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営業秘密漏洩の対策 人材を通じた技術流出を防ぐ

髙木 楓子

 技術の海外流出など企業の営業秘密の漏洩が相次いでいる。事態を重く見た経産省は昨年、1万社アンケートと30社ヒアリングで実態調査を行った。髙木楓子弁護士は、その調査結果を詳細に分析し、企業は漏洩予防のため、社員との秘密保持や競業避止の契約を結んでおくことが重要、と説く。また、漏洩が判明した場合の証拠保全手続の活用などについても詳しく解説する。

営業秘密の漏洩対策
  ~経済産業省「平成24年度 人材を通じた技術流出に関する調査研究」の結果を踏まえて

西村あさひ法律事務所
髙木 楓子

高木楓子弁護士髙木 楓子(たかぎ・かえでこ)
 弁護士。2005年東京大学法学部卒業。司法修習(旧61期)を経て、2008年弁護士登録。これまでに特許権侵害訴訟や営業秘密侵害訴訟等の知的財産訴訟を多く担当するほか、企業法務全般に従事。

 ■はじめに

 近年、日本企業の誇る高い技術が退職者等を通じて外部に流出し、法的紛争に発展する事例が散見される。アジア等諸外国の企業の国際競争力が高まる中で、日本企業の有する高度な技術に関する営業秘密が不正なルートで外部に漏洩するような事態は、可能な限り未然に防がなければならず、また、もし営業秘密に関する不正行為を関知した場合には、早急に事実関係を調査し、証拠を収集・確保した上で、最善の法的措置を採る必要がある。営業秘密の漏洩対策の方向性やその具体的内容は、企業の経営戦略にも密接に関わるものであり、その重要性は年々高まっているといえる。

 平成24年、経済産業省は、日本企業における営業秘密の管理実態及び流出実態を調査するため、日本における製造業、情報産業及びサービス業等合計1万社に対して、国内アンケート調査を行い、さらに、同アンケート調査の内容をより詳細に把握するため、30社を対象に企業ヒアリングを実施した。そして、これらのアンケート調査結果及びヒアリング調査結果を分析・検討したものとして、平成25年3月に、「人材を通じた技術流出に関する調査研究報告書」(以下、「報告書」という。)及び「人材を通じた技術流出に関する調査研究報告書(別冊)」(以下、「報告書別冊」という。)が、経済産業省のウェブサイトにおいて公表された(以下、報告書及び報告書別冊に記載されている内容を総称して「アンケート調査結果」という。)。

 上記のアンケート調査では、対象企業1万社のうち、3011社から回答が得られている(回収率30.1%)。以下では、アンケート調査結果を踏まえながら、まず前半では、企業が採るべき事前対策として、秘密保持契約及び競業避止契約について主に検討し、後半では、営業秘密漏洩事件における証拠保全手続の活用について紹介することとしたい。

 なお、アンケート調査結果の要点については、根橋広樹「『人材を通じた技術流出に関する調査研究』の結果の概要について」(商事法務、2013年)NBL999号9頁にまとめられているので、報告書等と併せて参照されたい。

 ■近時の営業秘密漏洩の実態

 アンケート調査結果によると、全体のうち13.5%の企業が、過去5年間で、人を通じた何らかの営業秘密の漏洩を経験していると回答している。営業秘密の漏洩者としては、正社員の中途退職者であると回答した企業が約半数(50.3%)を占めている。営業秘密の漏洩先は、「国内の競業他社」と回答した企業が46.5%にのぼっており、「外国の競業他社」は10.8%となっている(複数回答式)。業種別の集計結果をみると、「外国の競業他社」と回答した企業のほとんどは製造業であることがわかる。また、人を通じて漏洩した営業秘密の内容としては、「顧客情報・個人情報」が82.5%と最も多く、「経営戦略に関する情報」が38.5%、「製造に関するノウハウ」が34.4%と続いている(複数回答式)。そして、人を通じた営業秘密の漏洩による推定被害額については、「わからない」という回答を除けば、1000万円未満と回答した企業が31.1%と最も多いが、10億円以上の損害を推定している企業も数は少ない(約4%)が存在している(なお、10億円以上の損害を推定している企業のほとんどが製造業である。)。このように、全体の傾向としては顧客情報・個人情報の漏洩事例が多いものの、製造業における技術流出事例については被害が拡大化し得るものといえよう。

