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ルック・イーストの親日国、マレーシアの外資参入規制

小山 晋資

 1980年代からの「ルック・イースト」政策で、日本を見習い、発展してきたマレーシア。アジアの親日国で、経済や文化でも日本との関係は深い。日本企業にとっては、イスラム経済圈へのゲートウェイとしての期待も大きい。マレーシアの法律事務所への出向経験のある小山晋資弁護士が、日本企業がマレーシアに進出する際の同国の外資参入規制を含めた留意点を解説する。

 

マレーシア進出の留意点
 外資参入規制と現地会社の運営、最近の法務トピックス

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 小山晋資

はじめに:

小山 晋資(こやま・しゅんすけ)
 2006年慶應義塾大学卒業。2008年9月から西村あさひ法律事務所弁護士(第一東京弁護士会所属)。2012年1月からシンガポール事務所勤務、同年6月から2013年5月までマレーシアの Zaid Ibrahim & Co., a member of ZICOlaw に出向。現在は東京事務所にて、日本企業のマレーシア等への新規進出・事業展開をサポートしている。

 日本は、マレーシアに対する投資国の上位を常に占めており(注1)、投資面での結びつきは強い。人の交流の面でも、マレーシアは、気候や食事の点などから「日本人が住みやすい国」と言われ、マレーシア政府の後押し(注2)もあり、日本人の移住希望先ランキングで1位になることも多い。昨年6月からはマレーシア国民が日本に短期滞在する際のビザが不要になり、マレーシアから日本への人の流れも増えている。

 日本企業の進出という観点からは、最近では、労働力不足や賃金上昇等のため、労働集約的な産業が進出するには難しい面もあるが、マレーシアを消費市場としてとらえる企業や、中東・イスラム経済圏へのゲートウェイやASEAN地域のハブとしてとらえる企業のマレーシアへの進出が増えている。

 本稿では、「そもそも進出できるビジネスなのか」という外資参入規制をふまえて、マレーシアへの進出方法、現地会社のマネジメントと最近話題の法務トピックスを取り上げる。本稿が、マレーシア進出の可否の検討、実際に進出した場合に留意すべき点や日本との違いについての概略把握の一助となれば幸いである。

1 外資参入規制と投資インセンティブ

 マレーシアへの進出を検討する際、法律面でまず確認すべき事項は外資参入規制である。端的に言えば、製造業では100%外資での進出はほぼ可能であるが、サービス業においては近年緩和傾向にあるものの依然として規制が残っている分野がある。

 (1) ブミプトラ出資規制

 マレーシアは、マレー系(約67%)、中国系(約25%)、インド系(7%)(注3)の人々が住む多民族国家であり、1971年の新経済政策(New Economic Policy)では、民族間の経済格差の是正、(マレー系に多い)貧困の撲滅等を目的に、ブミプトラ(マレー系およびその他の先住民)を保護する政策を積極的に採用した。これは「ブミプトラ政策」と総称され、その一環として、主要産業についてブミプトラの出資を30%以上とした。ブミプトラはマレーシア人であるため、ブミプトラ出資規制は外資参入規制としても機能している。なお、ブミプトラ政策は、教育面や就職・雇用面にも及んでおり、学校の入学者や企業が雇用する従業員についてもブミプトラを優遇・保護する施策がとられてきた。

 現地の報道や各種調査によれば、近年では貧困率が低下し(1970年代は40%弱であったが、2012年は1.7%にまで低下(注4))、民族間の経済格差も是正されつつあるようである。このため、政府は、ブミプトラ政策が一定の成果を上げたとし、また外国からの投資を呼び込むために、分野ごとにブミプトラ出資規制および外資規制を徐々に緩和している。

 (2) 外資参入規制(各論)

 <製造業>
 製造業においては法律上の外資参入規制はないが、マレーシア資本か外資かを問わず、株主資本(shareholders’ fund)がRM250万(約8,000万円)以上、またはフルタイムの従業員を75人以上雇用する場合は、国際通商産業省(MITI)(注5)が発行するライセンスが必要となる。ただ、MITIのガイドラインによれば、安全保障、健康、環境や宗教に関するもの等以外は、たとえ外資100%であっても原則としてライセンスは発給されるようである。

