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米国のベンチャー企業を生みだして支える環境とその実務、そして留学

留学生活の変化とそれを生み出す環境
        ― 米国ベンチャー実務

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 谷澤 智章

谷澤 智章(たにざわ・ともあき)
 2004年3月、京都大学法学部卒業。司法修習(58期)を経て、2005年10月、弁護士登録、当事務所入所。2010年2月から2011年6月まで外資系証券会社法務部に出向。2012年5月、米国Northwestern School of Law (LL.M.)。2012年9月から米国ニューヨークのShearman & Sterling 法律事務所にて勤務。

 以前より大きく変わった留学生活

 ロー・スクールへの留学及びその後の米国ロー・ファームでの研修のために渡米して1年が経過し、アメリカでの生活も折り返し地点に来た。

 渡米前は、初めての海外生活に大きな不安があったが、インターネットやE-mailの発達により情報収集が格段に容易になり、アパートメントの賃貸や子供の幼稚園の手続きなど生活のセット・アップ作業も日本から進めることができたので、スムーズに海外生活を始めることができた。米国においては、日本以上に生活において必要な手続きの多くをオンラインで済ませることができ、窓口で延々と待たされるという場面に出くわすことはめったにない。

 10年ほど前と比べても留学生活は変化しているはずだが、最近では、Facebook、TwitterやGoogle+などのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が登場し、また、iPhoneを始めとするスマートフォンが普及してきたことにより、この数年間で留学生活も更に一変したように感じられる。

 SNSのうちでも、とりわけ、Facebookは全世界でアクティブ・ユーザー数が約9億5000万人(※Facebookの米国SEC開示書類である2012年7月31日付けのForm 10Qに記載の数値)ということもあり、学生同士の交流に役立っている。ほとんどの留学生がFacebookのアカウントを持っており、Facebook上で友達として繋がることにより、日々の出来事や旅行先での様子などを共有することができる。Facebookは、日本でもユーザーが増加してきているが、簡単に言えば、実名でオンライン上にアカウントを開設し、写真、動画やウェブサイトなどを他人と共有することができるサービスである。

 留学生にとってFacebookは、アメリカの学生や他国の留学生の顔と名前を覚えるためのツールにもなる。外国人の顔と名前を覚えることは日本人のものを覚えるよりも更に難易度が高く、一度や二度名前を聞いたくらいで覚えられるものではない。聞きなれない名前や、複数人が同じ名前ということもままある。そういうときは、いつでもFacebook上で顔と名前を確認することができるし、共有している写真へのコメントのやり取りなどを通じて交流を図ることもできる。友人の誕生パーティーや壮行会など、皆が集まるイベントなどもFacebook経由で連絡があるので、Facebookをやっていないとイベントの存在すら知らずに取り残されることにもなりかねない。今や留学生活に必須のツールだと言っても過言ではない。

 先日、大学時代の友人とFacebookで繋がり、私の留学先であるシカゴで7~8年ぶりに再会した。彼とは大学1年生の頃からの付き合いで、家にもよく泊まりに来てくれていたが、お互いに司法試験の勉強が忙しくなり、ずいぶん連絡を取り合っていなかった。私は弁護士になり、彼は裁判官になっており、同じ法曹界にいたのだが、それぞれ企業法務と刑事裁判と異なる分野に携わっていたため、長い間お互いがどのような状況にあるかも知らずにいた。そんな友人とまさかシカゴで再会できるなど思ってもいなかった。最近は日本でもFacebookユーザーが増えているが、私と同じように旧友と久しぶりに連絡がとれて、昔話に花が咲いたという経験をされた方も多いであろう。

 もう一つ留学生活を大きく変えたアイテムといえば、やはりスマートフォンである。E-mailに簡単にアクセスでき、ホテルやレストランから送られてきているメールなどをすぐに見ることができるので、旅先での予約状況の確認もスムーズだ。初めて訪れる場所であってもすぐに地図を表示することができるし、GPSで自分の現在位置を把握することもできる。もちろん、Google検索をして情報収集もできるので、もはや「地球の歩き方」を持ち歩く必要もないのではないかと感じるほどだ。旅先でFacebookやTwitterなどにアクセスして、日本にいる家族に平穏無事を知らせることもできる。

