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弁護士の仕事を客の立場で評価するには…、社内弁護士採用の勧め

弁護士の仕事を味わう「舌」をもつ
インハウスローヤー採用のススメ

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 日下部 真治

日下部 真治(くさかべ・しんじ)
 アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー、弁護士、司法研修所民事弁護教官。
 1993年3月、東京大学法学部卒業。1995年4月、司法研修所修了(47期)、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。1999年5月、米ニューヨーク大学大学院修了(LL.M.)。2000年8月まで、米ニューヨーク州のKelley Drye & Warren法律事務所勤務。2000年11月、当事務所復帰。

 弁護士と料理人

 健康維持のために体重管理は重要だが、美味しい料理には目がなく、食べ過ぎを後悔することが増えた。多少なりとも舌が肥えてくると、良く出来た美味しい料理には、料理人の高い技術や細やかな神経が行き届いていることが分かる。そういったプロフェッショナリズムが感じられると、その料理の美味しさも一段深く味わえて、満足して帰宅する頃には、またその店に食べに行こうと考える。何も感じられないと、その店のことは直ぐに忘れる。料理の味を顧客が判断できることは、料理人の技量の更なる向上を促し、技量の伴わない料理人を淘汰するのである。逆に、料理の味を顧客が判断できなければ、料理人の質の維持向上は期待できない。

 では、弁護士の場合はどうだろうか。弁護士の仕事の成果物は様々であるが、例えば法律意見書を作成する際に、弁護士は入念な調査を行い、その調査に基づき問題点を法的に分析して判断を下し、その結果を依頼者に理解してもらうために、説得的な説明を試みる。しかし、それが本当に優れた調査、分析、判断、説明であるのかを、依頼者が常に的確に判断できるとは限らない。意見書の価値を判断するためには、ある程度の法律的素養が必要であって、依頼者にそれが常に備わっているわけではないためである。その結果、同業の弁護士の目から見れば「不味い」意見書に対し、依頼者がそれと知らずに不相当に高い対価を与えてしまうという悲劇も起きる。顧客である依頼者が意見書の「味」を判断できないのをよいことに、弁護士が依頼者に対し、いろいろ理屈をつけて「不味い」意見書を「美味しい」と信じ込ませるようなことがあれば、依頼者は救われないし、その弁護士の質の維持向上も期待できないだろう。

 弁護士の仕事にはこういった理解されにくい面がある。良い仕事をする職人気質の弁護士がなかなか依頼者に評価されないこともあれば、口先の上手い弁護士が不相当に高い評価を受けることもある。依頼者にとっても弁護士にとっても良いことではない。

 インハウスローヤーの増加

 ところが、近年、弁護士と同じ成果物を作成できる、あるいは弁護士の仕事の「味」の分かる依頼者が急増している。依頼者の内部にいながら、外部の弁護士と同じ法律的素養を持つ者、すなわちインハウスローヤー(企業内弁護士)の採用によるものである。インハウスローヤーの増加の状況を簡単に見ていこう。

 平成期に入るまでは、司法試験の合格者数は毎年500人程度であった。その後、法曹人口の増大が必要であるとの認識の下、合格者数は急増し、今や毎年2000人を超える者が司法試験に合格している。法曹三者は裁判官、検察官及び弁護士であるが、増大した法曹人口の多くは弁護士になっている。周知のとおり、今は弁護士も就職難であり、買手市場である。

 弁護士のキャリアプランとしては、司法修習を終えて法律事務所にイソ弁(勤務弁護士の意の俗語)として就職し、数年経験を積んでから独立して開業する、というのが伝統的であり、今でも主流である。しかし、昨今は、インハウスローヤーが増えている。日本組織内弁護士協会(JILA)の調査によると、2010年12月末現在、インハウスローヤーの数は512人であり、2001年には64人であったのと比べ、10年足らずの間に8倍に増加していることとなる。大変な伸びである。

 インハウスローヤーの役割は、その雇用主である企業の考え方によるため、一様ではない。しかし、法律問題の企業内での処理が期待されていることは共通であろう。先の喩えでいえば、インハウスローヤーも、外部の弁護士と同様に、「美味しい」成果物を作成する優れた料理人であることが期待されている。

 しかし、インハウスローヤーはあらゆる分野において高い専門性を持っているわけではないし、それが期待されているわけでもない。外部のより専門性の高い弁護士のアドバイスを求める必要があるか否かを判断し、必要がある場合には、適切な外部の弁護士を選定し、求めるアドバイスが得られるように的確な指示を出し、アドバイスが得られたらその当否を判断する役割も担っている。こうした役割を果たす上で、外部の弁護士と同じ法律的素養を持つことは極めて重要であり、それも、インハウスローヤーが企業に必要とされる大きな理由の1つといってよいであろう。先の喩えでいえば、外部の弁護士の仕事の「味」が分かる、優れた「舌」を持ったインハウスローヤーを内部に持つことで、企業は「美味しい」成果物を生み出せる外部の弁護士を起用し易くなるわけである。