 <サービス業>
 サービス業は2009年以降徐々に外資参入規制が緩和されている。同年4月、政府はコンピュータ関連サービス業(コンサルティング、メンテナンス、データ処理等)、健康・社会事業(養護施設による社会福祉サービス等)、観光(高級ホテルやレストラン、テーマパーク等)、貨物運送業、ビジネスサポート(流通センター、経営コンサルティング等)など、サービス業27業種についてブミプトラ出資規制を撤廃し、その後、銀行・保険等の金融業の規制も緩和した。さらに2012年からは病院、建築、宅配サービス、会計・税務・法務等の17種についてもブミプトラ出資規制やその他の規制を段階的に撤廃している。
 しかしながら、サービス業のうち流通取引サービス業については、当局(MDTCC)(注6)によるガイドライン(注7)という形でいまだ規制が強く残っている。同ガイドラインによれば、「流通取引サービス(Distributive Trade)業」には、広く卸売業者、小売業者、フランチャイズ業者、直販業者、仲買人等が含まれ(注8)、流通取引サービス業者には、ブミプトラの取締役を任命し、マネジメントを含む従業員の各レベルにおいてマレーシアの人口構成を反映させることや、地元の空港や港の利用を促進させること等が求められる。個別の業種についての規制もあり、例えば、ハイパーマーケット(注9)を営業するには、最低投資額(注10)RM5,000万(約16億円)の現地法人を設立し、株式の30%以上をブミプトラが保有することが必要となる。なお、他の業種でも高額な最低投資額が定められている(専門店(Specialty Store)でもRM100万(約3,200万円)となっている)。
 また、以下の業種は、外資の参入が禁止されている。

  •  スーパーマーケット、ミニマーケット(売場面積3,000平方メートル未満のもの)
  •  小規模な小売店
  •  コンビニエンスストア(24時間営業のもの)
  •  新聞販売店、雑貨店
  •  薬局(伝統的な薬や乾燥食品を扱うもの)
  •  ガソリンスタンド
  •  常設の生鮮市場や歩道店舗
  •  国家戦略的利益に関連する事業
  •  生地商店、レストラン(高級レストランはガイドラインの対象外)、宝石店 等

 コンビニエンスストアについては、クアラルンプール市内には日本で見慣れたロゴを掲げる店舗があるものの、日本からの出資はなく現地企業によるものである。

 <その他の業種>
 石油、水・電気、通信・メディア、物流業等および国家的権益にかかわる業種(防衛、保安など)は個別の法律等による規制がある。

 <最低資本金規制>
 会社法上の最低資本金はないものの、上記のように当局が最低資本金や最低投資額を定めるケースや、日本人駐在員の就労ビザの発給のために資本金を積み増すことを求められることがある。

 (3) 投資インセンティブ

 上記の外資参入規制とは対照的に、国の経済の発展に大きく貢献すると考えられる業種には、資本規制の緩和のみならず、税金の控除、外国人労働者の就労ビザの発給要件の緩和等の優遇措置がある。投資インセンティブを管轄するのは、マレーシア投資開発庁(MIDA)であり、東京にも事務所がある。マレーシアに進出しようとする業種やビジネスの内容によっては、各種のメリットを享受できるため、相談することをおすすめする(筆者が関与した案件でも、日本企業の担当者がMIDAを訪問したところ、税金の控除等の各種インセンティブを提示されたとのことであった)。

 <投資インセンティブの概要>
 主な投資インセンティブは、パイオニア・ステータスと投資税額控除である。
 パイオニア・ステータスは、政府が推奨する一定の事業を行う会社および一定の製品を製造する会社に与えられる優遇措置であり、具体的には、生産日(生産レベルが生産能力の30%に到達した日)から5年間、法定所得の70%が免税となる(なお、法定所得とは、総所得から収益支出および資本控除を控除した額をいう)。
 他方、投資税額控除を認められた会社は、最初に適格資本的支出(認可されたプロジェクトで使用される工場やプラント、その他機械等に対する資本的支出等をいう)が発生した日から5年間に発生した適格資本的支出の60%に相当する控除が得られる。

