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弁護士として公認会計士として金融庁出向経験は

中村 慎二

弁護士として、公認会計士としての貴重な経験
  ~私の官庁出向談~

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 中村 慎二

中村 慎二(なかむら・しんじ)
 1999年、東京大学法学部卒。2000年、司法修習(53期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2006年、公認会計士登録。2008年、米国University of Illinois - Urbana-Champaign 卒業。米国KPMG LLP (Chicago) Federal Tax勤務。2011年、当事務所パートナー就任。2011年から2013年まで金融庁総務企画局企業開示課に出向。2013年8月、当事務所復帰。
 企業や官庁に出向する弁護士が最近増えていると聞くが、実はかくいう私自身もその一人である。

 これまでに公認会計士登録のため監査法人に2年間勤務し、米国の公認会計士の営業免許を取得するために米国の会計事務所に1年間勤務した経験があるが、さらに2011年7月から昨年の7月までの約2年間にわたり、金融庁総務企画局企業開示課という部署において任期付公務員として勤務する貴重な機会を頂戴した。この企業開示課というのは、私がかねてから興味のある業務分野を取り扱っている部署である。その業務分野とは、開示制度の企画立案、身近な例を挙げれば金融商品取引法に基づく開示書類(典型的には上場会社が作成する有価証券報告書)の中身を決めることである。また、会計制度や公認会計士監査制度に関して責任を負い、さらには公認会計士制度を所管する部署でもある。

 こうした分野に昔から興味があった私は、任期付公務員として企業開示課に所属する弁護士がどのような仕事をしているのか詳しく知りたいと思い、過去に金融庁を訪問したことがあった。多忙な時期にもかかわらず担当部署の責任者の方が親切に説明して下さったのを覚えている。残念ながら、当時は諸事情により任期付公務員に応募するには至らなかった。その後、米国での勤務を終え、現在の事務所に戻ってやっと日本での仕事に慣れてきたかと思った矢先、企業開示課が課内の弁護士を増員する方針となったこともあり、今度は事務所側から任期付公務員に応募してみないかというお話を頂いた。仕事のご縁とは、いつどのような形で舞い降りてくるものか全然予想のつかないものである。最初は悩んだが、一度は行きたいと思った職場である。せっかくのチャンスをみすみす逃す手はない。とはいえ、いざ実際に任期付公務員に応募する段になって、自分に果たして官庁勤務が合うのだろうかと不安がよぎった。

 しかし、結果的にはまったく心配する必要がなかった。法律事務所とは雰囲気が全然違うものの、官庁勤務中は充実した時間を過ごし、多くのことを学べたと思う。

金融庁に勤務する公務員のイメージ

 初めて会った人に職業を尋ねられて、「公務員です。」と答えると、「定時に帰れていいですね。」と言われることが多い。それが一般的な公務員のイメージであろうか。しかし、霞が関の官庁での仕事は(時期によって多少は違うものの)実に激務である。面接を受けた際、帰りの時間は事務所で働いているときとあまり変わらないかもしれませんよ、と言われて驚いた。もちろん毎日というわけではないものの、実際その通りであった。極力終電で帰るように心がけていたが、繁忙期は深夜まで働いた日や休日出勤が必要となる日もあった。官庁に出向した弁護士はだいたい似たような経験をしているようだ。

 また、昨年は、勤務先を尋ねられて、「金融庁です。」と答えると、「ドラマの『半沢直樹』に出てくるような感じですか。」と言われることがあった(私の話し口調のせいではないと思うが。)。確かに、金融庁は金融検査のイメージが強いように思うが、金融庁が所管している業務は幅広い。私が所属した総務企画局は、制度の企画立案機能を担っており、検査とは別の顔である。

