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金融商品取引法の緊急差止命令の積極活用、4年で11件

大野 憲太郎

 金融商品取引法は、顧客資産の喪失など緊急を要するケースでは投資家保護のため、裁判所が業者に対して業務の禁止・停止を命令できると定めている。証券取引等監視委員会は2010年度からこの制度を使い、無登録のまま国内の顧客から計約100億円を集め運用していた東京の資産運用コンサルタント会社の業務停止を申し立てるなど各地の裁判所にこれまで11件を申立てている。大野憲太郎弁護士は、申立て事例を詳細に分析し、損失補てんをはじめ不公正な金融商品取引全般に緊急差止命令の活用が可能だとし、制度の一層の積極活用を期待する。

 

 金商法に基づく緊急差止命令の活用状況

西村あさひ法律事務所
弁護士 大野 憲太郎

■ はじめに

大野 憲太郎(おおの・けんたろう)
 2003年東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。2004年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。2006年東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻(法科大学院)修了。2008年弁護士登録。
 金融商品取引法(金商法)192条は、緊急の必要があり、かつ、公益及び投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、裁判所は、本法又は本法に基づく命令に違反する行為を行い又は行おうとする者に対して、その行為の禁止又は停止を命ずることができる旨規定する。

 当該制度は、英米法におけるインジャンクション(injunction)を参考に、証券取引法が制定された昭和23年時点から設けられていたものの、長期にわたり、全く利用されていなかった。しかしながら、金融庁長官らに限定されていた申立権者を平成20年金商法改正において証券取引等監視委員会に拡大し(金商法194条の7第4項)、さらには、平成22年改正においては財務局長等に拡大したことに加え(金商法194条の7第7項、同法施行令44条の5第5項第6項)、本条に基づく命令違反に対する罰則の適用に関し(金商法198条8号)、両罰規定が設けられた(金商法207条1項3号)ことにより、平成22年11月には、証券取引等監視委員会により金商法192条に基づく申立てが初めて行われるに至り、平成26年8月末現在では、合計11件の申立て事例がある(証券取引等監視委員会ホームページ参照)。

■ 類型別の整理

 証券取引等監視委員会が申立てを行った11件を整理すると、(1)無登録業事案(8件)、(2)行為規制違反事案(2件)、及び(3)無届募集事案(1件)に大別できる。以下、順に検討する。

 (1) 無登録業事案

 金融商品取引業は、内閣総理大臣の登録を受けた者でなければ、行うことができない(金商法29条)。金商法29条所定の登録を受けずに金融商品取引業を行った無登録業者に対して緊急差止命令が申し立てられた事例は、これまで8件あり、うち4件は適格機関投資家等特例業務届出は行っているが、適格機関投資家特例業務の範囲を逸脱して業務を行ったものである。

 そもそも、無登録業事案としては、(i)金商法29条所定の登録を受けておらず、適格機関投資家等特例業務届出も行っていない者が、金融商品取引業を行った場合、(ii)金商法29条所定の登録は受けていないが、適格機関投資家等特例業務届出をした者が、適格機関投資家等特例業務の範囲を逸脱して業務を行った場合、及び、(iii)金商法29条所定の登録を受けている者が、その登録を受けた業務の種別以外の業務を行った場合(例えば、投資助言・代理業のみの登録を受けている者が、第二種金融商品取引業を行った場合)の3種類が考えられる。

 このうち、(i)及び(ii)の類型については、金融庁において、無登録で金融商品取引業を行っているおそれが認められ、故意性・悪質性が認められる等投資者保護上必要と認められる場合には、捜査当局に連絡するとともに、当該行為を直ちに取り止めるよう警告し、ホームページ上で公表を行うよう努めることとされており(金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針Ⅱ-1-1(7))、実際に警告が出された例もある。しかしながら、金商法29条所定の登録を受けていない以上、「金融商品取引業者」(金商法2条9項)には該当せず、業務停止命令(金商法52条)や業務改善命令(金商法51条)等の行政処分をすることもできない(なお、適格機関投資家等特例業務届出を行っている場合、金商法63条4項により、金商法38条及び39条は適用されるが、金商法51条及び52条は適用がない。したがって、適格機関投資家等特例業務届を行っている者に対して、業務停止命令や業務改善命令等の行政処分を行うことは、やはりできない)。すなわち、これらの類型は、行政処分を行うことができず、緊急差止命令の申立てのほか、行政庁が執り得る実効性のある手段が存在しないものと考えられる。