 優れた料理人であり優れた「舌」を持つ者の採用

 そうなると企業がインハウスローヤーを採用することには十分な理由を見出せるが、具体的に誰を採用するのかという段になると懸念が生じる。先の日本組織内弁護士協会(JILA)の調査によると、2010年12月末現在のインハウスローヤー512人のうち、半数近くの244人が、弁護士経験5年未満の若手である。中途採用時の人事面の処遇の難しさもあり、インハウスローヤーの多くが若手であるという傾向は今後も続くだろう。企業としては、司法修習を終えたばかりの弁護士、すなわち新卒の弁護士をインハウスローヤーとして採用することも増えて来ている。先の懸念とは、そのような段階で、候補者が優れた料理人であるのか、また、優れた「舌」を持っているのかの判断ができるのか、というものである。新卒の弁護士の能力に照らして、そのような懸念はあたっているのであろうか。

 司法修習生の料理のでき

 私はここ10年ほど、弁護士会の司法修習委員会などで、司法修習生らと日常的に接している。そうした活動の中で、架空の事件記録を元にした民事模擬裁判などを行い、準備書面という成果物を修習生に起案させることがある。起案のための材料は一通り与えられた上での作業であるので、料理に喩えるなら、ジャガイモ、人参、牛肉、カレールー、お米など、材料を与えた上で、「カレーライスを作ること」を求めるような課題である。これに修習生は、比較的短い時間に集中して取り組むことになる。

 その課題の出来はいうと、大半の修習生は実に手堅くまとめてくる。専門店もびっくりするようなコクと深みのあるカレーライスをいきなり作ってくる者もいる。中にはライスがなかったり、具が乏しかったりするものを出してくる修習生もいるが、それは例外的で、修習終了時には、カレーライス作りは十分できるようになる。修習生の基礎的な能力は総じて高い。

 インハウスローヤー採用のススメ

 このように、修習生の基礎的な能力は総じて高いにもかかわらず、就職が決まらずに苦労している修習生が多いというのが現状である。需要に対して供給過多であるが、一般に修習生の能力がその理由になっているとは考えられていない。

 そうして考えると、今は優秀な人材をインハウスローヤーとして採用するには実に適した状況にあるといえる。インハウスローヤーの採用を考えていながら、まだ具体的に踏み出したことのない企業であれば、地域の弁護士会などを通じて求人情報を流してみることをお勧めする。大変な数の反響が修習生からあり、その中から優秀な人材を採用できることも十分に期待できるだろう。採用検討にあたっては、候補者にロースクールや司法試験における成績の証明書を提出させることも一般化しつつある。こうした方法を利用することで、候補者の成績を確認することもできる。そして、そのようにして採用したインハウスローヤーに、普段企業が使っている外部の弁護士の質も評価させることで、外部の弁護士の起用方法に改善がもたらされることも期待できるだろう。外部の弁護士から質の高いサービスを受けるためにも、正に今がインハウスローヤー採用のチャンスである。

 日下部 真治(くさかべ・しんじ)
 1993年3月、東京大学法学部卒業。1995年4月、司法研修所修了(47期)、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。1998年2月から1998年7月までSwiss Bank Corporation(現UBS AG)東京オフィス法務部へ出向。1999年5月、米ニューヨーク大学大学院修了(LL.M., International Legal Studies)。1999年9月から2000年8月まで、米ニューヨーク州のKelley Drye & Warren法律事務所勤務。2000年6月、ニューヨーク州弁護士登録。2000年11月、当事務所復帰。2003年6月から2004年3月まで 司法制度改革推進本部仲裁法フォローアップ研究会委員。2004年1月、当事務所パートナー。2010年4月から最高裁判所司法研修所民事弁護教官。
 国内外の訴訟及び仲裁を専門領域とすると共に、企業間商取引、製造物責任、及び企業法務一般を取り扱っている。とりわけ、製造物責任など製造業者にかかわる法律問題について実務経験が豊富。将来の紛争処理を念頭においた一般企業法務指導、及びビジネスの実情を踏まえた紛争解決に強みを持っている。商取引の解消や担当従業員の不正取引に由来する訴訟、製造物責任訴訟、談合関連訴訟、ベンチャー・キャピタル関連訴訟などを最近扱った。外国を仲裁地とするものも含めて国際仲裁案件にも活発に携わっている。