 <投資インセンティブを受けられるビジネス>
 以下のようなビジネス・製品が投資インセンティブを受けられる(表1参照)。

 表1:奨励事業と奨励製品(一般リスト)

  1.   農業生産
  2.   農業製品の加工
  3.   ゴム製品の製造
  4.   パーム油製品およびその派生製品の製造
  5.   化学製品および石油化学製品の製造
  6.   医薬品および医薬関連製品の製造
  7.   木材製品の製造
  8.   パルプ、紙、板紙の製造
  9.   ケナフ麻製品(kenaf-based products)の製造
  10.   繊維および繊維製品の製造
  11.   粘土製品、砂製品、その他非金属鉱物製品の製造
  12.   鉄鋼の製造
  13.   非鉄金属および非鉄金属製品の製造
  14.   機械および機械コンポーネントの製造
  15.   製品やサービスのサポート業(鋳造、鍛造、表面加工等)
  16.   電気・電子製品、コンポーネント、部品の製造および関連サービス
  17.   専門家用、医療用、科学用、計測用の機器および部品の製造
  18.   プラスチック製品の製造
  19.   保護用の機械および装置の製造
  20.   その他関連サービス(ロジスティックサービス、低温流通設備、環境マネジメント、産業デザインサービス等)
  21.   ホテル業および観光業
  22.   その他(スポーツグッズ、貴金属の宝飾品類、アクセサリ、生分解性の使い捨て包装用品および家庭用品)

 出典:MIDAホームページ

 さらに、マレーシアを拠点に研究開発を行う企業や最先端技術分野に従事するハイテク企業、マレーシアの拠点を地域内のグループ会社の統括拠点や、財務や流通の拠点とする場合には、免税範囲の拡大や免税期間の延長、外国人ポストや為替管理でのさらなる優遇措置が受けられる。

2 マレーシアへの進出①:既存会社の株式取得

 マレーシアへの進出方法としては、大きく分けて、①既存のマレーシア法人の株式を買う方法と、②新規で会社を設立する方法がある。筆者の経験上は、外資規制のない業種では外国資本100%の会社を新規に設立して進出する例が多いように思われるが、現地のネットワーク(特に人脈)を活用したいケースでは既存の会社に出資するケースやオーナー株主から株式を買うケースなどもよくある。

 なお、公開会社(マレーシアの証券取引所に上場しているか否かを問わない。公開会社と上場会社の区別については下記3. (1)を参照)やマレーシアの証券取引所に上場している外国会社等の株式を買う際には、公開買付けが義務づけられることもある。公開買付けには義務的なものと任意のものがあるなど、日本と異なる点が多いため、これらの会社の株式を買う際には注意が必要である。

3 マレーシアへの進出②:会社の新規設立

 (1) 会社の種類の選択

 マレーシアの会社は、株主の責任の形態および株式の譲渡性の有無等により、以下の表2および表3のとおり区分される。

 通常、日本企業の進出時には、株式有限責任会社が選択され、また非公開会社となるような定款の定めを置くことがほとんどである。

 表2:会社の種類(株主の責任形態による区分)

会社の種類株式有限責任会社保証有限責任会社無限責任会社
定義 株主の責任を引受株式の未払込額がもしあればその額に限定するとの原則により設立される会社 株主の責任を会社清算時において株主それぞれが引き受けた額に限定するとの原則により設立される会社 定款において、株主の責任の限定がない会社
株主の責任 株主は、引受株式につき全額を払い込んでいれば、それを超える責任を負わない。 株主は設立時に出資することはないが、清算時にそれぞれが引き受けた額の出資を行う。 株主の責任に限定はない(無限責任を負う)。

 

 表3:会社の種類(株式の譲渡性等による区分)

