国銀行協会に、「あっせん委員会」のあっせんを求める「あっせん申立書」を提出する。

 このあっせん申立書に、紛争の内容を記載するのであるが、申立書は所定の書式によらなければならない。所定の書式には、申立人の商流や為替デリバティブを始める前年度から現在までの売上額や為替実需等を記載し、その期間に対応する決算書を添付資料として提出することとなる。

 裁判の場合と異なり、申立て時に、相手方銀行用の副本を準備する必要はない。

 あっせん申立書は、全国銀行協会により適格性の審査がなされ、適格と判断されれば受理される。

 この場合、裁判と異なり、全国銀行協会に対する手数料は、無料である。

 [4] 相手方銀行の答弁書

 あっせん申立書は、全国銀行協会がコピーしたものが、相手方銀行にも送られる。相手方銀行は、当該あっせん申立書に対し、答弁書を作成する。

 相手方銀行の答弁書は、全国銀行協会が、コピーをして、申立人に送る。

 この答弁書のトーンにより、相手方銀行の対応が、柔軟か強行かがある程度推測できる。

 必要であれば、申立人は、この答弁書に対して主張書面を提出する。

 [5] 事情聴取

 「あっせん委員会」は、全国銀行協会が設置する弁護士、消費者問題専門家、全銀協役員等で構成される中立・公正な委員会であり、3人以上で構成される。あっせん委員会は、期日を定めて、申立人、相手方銀行、参考人に出席を求め、事情聴取を行う。

 事情聴取では、申立人と相手方銀行は、個別にあっせん委員から事情を聴取される。

 聴取される内容は、契約の成立に関する形式的な事項の確認、会社の概要、為替の実需の状況、相手方銀行の説明の状況など紛争に関する事項などである。

 [6] あっせん案、特別調停案の提示

 あっせん委員会は、申立人と相手方銀行双方のために衡平に考慮し、申立ての趣旨に反しない限度においてあっせん案を作成し、申立人と相手方銀行双方に提示してその受諾を勧告する。

 あっせん案の提示を受けた相手方銀行はこれを尊重し、正当な理由なく拒否してはならないとされている。ただ、このあっせん案には、法的な強制力はない。

 なお、あっせん委員会の判断により、相手方銀行にのみ片面的拘束力のある特別調停案を提示することができる。

 [7] あっせん委員会の提示したあっせん案を、申立人と相手方銀行の双方が受諾した場合には、あっせん委員会は遅滞なく和解契約書を3通作成し、申立人、相手方銀行、あっせん委員会委員長がそれぞれ連署する。

 この和解契約書の締結により、紛争解決手続は終了する。

 (4)ADRでの争点

 ADRで、特に争点となることが多いのは、適合性の原則違反と説明義務違反であるが、本寄稿では、適合性の原則についての問題点を指摘する。

 適合性原則とは顧客の知識、経験、財産の状況、金融商品取引契約を締結する目的に照らして、不適当な勧誘を行ってはならないという規制のことであり、金融商品取引法40条を根拠に認められる。

 通貨オプションなどでドルを購入することとなる為替デリバティブの場合には、この適合性の原則違反が争点となるケースが多いが、とりわけ、被害にあった中小企業の外貨の実需と、為替デリバティブの取引の実行により購入することとなる外貨の額とのバランスが問題となることが多い。

 (ア)取引額と、実需のバランス

 適合性の原則が問題となる場合に、重要となるのは次のような要素である。それぞれ場合を分けて検討する。

 [1] 海外の輸入元と直接貿易(直貿)を行う場合で、代金が外貨建ての場合

 このような直接貿易を行っており、代金を外貨建てで支払う会社は、外貨の実需がある。したがって、為替変動に対するリスクヘッジには合理性があると判断されやすい。

 したがって、当該会社の外貨の実需の額に比べて、ある程度の割合までは為替リスクヘッジの合理性の範囲内であると判断されやすい。

 [2] 海外の輸入元と直接貿易(直貿)を行う場合で、代金が円建ての場合

 このような会社は、一見すれば外貨の実需がないので、為替変動のリスクがないようにも見える。

 しかし、円で支払う代金額が、為替に連動して決められる輸入取引も数多くあり、また、長期的に見れば、海外の輸入元が、為替変動に応じて、円安の場合には値上げを求めてくる可能性も十分にある。