金融庁勤務を通して発見したこと

 任期付公務員の経験を通して貴重な発見が数多くあったが、特筆すべきは次の3点である。

 第1に、他の法律事務所に所属している弁護士とチームになって一緒に仕事ができたことである。意外にも、これは極めて実現が難しいことである。他の法律事務所とは基本的に競合関係にあり、一緒に仕事をするときといえば事件の相手方であったり、大きな取引案件で別の取引当事者の代理人(法律顧問)であったりする。依頼者が異なれば擁護する利益も異なるから、他の法律事務所の弁護士と全く同じ方向を向いて仕事をすることはおよそ不可能である。
 しかし、金融庁で一緒に仕事をしている弁護士の間には自然と結束が生まれる。共通の目標意識のもと、毎日同じ部屋で議論を交わし、頻繁に食事を共にしていくうちに自然とチームワークが生まれてくる。他の事務所の弁護士と分担して調査作業をすることや、意見を出し合い、討論して共同で資料を作ることは、普段の弁護士業務では味わえない類の仕事である。また、企業によって企業文化があるように、法律事務所にもそれぞれの文化や価値観がある。その違いを肌で感じることができる場所が官庁であったというのが実に意外である。

 第2に、複数の監査法人の公認会計士と一緒に仕事ができたことである。法律事務所や監査法人の日常の業務では他の監査法人の会計士とチームになって一緒に仕事をすることもまた難しい。私が公認会計士として現在所属の事務所で仕事の依頼を受ける場合の典型は、監査法人の意見と依頼者の意見が対立している場合の調整役だ。監査法人と見解が対立する場合もないわけではない。
 しかし、金融庁で一緒に仕事をしている公認会計士との間には自然と連帯感が生まれる。企業開示課は金商法会計に関して責任を負う部署でもあるため、複数の会計士が各大手監査法人から出向してきている。会計士が担当する業務は国際会計基準対応、監査基準対応、国内の会計制度対応、他の法令規制との調整対応といったかなり多くの領域に影響を及ぼすため、その業務範囲は極めて広く、業務をこなすにあたっては会計士間の連携が強く求められる。加えて、法令解釈が係わる業務においては弁護士との共同作業も必要となる。
 昨今、士業間提携が盛んに議論されるようになったが、私の知る限り、それをいち早く実践している場所の一つが金融庁である。特に、金融庁が所管する金融・証券規制は、この両方の面に配慮しなければ、適切な制度を立案し、秩序と安定を維持することはできない。そういった環境に適応するため、任期付公務員として多くの法律・会計専門家を組織に組み入れている金融庁は非常に柔軟で開かれた組織であるという印象を持った。

 第3に、なにより、行政のプロフェッショナルの人々と仕事ができたということが新鮮であった。官庁の職員は人事異動により2~3年単位で様々な部署を転々とすることが多いため、ジェネラリストタイプが多い。細かい法律や会計に関するインプットが必要である場合、出向者である法律や会計の専門家に調査を依頼し、その調査結果を聞いたうえで必要な政策決定や制度の立案を行う。行政におけるプロの人々は、要点をつかむのが速くていつも驚かされた。彼らは法律・会計専門家とは違う視点から分析するため、自分とは見方が違うなあと思うことはあったが、プロの行政官は、自分たちの意思決定に必要な情報を、私のような出向者を含め、様々な情報源から驚くほどの速さで吸い上げていき、消化し、方針をまとめあげる。企業の経営者にも同様のスキルが求められるのかもしれないが、指揮、情報収集、そして決断ーー、官僚にはこういった能力が求められるということを実感した。もし、その重要な意思決定のお役に立てたのであれば、専門家冥利に尽きる。

 このように、弁護士、会計士、行政のプロの人々、どの人と話していても好奇心がくすぐられる(ついでに言えば、庁内の図書室には法律だけでなく、私の好きな会計や経済、さらには数学の書籍までそろっており、これがまた面白くてたまらない。)。

 庁の幹部の方がよく言っておられた。これからは民間の専門家と官庁の職員が相互補完し合って、お互いを高めつつより高い価値を創造する時代だと。
 私も微力ながら金融行政の価値を高めるお手伝いができたとしたら、これほど光栄なことはない。今後もこの出向経験を生かして自己研鑽に努めていきたい。