 また、アンケート調査結果によれば、営業秘密の漏洩が生じた後に、その再発を防止する対策として強化又は新たに導入したことに関しては、「データ等の持ち出し制限を行った」、「データの暗号化・アクセス制限を行った」との回答を合計すると52.1%と最も多くなり、「営業秘密侵害防止の教育、管理方針等の周知徹底を行った」が38.7%、「情報の管理方針等を整備した」が28.0%であり、規程・契約関係については、「秘密保持契約を締結するようになった」が18.3%、「競業避止契約を締結するようになった」が7.0%となっている(複数回答式)。

 不正競争防止法は、「営業秘密」を不正に取得、開示又は使用等する行為について、差止請求権等を法定し、刑事罰も定めている。営業秘密を物理的に管理し、また営業秘密の管理方針を整備し周知徹底することは、当然ながら、情報の秘密管理にあたって非常に重要である。しかし、以下に述べるとおり、より具体的な事前対応策として、個々の役員・従業員との間で実効性ある秘密保持契約及び競業避止契約を締結しておくことも重要であると考えられる。

 ■事前対応策-秘密保持契約及び競業避止契約

 1. 不正競争防止法による保護の範囲とその限界

 「重要な社内情報が外部に漏洩していることが分かっているのに、なぜ、それを返せ・使うなと言うことができないのですか。」―これは、筆者が近年頻繁に受ける質問の一つである。すでに触れたとおり、日本の不正競争防止法は、民法の特別法として、「営業秘密」に該当する情報を不正に取得、開示又は使用する行為を「不正競争」の一類型と定め、かかる行為の差止請求権、(差止請求権に付帯する請求権として)営業秘密が記載された資料等の廃棄請求権及び損害賠償請求権を法定しており、さらに刑事罰も置いている。しかし、不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるためには、(1)秘密管理性、(2)有用性及び(3)非公知性という3つの要件をクリアする必要があり(不正競争防止法2条6項)、裁判例上、これらの要件については厳しい基準が設けられる傾向にある。これら3つの要件の中でも、特に、秘密管理性((1))が争点となる事例が多く、例えば情報について単にパスワードを用いて管理するだけでは秘密管理が不足していると判断されることもある。したがって、企業にとって(主観的には)極めて重要な内部情報が漏洩しており、その情報についてある程度の秘密管理がなされている場合であっても、必ずしもその情報が不正競争防止法の下で保護されるとは限らない。さらに、不正競争防止法の定める営業秘密の「取得」、「開示」及び「使用」といった類型化された行為を日本の裁判手続において立証することは、実際には容易でないことが多い。

 不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない情報であっても、法的に保護すべき情報が自由競争の範囲を逸脱した態様で盗まれたような場合には、民法上の不法行為を理由として損害賠償請求をすることが考えられる。しかし、近時の判例や下級審の裁判例では、知的財産法による保護が否定された場合には、「特段の事情」がない限り民法上の不法行為が否定される、と判断されるケースが見られる(著作権の事例として、最判平成23年12月8日判例時報2142号79頁〔北朝鮮著作権事件〕)。また、一般に、民法上の不法行為を根拠とする場合には差止請求をすることはできないと考えられているため、事後的に損害賠償を請求するだけになってしまうことにも留意する必要がある。

 2. 事前対応策-秘密保持契約及び競業避止契約

 以上のように、裁判実務上、不正競争防止法による保護を受けるためには厳格な要件をクリアする必要があり、また、情報漏洩の事実があったとしても民法上の不法行為が成立するとは限らない。そこで、企業が採るべき事前策の一つとして、役員や従業員を対象として秘密保持契約及び競業避止契約を締結しておくことが挙げられる。法的に有効な契約を締結しておけば、当該契約に違反した行為があった場合には、民法上の債務不履行に基づく損害賠償請求のほか、差止請求権をも行使することも可能になると考えられるからである。

 ア 秘密保持契約

 上述のとおり、近時の営業秘密の漏洩事件の過半数が中途退職者を通じてなされているという実態からしても、退職後の秘密保持義務を契約で定めておくことが重要であるといえる。アンケート調査結果によると、就業規則とは別に、役員や従業員との契約において退職後の秘密保持義務を定めている企業は、役員では39.2%、従業員では49.3%である。しかしながら、秘密保持契約の対象となる秘密事項に関しては、「在職中に知りえた情報全般」というように一般的・包括的に定めている企業が、全体の86.3%を占めている。