会社の種類非公開会社公開会社
定義 定款において、以下の事項を規定している会社
① 株式の譲渡を制限
② 株主の数を50人以下に制限
③ 株式および社債(debenture)の公募を禁止
④ 会社への金銭の預託の公募を禁止
非公開会社以外すべて

※ 公開会社・非公開会社の区別は、上場の有無ではない点に留意が必要である。

 (2) 会社の名称使用許可申請

 以下では、多くの日本企業が選択する非公開の株式有限責任会社を例に説明する。

 まず、設立予定会社の名称を使用することができるかをマレーシア会社登記所(Companies Commission Malaysia:CCM、なおマレー語ではSSM)に照会する。オンラインでの申請後、半日から1日で結果を受領できるようである。

 名称が使用可能である場合、当該名称は3ヶ月間、申請者のために保持される。

 名称には各種の制限があるが、株式有限責任会社は、会社名の末尾にマレー語で有限責任会社を意味する”Berhad”またはその略称である”Bhd.”を付けなければならず、また非公開の株式有限責任会社の場合には、マレー語で非公開を意味する”Sendirian”を、”Berhad”の前に付けなければならない(会社名の末尾が”Sendirian Berhad”またはその略称である”Sdn. Bhd.”となる)。また、王室や政府、政府機関を連想させる名称等は禁止され、略称は一般には認められないが、”Malaysia”の意味である”(M)”との略称は実務上許容されている。

 (3) 会社設立のための準備:人員確保

 <設立時株主>
 会社法上、設立時株主が2名必要である。日本企業がマレーシア現地法人を100%子会社とする場合には、実務上2名の個人が発起人となってそれぞれRM1(約32円)の株式を引き受けて会社を設立し、日本企業が同人から株式の譲渡を受けることが多い。

 <取締役(設立時取締役)>
 取締役は2名以上必要となる。外国人2名が取締役となることも法律上可能であるが、取締役のうち最低2名は、マレーシアが「主要な、または唯一の」居住地であることが必要になる(居住性要件)。
 進出初期の段階では、取締役として適任でありかつ居住性要件をみたす人員を確保することが困難な企業もあるようであり、カンパニーセクレタリー業務提供会社やコンサルティング会社等からノミニー取締役を派遣してもらう例もある(注11)
 なお、取締役に就任すると、会社の「役員」(officer)となり、忠実義務等の責任を負うこととなる。

 <カンパニーセクレタリー(会社秘書役)>
 1名以上のカンパニーセクレタリーが必要となる。「秘書」という語感からはサポート的な業務を想定されることがあるが、実際は会社の運営に関するペーパーワークを司る重要なポストであり、法律上は取締役と同様に会社の「役員」となる。実際の業務は、当局に提出する書類の準備・提出や、株主総会や取締役会の議事録の管理、招集通知の発送などである。
 カンパニーセクレタリーは、1名以上が居住性要件をみたすことが必要であり、その他の資格要件もあることから、実際には、カンパニーセクレタリー業務を代行する業者(法律事務所、会計事務所、コンサルティング会社等)に委託する例も見られる。

 <監査役>
 会計記録等を監査し、監査報告等を行う監査役が1名以上必要になる。監査役は法人でも個人でもよく、マレーシアに進出する日本企業においては、現地にある会計事務所を監査役としている例が多い。

 (4) 会社設立のための準備:書類の作成

 マレーシアの会社には、以下の2種類の定款がある。

  1.  会社の目的、名称等を記載した「会社の根本規定」としての基本定款(Memorandum of Association, 通称”M&A”)
  2.  「会社の内部規則」としての付属定款(Articles of Association, 通称”A&A”)

 付属定款については、会社法の別紙4(Fourth Schedule, 通称”Table A”)に雛形があり、多くの会社はこの雛形を採用しつつ、必要に応じて適宜修正をしている。