 また、手持ちのドルが少なくなってきたと思えば、道を歩きながらでも為替情報を見て円高のタイミングを見計らってオンライン・バンキングにアクセスし、日本の銀行に保有している円をドルに交換することもできるし、銀行間での海外送金もできる。留学生としてはできるだけ円高の状況でドルに交換したいので、手続きをタイムリーに行えるのは本当に有難い。日本にいるときもスマートフォンを利用していたが、米国に来てよりその便利さを実感している。

 この10年ほどの間に、ITベンチャーによって様々なイノベーション(技術革新)が起こされ、人々の生活に大きな変化をもたらしてきていることは、日本でも多くの人が肌で感じていることであろう。こうしたイノベーションの多くは、Apple、GoogleやFacebookなど米国ベンチャー企業からもたらされてきたものだ。米国では、国を挙げてベンチャー支援が行われており、ITやバイオテクノロジーなどの分野において数々のイノベーションが起こされ、これにより米国は世界第一位の経済的地位を維持してきた。コンシューマー向けのスマートフォンとしてスマートフォン人気の火付け役となったのはAppleのiPhoneであろうが、奇しくも、昨年2011年11月に、iPhoneの生みの親とも言うべきスティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。ベンチャー企業としてスタートしたAppleを時価総額で世界一の企業に成長させた彼のイノベーティブな精神に改めて全世界が驚愕し、それに刺激を受けたからか、今年に入り以前にも増してベンチャー機運が高まってきているように感じられる(なお、本年5月にFacebookが超大型のIPO(新規上場)を行い、ベンチャーへの更なる追い風となるかとも思われたが、残念ながらIPO後Facebookの株価は低迷しており、逆にベンチャー・マーケットを毀損してしまったとの評価も見受けられる。)。

 米国ベンチャー企業を支える環境

 ベンチャー企業の活躍の裏では、ベンチャーキャピタル、投資銀行、初期段階のベンチャー企業に対し資金提供や経営のアドバイスなどを行うエンジェル・インベスター、会計士などの専門家のサポートが欠かせない。もちろん、弁護士も大きな役割を果たしている。私は企業法務の中でも、主にファイナンスやM&Aという取引案件に関与してきたので、米国のベンチャー企業が事業を開始・拡大するための資金調達から、創業者や投資家が投資資金を回収するなどのために行うエグジット手法としてのM&AやIPOまでという一連の流れに大変興味を持った。ベンチャー企業は、王室や貴族から資金を集めて未開の地に乗り出した大航海時代の探検家になぞらえて語られることがあるが、ベンチャー企業が市場において競争上の優位(Competitive Advantage)を確立し、事業を成功させるためにも多額の資金調達が必要である。

 企業法務において中心的な役割を果たしている「株式会社」制度も、大航海時代である17世紀のオランダにおいて多くの投資家から資金を集めるために設立された東インド会社が起源だと言われているが、その後、数世紀を経てファイナンス手法は進化を遂げており、米国のベンチャー企業の設立から資金調達、投下資本の回収に至る一連の流れは、効率よく資金を集めて事業を拡大するとともに、投資家が公正な投下資本の回収を実現するための知恵が詰め込まれている。その最たるものが、優先株式(Preferred Stock)や転換社債(Convertible Note)を用いた投資モデルであり、そのスキームは世界各国のベンチャー実務のお手本ともなっている。