 秘密保持契約の対象となる情報が具体的に特定されていない場合であっても、契約の有効性がただちに失われるわけではない。しかしながら、契約の解釈や有効性をめぐって紛争が生じるリスクを軽減するためには、契約の対象となる秘密事項を具体的に特定した上で、かかる秘密保持義務が退職後もなお存続することを契約条項に明記することが望ましい。近時の裁判例では、「何をもって秘密事項というかについては、本来、就業規則ないし当該個別合意等により明確に定められることが望ましいというべきである・・・その秘密事項の内容も、過度に広範にわたらない合理的なものであることが求められる」とした上で、「就業規則ないし個別合意により漏洩等が禁じられる秘密事項については、少なくとも、・・・秘密管理性及び非公知性の要件は必要である」としたものがある(東京地判平成24年3月13日裁判所ウェブサイトhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=36593&hanreiKbn=04)。

 また、アンケート調査結果によると、企業が秘密保持契約を締結するタイミングについては、「入社時に個別契約を締結又は誓約書を提出」させる企業が87.0%を占めている。しかしながら、入社時に交わす個別の秘密保持契約ないし誓約書では、契約の対象は一般的・包括的な定め方にならざるを得ないと思われる。他方で、いざ役員や従業員が中途退職するという場面では、個別契約ないし誓約書に署名をもらうことすら難しいというのが実態であろう。そこで、営業秘密の保護のためには、部署異動や、特定のプロジェクトへの参加等に応じて、その都度、具体的に対象情報を特定した秘密保持契約(退職後の秘密保持義務を定めたもの)を締結することが効果的であると考えられる。

 なお、適切な秘密保持契約を締結しておくことは、不正競争防止法上の「営業秘密」の要件の1つである、秘密管理性の判断にも有利に働き得る。

 イ 競業避止契約

 アンケート調査結果によると、82.0%の企業が、役員・従業員との間で競業避止契約を「締結していない」と回答している。競業避止契約を締結していない理由については、「特に理由はない」が47.3%と最も高く、「退職した役員・従業員の行動の把握が困難なため」が24.6%、「契約の効果が不明瞭なため」が23.9%と続いている。

 退職後の競業避止義務を契約で定めた場合の法的効果としては、退職者による競業行為(契約違反行為)があった場合に、不正競争防止法の「営業秘密」の要件や「使用」等の立証をすることなしに、民法上の債務不履行を理由として、競業行為の差止めや損害賠償請求をすることが可能となる、ということがいえる。もっとも、退職後の競業避止義務は、労働者の職業選択の自由を制約し得るため、広範な内容の競業避止契約を締結してしまうと、契約が無効とされるリスクが大きい。

 競業避止契約が有効と判断される基準に関しては、報告書11頁以下で詳細な検討がなされている。要点のみ述べると、裁判例は、競業避止契約の有効性について、労働者の不利益及び社会的利害に立って、制限期間、場所的職種的範囲、代償措置の有無を検討すべきであるとしている(奈良地判昭和45年10月23日判例時報624号78頁〔フォセコ・ジャパン・リミテッド事件〕)。報告書によると、競業避止契約の制限期間に関して、直近10年間の裁判例では、1年以内の期間であれば肯定的に捉えられる傾向にあるが、2年の競業避止契約については否定的な判断がなされている例がある。また、禁止行為の定め方については、競業企業への転職を一般的・包括的に禁止するだけでは合理性が認められないおそれがあるため、業務内容や職種等について具体的に特定することが望ましい。競業避止条項について代償措置が何も定められていない場合には契約が無効とされることが多いため、注意が必要である。

 なお、裁判例では、契約違反に基づく競業行為の差止請求が認められるためには、使用者が営業上の利益を現に侵害され、又は侵害される具体的なおそれがあることが必要であるとされている(東京地決平成7年10月16日判例時報1556号83頁〔東京リーガルマインド事件〕)。