 したがって、円で代金を支払っているからと言って、一切の為替変動リスクがないとは言い切れない。そうすれば、[1]に比べ低い割合を限度とはするが、一定の為替変動のリスクヘッジに合理性が認められる場合が存在する。

 そこで、当該会社の為替変動リスクが出来る限り低いことを証明するためには、さらにもう一歩踏み込んで会社の事情を証明する必要がある。すなわち、輸入商品単価が、円建ての代金額で固定していることや、さらに、長期間、仕入れ価格を固定する効果をもつ取引契約書などが存在しており、長期的にも代金の値上げ交渉の可能性が極めて低いことなどの補充的な証明が必要である。

 [3] 日本国内の商社などを介して仕入れている場合(日本円で代金支払)

 日本国内の商社などを介して仕入れる場合を間接貿易(間貿)と言うが、この場合には、日本円で代金が支われる。また、取引先が、日本国内の商社であるため、為替変動に伴い、円建てでの価格の変動も、上記[2]に比べて緩やかではある。

 とは言え、日本国内の商社は、外貨建てで仕入れている場合には、仕入価格が為替変動を受けることなる。

 したがって、この場合にも、一切の為替変動リスクがないとは言い切れない。 為替変動リスクが出来る限り低いと立証するためには、長期間、仕入れ価格を固定する効果をもつ取引契約書などが存在することなどの、補充的な証明が必要である。

 [4] 輸入会社ではない場合(輸出会社である場合や、貿易とは関係ない場合)

 この場合には、外貨の実需はおろか、為替変動のリスクはない。(輸出会社の場合、ドルを売却する形での為替変動のリスクヘッジは一定の合理性が認められるが、現在紛争となっている為替デリバティブのほとんど全てが、ドルを購入する形態のデリバティブである。)

 (イ)実需についての相手方銀行の認識

 相手方銀行は、為替デリバティブの契約締結の際には、当該会社の実需額を調査するのが通常である。

 とは言え、当該会社の代表者などから口頭で事情聴取を行う程度のことしかしていないことが多い。

 そこで、当該会社の外貨の実需額について、実際の実需額と、相手方銀行との認識とが食い違うことが生じることがある。

 食い違う原因には、様々あるが、当該会社の代表者が十分に理解しないまま相手方銀行の営業マンに口頭で伝えていたため言い間違い又は聞き間違いがあると思われるケース、当該会社の代表者がギャンブル好きな行動を示している場合には、当該会社の代表者が銀行内部の実需に対しての上限枠を超えてでも為替デリバティブ契約を締結しようとしていたと思われるケース、相手方銀行の営業マンにかなりの厳しい営業ノルマを課していた場合などでは、その営業マンが意図的に口頭で聴取した額を誇張して、銀行内の内部資料に記載していたと思われるケースなどがある。

 ただ、争いのある事実について認定を行うことを目的とせず、十分な証拠調べを行わないADRにおいて、この相手方銀行との認識の違いの原因を特定することは、一般的には極めて困難である。

 (5) 以上、全国銀行協会でのADRの手続きと、そこで争点となりうる適合性の原則のうち特に重要な外貨の実需の問題を取り上げて、述べた。

 未曾有の円高が続き、為替デリバティブによる決済に苦しみ続けている企業が多い。本寄稿が、そのような企業の救済に役立てば、幸いである。

 *一般社団法人全国銀行協会ホームページ http://www.zenginkyo.or.jp/
 *当職の為替デリバティブ救済ホームページ http://numata-law.net/

 沼田 洋祐(ぬまた・ようすけ) 
 弁護士。沼田総合法律事務所所属。東京大学法学部卒。平成15年11月に司法試験合格。平成17年10月に弁護士登録(大阪弁護士会)。平成19年に生駒市入札改革検討委員会委員、同市随意契約検討委員会委員、平成20年にNPO法人入札改革支援センター理事を務めるほか、平成21年大阪弁護士会公益通報者支援委員会委員を経て、現在、株主の権利弁護団に所属しながら、同時に、為替デリバティブ問題にも力を注いでいる。著書に『刑事弁護ビギナーズ』(共著)(現代人文社)、論文に『インベスターリレーションズ型株主総会の今後の展開』(本サイトへ寄稿)がある。