 ベンチャー企業が競争力を得るためには、事業の収益から生じた余剰キャッシュを投資に回し徐々に事業を拡大していくというよりも、まとまった金額の資金調達を行って事業を拡大する方が格段に効率が良い。もっとも、会社ごとに必要な金額・時期が異なり、投資家から投資を受ける段階ごとに企業の状況も異なるし、投資家の利害関係も異なる。米国では、ベンチャー企業による資金調達においては、資金提供者にとってハイリスクであることや、企業にとって金利負担を避けるなどの理由から、銀行融資ではなく株式などの証券への投資によるのが一般的だが、画一的な設計となる普通株式だと新規投資家、既存投資家や創業者・経営者などの関係者の利害を調整しづらい。そのため、資金調達のラウンドごとに異なるクラスの優先株式を用いるなどして、利害を調整できるよう柔軟な設計が図られている。優先株式の条項において、普通株式の株主(主に創業者・経営者が保有)に対する配当優先権や残余財産分配優先権を定めるとともに、新ラウンドでの資金調達時における希薄化防止条項や、普通株式の株主権以上のコーポレート・ガバナンスに関わる権利などが定められる。

 優先株式の仕組み自体が複雑であるし、資金調達の段階ごとに関係者の利害が異なることを見据えてストラクチャーを設定し、調整を行う必要があるため、ベンチャー・ファイナンスには専門知識を有した弁護士の関与が不可欠である。初期段階の資本政策を間違うと後の資金調達にも影響してくるため、会社設立当初から弁護士のアドバイスを求めることも多い。また、エグジットのためのM&AやIPOにおいても、法制度や実務を熟知した弁護士が大きな役割を果たしている。ベンチャー実務が成熟している米国では、弁護士を含め、様々な専門家が関与してベンチャー支援のための環境(「エコシステム」(生態系)とも言われている。)が構築されている。このような環境が米国ベンチャー企業によるイノベーションの創出を強力にサポートしているのだ。

 日本におけるベンチャー機運の高まり

 ちょうどこの記事を書いている最中の8月29日に、経済産業省が1万社程度の小口ベンチャー企業を支援する助成制度を創設するというニュースが出ていたが、日本でもベンチャー支援の動きが大きくなっているのを感じる。家計の金融資産における現預金比率の高さを見てもわかるように、日本国民はリスクを取ることを嫌うし、大企業志向でもあるので、ベンチャー投資というハイリスクな投資を行って大きな利益を得るという米国と同様のやり方でうまくいくかどうかはわからない。しかしながら、世界第一位の経済力を維持してきた米国の国家としての戦略や国民の意識は見習うべきであると思う。私個人としても、米国で学んだことを生かして少しでも日本経済の復活に貢献できるよう、高い意識を持って行動していきたい。

 最後に

 冒頭の話に戻るが、IT技術の向上により日本と海外との距離感が縮まり、以前よりも遥かに留学しやすい環境になってきており、精神的な負担はかなり軽減されてきた。グローバル化が進んできた社会においては、語学力や国際感覚が必須のものとなってきているが、これらを身につけるにはやはり留学などによる国際経験が必要であろう。日本ではバブル景気が崩壊した1991年から既に20年以上が経過し、これまでの期間は「失われた20年」と呼ばれているが、日本経済復活の兆しは未だに見えていない。「失われた30年」とならないように、日本の国際競争力を高めるためにも、志を高く持ち、日本から留学される方がこれから更に増えていくことを切に望む。

 谷澤 智章(たにざわ・ともあき)
 2004年3月、京都大学法学部卒業。司法修習(58期)を経て、2005年10月、弁護士登録、当事務所入所。2010年2月から2011年6月まで外資系証券会社法務部に出向。2012年5月、米国Northwestern School of Law (LL.M.)。2012年9月から米国ニューヨークのShearman & Sterling 法律事務所にて勤務。
 論文として、「株券電子化後の実務(2) 特別口座の開設および利用」(旬刊商事法務、2010年)(共著)、「株主平等原則に反しないか、不公正発行に該当しないか 今後の実務の対応が注目される事前警告型買収防衛策の法的安定性向上策の提案」(旬刊経理情報、2007年)(共著)など。