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リード・カウンセル、各国弁護士に同一指示、同一締め切りで

森脇 章

おとうさんの仕事

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 森脇 章

森脇 章(もりわき・あきら)
 1992年3月、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法研修所(47期)を経て95年4月に弁護士登録(第二東京弁護士会)。1998年に中国にわたり、以後2007年に至るまで北京に居住。中国業務を主領域としつつ、アジアの諸法域の直接投資・M&Aなどを担当。2009年から、中国人民大学法学院の客員教授として、年に数回中国の学生に中国語で講義をする。

 ある家庭で、4歳の娘が両親に尋ねた。

娘: おとうさんは、いつも帰りが遅いけど、何をやっているの?

母: お仕事よ。

娘: どんなお仕事なの?

母: 弁護士っていうの。

娘: ベ・ン・ゴ・シ? 何よ、それ。

母: 困っている人の話を聞いて、相談に乗る仕事よ、そうよね、お父さん。

父: う、うん。

母: あたしのお友達も、お父さんが交通事故で亡くなって、どうしようっていって、弁護士に相談に行ってたわ。

父: あ、でも、僕、交通事故は分かんないや。10年以上やってないし。

母: そうそう、別のお友達は、お子さんが大学生で、酔っ払って車運転してつかまっちゃって、、、。それで、弁護士さんを頼んでたわ。

父: あ、そりゃ刑事事件ね。刑事事件は15年以上やってないなあ。

母: じゃ、あれ?ドラマとかで、法廷で、「それでは、私から質問いたします」なんてやってる、証人尋問とか、そういうのやってるんでしょ。あんな恰好よくないでしょうけど。

父: う、うん。外国の仲裁廷には立つけど、日本の裁判所はもう10年以上行ってないね。

娘: お母さん、ぜんぜん分かってないじゃないのよ。わたし分かったわ。お父さんはメールを書くお仕事よ。いつも、わたしが朝起きると、パソコンをつけてるわ。全然遊んでくれないから、何やってるのかしらと思ったら、いつもメールを書いているわ。そのあと、電話。メールと電話ね、お父さんの仕事は。

父: ご名答!

母: ん、もう!それじゃ、あたしの立場がないじゃないのよ! ところで、前に、アメリカで暮らしたり、中国で暮らしたりしたけど、あれはなんだったの?遊び?

父: あれぞ僕の仕事。特に、中国では、北京事務所のチーフをやってたんだよ。

母: チーフ、って何よ?

父: 店長みたいなものかな。でも、当時は、若干30にしていきなりチーフだったから、右も左もわからず、東京の指示を受けつつ試行錯誤しながらやってたね。従業員とのクリスマスパーティだとかいってプレゼントを買いに奔走させたこともあったね。

母: なんか、バーの雇われママみたいね。

父: そんなとこかな。

娘: ヤ・ト・ワ・レ・マ・マ?

母: 他には、何をしてるの?

父: 会社の買収。日本の会社が中国の会社を買ったりすることのお手伝い。買収する前に、必要な手続きを確認したり、対象となる会社を調査したりする。「リーガル・デューディリジェンス」っていうんだけど、会社がちゃんと登録されているか、原料の調達から生産、販売に至る流れについてちゃんとした契約が結ばれているか、労働者とのトラブルはないか、商標は登録されているか、訴訟は起きてないか、法律はちゃんと守っているか、などをチェックするんだ。中古車を買うのと同じさ。中古車買う時、知り合いの整備士さんにちょっと頼んで、車検は通っているか、ハンドルやブレーキがしっかり機能するか、タイヤは大丈夫か、部品はどうか、変な音がしないかなど、調べてもらって問題がないことを確認して買ったろ。あんな仕事だ。

娘: セ・イ・ビ・シ。

母: なるほど、整備士ね。他には何やってるの。「コンプライアンス」とかいう講演やってたじゃない。

父: あ、あれね。あれは結構多い仕事でね。今、日本の多くの会社では、「行動規範」とか「コンプライアンス・マニュアル」などという名前でルールブックを作っているんだ。セクハラしちゃダメだ、とか、賄賂を贈っちゃだめだとか、カルテルは駄目よ、とか。

母: 法律の教科書みたいなもの?

父: まあ、そういってもいいけど、中には、「環境にやさしい経営をする」とか「極端に不合理な取引は、自社に有利なものであってもやらない」とかいう、必ずしも法律違反とはいえないようなことまで禁止していることもあるからね。

母: 法律違反じゃなければいいじゃないのよ。

父: 確かにね。でも、大きい会社は法律ぎりぎりの経営をし続けることはできないんだ。たとえば、日本ではもう環境規制で許されないような製法で製品を作る工場を、規制が未整備でまだ禁止されていない国に移して操業を続けて、公害被害を出してしまった、というようなことがあるとまずいでしょ。厳密には法律違反はないかもしれないけどね。人道的にまずいだけじゃなくて、株価が下がったり、不買運動が起きたりして、会社にとっても長い目で見ると損だね。

母: なるほどね。で、あなたは何をするのよ。

父: うん、そういう会社の「行動規範」の中国版とか香港版とかインドネシア版を作ったりする。それで、現地の日系企業の幹部にレクチャーをしたりする。分かりやすいQ&A集を作ることもあるね。国によって問題になることがいろいろ違うからね。

母: 問題作ってお授業をするなんて、学校の先生みたいね。

娘: セ・ン・セ・イ!

