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ワイン投資と縦割り法規制

商品ファンド法と金融商品取引法

森下 国彦

ワイン投資と縦割り行政

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 森下 国彦

森下 国彦(もりした・くにひこ)
 1981年3月、東京大学法学部卒業。司法修習(38期)を経て、1986年4月、弁護士登録(第二東京弁護士会)。現事務所に入所。1995年1月、現事務所パートナーに就任。主として国内外の証券・金融案件で活躍。金融法委員会(事務局=日本銀行)の委員でもある。

 良いワインは長い時間をかけて熟成

 多々あるお酒の中でも、私は特にワインが好きで、自分で買って飲むことも多い。私は、基本的には(人への贈り物として買う場合を除き)ワインは自分で、あるいは仲間で飲むために買うので、買ったワインは通常すぐ飲んでしまう。しかし、良いワイン(=高いワイン)は長い時間をかけて熟成し、10年、20年の時を経たものが素晴らしい香りと味を醸成するようになることから、愛好家は大きなセラーを自宅に保有していて、長期間そこでワインを”寝かせ”たりする。

 ワインのこのような特質から、昔からワインは、単に買って自分で飲むというだけでなく、将来の値上がりを期待しての投資(投機)の対象になってきた。例えば、フランス、ボルドーのシャトーが生産するワインで、プリムールといわれる、瓶詰めされて市場に出回る前の、まだ樽の中で寝かせている状態のものが売り買いされる。一種の先物取引である。オークションも盛んだ。

 ワインファンドとは

 業者や大口の投資家は通常、ワインを樽単位で買い付けるが、そこまでの資金力のない投資家や一般愛好家は、もう少し小さい金額の単位でワインに投資ができないかと考えるかもしれない。そのような需要に応えるのが、いわゆるワインファンドである。パートナーシップ(組合)等の仕組みを通じて、ワインへの投資を小口の単位に分けて投資を募る、という仕組みである。欧米にはこのようなファンドが多数あるようだ。日本にも数は少ないもののこのようなワインファンドを組成、販売している業者がある。

 日本の最大手のワインファンド業者のサイトを見ると、そのファンドは法律的には商法に規定される匿名組合の形式をとり、業者が匿名組合の営業者として、ネゴシアン(輸入業者)を通じてプリムール市場等でワインを買い付ける、といった説明がなされている。このようなファンドは、商品(コモディティ)に投資するファンドとして、いわゆる商品ファンドといわれる。「商品(コモディティ)」とは、金、プラチナといった貴金属や、原油、農産物(米、小麦)などをいうが、ワインもこの範疇に属する。変わったものとしては、馬(競走馬)も「商品」であり、時おり目にする“競走馬ファンド”もいわゆる商品ファンドである。

 商品ファンド法と金融商品取引法

 商品ファンドを規制する法律として、いわゆる商品ファンド法(正式名は「商品投資に係る事業の規制に関する法律」)があり、ファンドを運用する業者を規制する枠組みが用意されている。商品ファンド法の適用を受けるファンドの場合、その組成・運用を行う業者は、「商品投資顧問業者」として当局(経産省や農水省)の許可が必要である。しかし、現状では(いろいろと経緯はあったのだが)、現物の物品であるワインそのものに投資する限りは(実質は、上述のように一種の先物買いではあるが)、現物のみ投資を行うファンドとみなされ、商品ファンド上の「商品ファンド」に指定されておらず、上記の許可は不要である。これに対して、上場商品先物や商品オプション(金や原油の先物・オプションなど)に投資するファンドは商品ファンド法の規制を受け、その組成・運用には当局の許可が必要である。

 いずれにしても、このような商品ファンドを投資家に販売する行為は(現物ファンドも先物ファンドも)、実は商品ファンド法ではなく、金融商品取引法によって規制される。具体的には、販売業者は、金融商品取引法の下で、原則として第二種金融商品取引業を行う業者としての登録が必要である。前に述べた日本の大手ワインファンド業者のサイトにも、同社が金融商品取引法に基づく登録を受けた金融商品取引業者である旨の記載がある。金融商品取引法における監督官庁は、金融庁と財務局であり、商品ファンド法の監督官庁と異なる。

 平成19年9月に金融商品取引法が施行される前は、いわゆる商品ファンドは、その組成・運用、そして販売を含めてすべて商品ファンド法によって規制されていた。それに対して、すべての類似する業態を一つの法律によって横断的に規制する、という新しい投資者保護法制の理念に従って、幾つかの法律が金融商品取引法に統合されたが、商品ファンド法はその販売に関する規制の部分のみが金融商品取引法に移行され、その運用行為のみが引き続き商品ファンド法で規制される(但し、上場先物・オプションに投資するもののみ)、という中途半端な形に終わった。このような結果は、他にも幾つかの分野で見られる。同じような経済的性質を持つ金融商品は、同じ法律、同じ枠組みの中で同様に規制され(監督官庁も同じ)、それらの投資家も同じように保護されるというあるべき姿が、立法に至る経緯の中で、いわゆる縦割り行政システムの超え難い壁にはばまれたのか、やや歪んだ形での残滓を見せているというのが現状である。

 何とかならない?

 最初に例にあげたワインファンドが、仮に、ワインに直接投資するのでなく、会社形態のワイン生産者に出資する形であれば、商品ファンド法ではなく、全面的に金融商品取引法が適用される。実質がほとんど変わらずとも、法律上の形式が少し変わると適用される法律が変わり、監督官庁も変わる。このような法制度のもとでは、効率的な投資家保護に支障が生ずるし、意欲的な起業家が法適用の不明確さに悩むことも多い。このような法規制の縦割り構造は、日本の法制度の一つの大きな問題点であることは疑いがなく、何とかならないものか、と思いつつ、夜更けにワインの杯が進む。