 (5) 設立手続

 役員等の人員を確保し、定款のドラフトや役員による宣誓書等をCCMに提出すると、設立証明書を受け取ることができ、この時点で会社としての活動が可能になる。

 上記の会社設立手続は、準備段階から起算すると、1~2ヶ月程度かかるようである。

4 マレーシア現地会社の運営

 会社を日々運営するに際して留意すべき事項を、筆者の経験上、日本企業の方から問い合わせの多い点を中心に取り上げていく。

 (1) 株主総会

 <開催方法>
 通常は取締役会が招集するが、議決権の10%以上を有する株主は取締役会に対して臨時株主総会の開催を請求することができ、取締役会が開催を決定しない場合は、株主自ら開催することができる。
 定足数は、Table A(付属定款の雛形)においては2名とされているが、変更している企業も多い。
 年次株主総会の頻度については、年1回かつ前回の年次株主総会から15ヶ月以内という制限がある。

 <決議事項・決議方法>
 決議には普通決議と特別決議があり、会社法上の主な決議事項は以下のとおりである(表4参照)。

 表4:株主総会の決議の種類と決議事項

決議の種類普通決議(ordinary resolution)特別決議(special resolution)
決議要件 出席し、決議に参加できる株主の過半数の賛成 出席し、決議に参加できる株主の3/4以上の賛成
決議事項 (特別決議事項以外すべて) 株式の譲渡制限の変更、社名変更、基本定款に記載した会社の目的の変更、付属定款の変更、減資、清算等

 なお、特別決議の場合には、原則として、特別決議を行う旨を記載した招集通知を、株主総会の21日以上前に行うことが必要となる。

 (2) 取締役会

 取締役会は業務執行機関と位置づけられており、日常の取引行為を行う権限は取締役会から個々の取締役に委任されることが多い。取締役に関する法律の規定は少なく、個々の取締役の権限や取締役会の運営については、通常、付属定款に記載されている。例えば「マネージングディレクター(MD)」という名称を用いている場合でも、具体的な権限は付属定款を確認することが必要になる。

 Table Aにおいて取締役会の定足数は2名とされ、取締役会の決議は過半数の賛成によるものとされるが、いずれも変更可能である。

 定款に記載すれば書面決議も可能である。Table Aにおいては全取締役の署名が必要となっているが、2名以上の取締役の署名で足りるとするなど、要件を緩和している例が多いように思われる。また、定款に記載すれば、電話会議の方法で取締役会を開催することも可能である。

 なお、取締役会の議事録は議長が署名するものとされる。

 (3) 取締役

 上記3.(3) のとおり、会社の設立時に取締役は2名以上必要であり、また最低2名が居住性要件をみたすことが必要である。

 日本にない制度として、”Alternative Director”というものがある。これは、取締役が取締役会に出席できず、取締役としての責任を果たせない場合に備え、当該取締役に代わり取締役としての執務をする者をいう。実際の例では、日本法人の担当部長をマレーシア現地法人の取締役としつつ、当該取締役が現地駐在員をAlternative Directorに任命しておき、担当部長(現地法人の取締役)が病気や急用で取締役会に出られない場合や取締役としての職務を果たせない場合に、当該駐在員が取締役として執務するケースがあるようである。

5 最近の法務トピックス

 最後に、マレーシアでビジネスをする上で留意すべき最近の法務トピックスを取り上げる。

 (1) 個人情報保護法

 マレーシアには長らく個人情報の保護に関する統一的な法律はなく、個人についての情報が売買される状況もあったようであるが、2010年6月に個人情報保護法(Personal Data Protection Act 2010)が制定された。ただ、施行日は、国内世論の影響や業界からの声をふまえてたびたび延期され、2013年11月にようやく施行された。

 対象となる「個人情報」は、以下の要件をみたすものである。

 ① 商取引に関する情報であること

 ② 自動的に処理される機械・装置により、その全部または一部が処理されるもの、もしくは処理されるために記録されたものであること、または個人に関する情報で一定のファイリングシステムに記録されたもしくは記録されるものであること