母: あと、最近、ベトナム行ったり、インド行ったりしてるじゃない。去年はどこ行ったっけ?

父: 確かに出張ばっかりだったね。インド、マレーシア、インドネシア、シンガポール、台湾、韓国、あともちろん中国も何回も行ったね。

母: ゴルフやってたんじゃないでしょうね。

父: やったよ。マレーシアとインドネシアと台湾と中国、、、かな。でも、現地の弁護士さんとのゴルフだ。これも重要な仕事だよ。

母: ゴルフが重要な仕事だなんて、ゴルファーじゃあるまいし。。。

娘: ゴ・ル・ファー。

母: で、本当はあちこちで何やってたのよ。

父: やっぱり買収とか。たとえば、依頼者の日本企業が別の日本企業を買収しようとしたところ、買収対象会社の生産拠点は、もう日本にはあまりなくって、中国やベトナム、インドネシアにいっちゃってる、ということが結構あるんだ。そういうとき、やっぱり各国の拠点でさっきいったリーガル・デューディリジェンスをやる。また、それに先だって、拠点の所在国ごとに別々の手続きが必要な場合があるので、どこの国でどういう手続きが必要で、それにどれだけの労力と時間が必要かを考えて、全体の計画を練る。そして、買収契約を作る。

母: なるほどね。でも、あなた、そんなあちこちの法律分かるの? あんまり知ったかぶっちゃいけないんじゃない?

父: いいポイント。確かに僕は中国のことは随分研究したけど、それでも中国の弁護士ではない。まして、ベトナム、インドネシア、マレーシア、インドとなれば、細かいことはよく分からない。だから、現地の優れた弁護士を探索しておいて、すぐに連携が組める体制を作っておく必要があるんだ。実際、アジア4~5カ国程度をまたぐM&Aなら、チーム編成に半日から1日以上費やすことはできない場合も多いんだ。でも、頼みの弁護士が相手方についてしまっていたり、出張に行ってしまっていたりすることもあるから、各国でいくつかの事務所の各分野の専門家といつも連絡を取ってないといけない。それで、一旦やるとなったら、各国の弁護士に同一指示を出して、同一スケジュールで一気呵成に作業を進めるのさ。いわば、司令塔のような役割ってとこかな。こういうのをリード・カウンセルっていうんだ。

母: 司令塔なんていってるけど、あなたそういうがらじゃないわ。そうね、さしずめ「鵜飼」じゃないかしら。そう、「鵜飼」。あちこちの弁護士が思ったように動くように指示する「鵜飼」。

娘: ウ・カ・イ。

父: なるほどね。鵜飼も、熟練の技がものをいうっていうからね。実はここに重要なポイントがあるんだ。このリード・カウンセルっていう仕事は、豊富な経験を持っていることが不可欠なんだけど、こういう複数の国の弁護士を使って仕事をする分野はどんどん増えているんだよ。M&Aだけじゃなくて、国際カルテル、特許紛争、通商事件、国際倒産なんかもそうだ。こういう場合は、その分野の経験のある弁護士がリード・カウンセルになって、各国の弁護士を使って一つの仕事をしていくことになる。

母: なるほど。

父: もっというと、各国の法制度っていうのは少しずつだけど統一化が進んでいるんだ。少なくとも、いくつかの体系に収束しつつある、といってもいいかもしれない。そうなってくると、日本の法律、中国の法律、インドの法律、ということより、倒産法、独占禁止法、M&A法という分野ごとの専門性の方が重要だということになる。たとえば、アメリカの独禁法の弁護士の方が、独禁法の仕事をやったことのない日本の弁護士より、日本の独禁法の最新動向や細かいルールをよく知っている、なんてことは、既に起きているんだ。これを、裏返すと、日本の弁護士がアジアに出て行って活躍できる余地がたくさんありそうだということが分かるんじゃないかな。

母: なるほどね。面白そうね。夢があるわね。

父: そうでしょ。それで、うちの若い弁護士にも、こういう経験をさせようと思って、あちこちに出張に行くたびに、彼らを研修に受け入れてもらえないか、とお願いしてくることも多いんだ。

母: あら、それじゃ国際的な手配師みたいじゃない。

父: 「手配師」ね。もう少しいいたとえはないものかね。。。そうそう、***ちゃん、お父さんの仕事、わかった?

娘: はい、お父さんは、いろんな仕事をしています。「ヤトワレママ」、「セイビシ」、「センセイ」、「ゴルファー」、「ウカイ」そして「テハイシ」!

父: 「・・・・・・」

 注:この対話はフィクションですが、登場人物・団体等はすべて実在の人物をモチーフとしています。しかし、実在の人物はもう少し私の仕事について知見を持っています。その人物の名誉のために、ここに申し添えます。