 ■事後対応策-証拠の確保

 アンケート調査結果によれば、営業秘密の侵害行為を行った行為者・企業に対して、「何もしなかった」と回答した企業が、全体の19.5%にのぼっている。警告文書を送付したと回答した企業は全体の31.1%であるが、民事訴訟を提起した企業は5.8%にとどまり、刑事告訴をした企業はわずか3.7%にすぎない(複数回答式)。営業秘密の漏洩事件については、いわゆる泣き寝入りとなるケースが多いことが窺われる。企業にとっては営業秘密の漏洩の疑いがあったとしても、証拠が不足しており、関与者や漏洩ルート等が判明しないために、実際の法的措置に踏み切れない場合も多いものと思われる。営業秘密の漏洩が疑われる場合には、まずは迅速に徹底した事実調査を行い、証拠を確保することが何より重要である。そこで以下では、証拠確保のための手段として、民事訴訟法の定める証拠保全手続を活用する方法について紹介したい。

 1. 証拠保全手続の概要

 営業秘密の漏洩が疑われる場合には、まず任意のヒアリングやデジタルフォレンジック調査等を実施することが考えられるが、それとは別途(並行して)、裁判所を介した証拠確保の手段として、民事訴訟法の定める証拠保全手続(民事訴訟法234条以下)を活用することが考えられる。証拠保全とは、訴訟手続における本来の証拠調べ手続を待っていたのでは、証拠調べが不可能か困難となる事情があるときに、特定の証拠方法について、訴え提起前又は訴え提起後に、あらかじめ証拠調べをしておき、その結果を保全し、将来の訴訟等でその結果を利用できるようにしておく手続である。典型例としては、例えば医療過誤が疑われる場合に、病院に保管されているカルテについて改ざんや廃棄のおそれがあるとして、病院を相手方として証拠保全を申し立てる例が挙げられる。証拠保全はあくまでも任意の手続であり、強制力はない。しかしながら、証拠保全手続は、その申立てから裁判所の決定が出されるまで、一貫して、相手方に知られることがなくその手続を進めることができるという特徴(一定の密行性)がある。裁判所から証拠保全の認容決定が出された場合、実務上、相手方に対しては、証拠保全実施の直前になって初めて決定書が送達されるため、手続の途中で相手方が証拠を隠滅等する行為を防ぐことが可能である。また、裁判所の決定に基づいて証拠保全を実施する際には、事件担当の裁判官が実際に証拠保全の場所まで赴くことになるため、単に企業の担当者が関係先を訪問して、証拠の任意提出を求めるのとは異なるし、証拠保全の実施状況は、裁判所が後日作成する調書に記録される。このように、証拠保全は、裁判所を介した証拠確保の一つの手段として、一定程度有用であると考えられる。

 2. 証拠保全を成功させるためのポイント

 裁判所から証拠保全決定を得るためには、民事訴訟における請求原因を疎明する必要まではないと解されているが、証拠によって証明すべき事実の内容や、あらかじめ証拠調べをしておかなければ証拠を使用することが困難となる事情(証拠保全の必要性)を疎明しなければならない。そこで、裁判所に提出する申立書類として、充実した疎明資料(申立て時点で判明している事実関係の概要や、証拠が改ざん・隠滅等されるおそれがあることを裏付ける書類)を準備し、申立ての理由が存することを裁判所に理解してもらう必要がある。また、証拠保全決定が得られて、証拠保全を実施する場合には、実務上、申立人側において証拠保全当日の準備の大半を行うことが求められる。具体的には、証拠保全当日に必要となるであろう段ボール箱、コピー機、電源装置といった物品等を準備する必要があるほか、物的証拠を鮮明に撮影するためにプロカメラマンを手配することや、PC等を任意回収できた場合に備えてデジタルフォレンジックの専門業者を手配することも検討すべきである。また、証拠保全当日の流れについては、裁判所(担当裁判官、書記官及び執行官)とあらかじめ入念に協議しておくことが重要となる。このように、証拠保全手続を利用するにあたっては、証拠保全が任意の手続であって空振りに終わるリスクがある中で、申立人側の負担がそれなりに重くなることを想定すべきであるが、それだけに申立人側の工夫の余地が大きいともいえる。

 ■最後に

 営業秘密の漏洩は、もともと営業秘密に容易にアクセスすることが可能であった者の悪意によって起きることが多いため、企業の内部でいかに秘密管理を尽くしていても、外部への漏洩を防ぎきることは不可能であるといえる。したがって、漏洩が起きてしまった場合にいかに実効性ある法的措置を採ることができるかという観点から、適切な対策を事前に講じておくことが重要である。そして、営業秘密の漏洩が疑われる場合には、まずは事実関係の解明に努め、決して泣き寝入りに終わることがないようにしなければならない。民事上の証拠確保の手

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