 ③ 当該情報が、直接または間接に、当該情報または情報利用者の保有する他の情報から識別される人物(本人)に関するものであること

 ここでは、①の「商取引に関する情報であること」という限定がなされている点が特徴的である。

 個人情報に該当すると、本人の同意なくして個人情報の処理ができない、本人に対して「個人情報が処理されていること」や処理目的等を通知しなければならないなどの規制が及ぶことになる。なお、心身の健康状態や政治的意見、宗教上の信念等は「センシティブ個人情報」としてさらに慎重な対応が法律上求められている。

 日本企業の現地子会社においては、個人情報を含む顧客情報を日本の本社やシンガポール・香港等の地域統括拠点と共有するケースもあると考えられるが、現状、マレーシア国外への個人情報の移転は原則として禁止されており、本人の同意を取得するなどの対応が必要になっている。

 (2) 競争法

 2012年から競争法(Competition Act 2010)が施行されており、①反競争的な合意や②支配的地位の濫用が禁止されている。なお、現状、企業結合に関する規定はない。

 規制の対象は「事業者」(enterprise)とされ、「商品やサービスに関連する商業的活動を行う事業体(entity)」と定義されている。外国の事業者がマレーシア国外で行う商業的活動であっても、マレーシア市場における競争に影響を与える場合には同法が適用されるので注意が必要である(注12)

 (3) 贈収賄規制

 東南アジア地域でビジネスをする際に頭を悩ませる問題の一つが汚職・贈収賄である。マレーシアは1人当たりGDPが10,000ドルを超え「中進国」に入るとされるが、残念ながら贈収賄はまだ根強く残っており、腐敗・汚職に対して取り組む国際的な非政府組織であるTransparency Internationalの調査によれば、マレーシアは53位(スコアは50/100)となっている(表5参照。この調査ではスコアが高いほど、クリーンであること(腐敗度が低いこと)を示す(注13))。

 表5:腐敗認識指数(2013年)

順位国名スコア
5 シンガポール 86
18 日本 74
46 韓国 55
53 マレーシア 50
80 中国 40
102 タイ 35
116 ベトナム 31
160 カンボジア 20

出典:Transparency Internationalのホームページ(注14)

 贈収賄の規制法として、2009年汚職防止委員会法(Malaysian Anti-Corruption Commission Act 2009)がある。同法は、公務員(外国公務員を含む)に対する賄賂に加え、民間同士の贈収賄(いわゆる商業賄賂)も規制している。具体的には、ある取引や行為に関して、ある人に一定の行為をさせることまたはさせないことの誘因または見返りとして、不正に、本人または第三者のために、「贈与」を勧誘し、受取り、受け取ることを約束し、または申込み、供与し、もしくは供与することを約束したときは、犯罪となる。

 同法における「贈与」(gratification)には、金銭や物、債務免除やその他金銭的な利益のみならず、職位や地位、権利・権限の行使・不行使、手続きの便益等、あらゆるサービスや便宜供与が含まれる。

 同法に違反した場合、20年以下の禁固刑、および問題となった賄賂の価額の5倍を超えない金額(または1万リンギット(約32万円)の高い方の金額)の罰金となる。また、当局のホームページに氏名や事件の概要が公表されることもある。

 (4) TPP(環太平洋パートナーシップ協定)

 マレーシアはTPPの交渉に参加しており、TPPは投資や貿易の自由化を推し進めるものとされる(注15)

 ただ、石油などの主要産業においては、国有企業が市場をリードし、これらの国有企業が国全体の経済発展を牽引してきた面もある。TPPに参加した場合に、国有企業が牽引する経済体制はどのように影響を受けるのか、また外資規制・ブミプトラ出資規制を今後も維持できるのかといった点は、TPPの交渉の推移・内容とともに注視していく必要がある。

6 小括

 マレーシアは、安価な労働力があるわけでもなく、また消費市場としても国単体で見るとそれほど大きくはない。しかしながら、比較的整備されたインフラをベースに、ビジネスをするには良好な環境が整っており、東南アジア地域全体をカバーする拠点や、中東・イスラム経済圏へのゲートウェイとしては魅力的な進出先であり、今後も進出を検討する企業は増えていくものと思われる。

 ▽注1:製造

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