 他方、(iii)の類型については、業務停止命令(金商法52条)や業務改善命令(金商法51条)等の行政処分が可能であり、実際に行政処分が行われる事例も多い。なお、これら行政処分を行うには、原則として聴聞が必要であり(金商法57条2項)、適正な行政手続を履践する必要が存することはいうまでもないが、証券取引等監視委員会が金融庁に対して行政処分を行うよう勧告を行った当日に行政処分が行われた事例も存在する等、運用にあたっては、迅速性も重視されている。従って、(iii)の類型について、緊急差止命令の申立てがなされた事例がないのは、行政処分を行うことにより、十分な成果をあげられているからではないかと推測される。

 (2) 行為規制違反事案

 金商法は、金融商品取引業者等の行為規制を定めているところ、適格機関投資家等特例業務届出者が適格機関投資家等特例業務を行う場合においては、金融商品取引業者の行為規制に関する規定のうち、金商法38条1号(虚偽告知の禁止)及び金商法39条(損失補てん等の禁止)の規定が適用される(金商法63条4項)。行為規制違反に関する事例としては、適格機関投資家等特例業務届出者が、顧客に対し虚偽の行為を告げることを禁止する旨の緊急差止命令を申し立てたものが2件ある。

 金商法29条所定の登録は受けていないが、適格機関投資家等特例業務届出をした者に対しては、一定の行為規制が適用されるものの、上記(1)で述べたとおり、業務停止命令(金商法52条)や業務改善命令(金商法51条)等の行政処分をすることはできない。そこで、適格機関投資家等特例業務届出者については、当該行為規制の実効性確保の観点から、緊急差止命令の申立てが有効な手段となり得る。なお、現在のところ、かかる類型で緊急差止命令が発令された実例としては、虚偽告知の禁止違反に関する事例しか見当たらないが、損失補てん等の禁止についても当然に緊急差止命令の対象となり得るものと考えられる。

 一方、より厳格な行為規制が課せられている金融商品取引業者の行為規制違反については、緊急差止命令が申し立てられたことはない。これは、業務停止命令(金商法52条)や業務改善命令(金商法51条)等の行政処分が可能であり、それらが十分な成果をあげているからではないかと推測される。

 (3) 無届募集事案

 有価証券の募集又は売出しに際して、発行者は、原則として有価証券届出書を提出しなければならず(金商法4条1項)、当該届出の効力が生じる前において、募集又は売出しにより他の者に当該有価証券を取得させ、又は売りつけることは禁止されている(金商法15条1項)。有価証券届出書を提出せずに有価証券の募集を行うこと等を禁止する旨の緊急差止命令が申し立てられた事例は、1件ある。

 この点、財務局長等は、有価証券届出書の内容に不足や虚偽がある場合には訂正届出書の提出を求めるとともに、届出の効力を停止することができる(金商法10条1項)ものの、そもそも届出をしていない者に対して有価証券届出書の提出を求める権限はない。したがって、有価証券届出書を提出しない者に対しては、緊急差止命令の申立てのほか、行政庁が執り得る実効性のある手段がないものと考えられる。

 もっとも、無届募集事案については、課徴金納付命令の対象であり(金商法172条1項)、刑事罰の対象でもある(金商法197条の2第1号)。しかしながら、これら事後的なサンクションが予定されているからといって、事前に差し止める必要性が失われるものではなかろう。

■ 必要性の要件

 上記の整理のとおり、緊急差止命令の申立てがなされた10件は、いずれについても、行政処分等、行政庁が執り得る実効性のある手段が存在しない事例である。では、緊急差止命令が出されるのは、行政庁が執り得る実効性のある手段が他にない事例に限られるのだろうか。

 これは、いわゆる必要性の要件の解釈の問題である。裁判所が緊急差止命令を出すためには、①緊急の必要があること、及び②公益及び投資者保護のため必要かつ適当であることの要件を満たす必要があるところ、裁判例においては、①と②とを厳密に区別することなく、一括して必要性の要件として判断されている。

 この必要性の要件に関しては、必要性の要件が満たされるのは当該違反行為を裁判所の命令により差し止める以外に十分な手段が存在しない場合に限定され、行政庁が自ら行政処分により当該違反行為を停止させることができる場合には、必要性の要件は満たされないとする見解が有力である。公刊された判例集に掲載されている2件(いずれも無登録業事案)をみると、いずれにおいても、命令の対象者が登録された金融商品取引業者でないことから、行政処分により違反行為を停止させることができず、緊急差止命令以外には必ずしも十分な手段が存在しないことが、必要性の要件を満たす理由の一つとされている。これに対して、緊急差止命令は、何人に対しても適用されることを予定されている制度であるにもかかわらず、登録された金融商品取引業者を一律に排除するような解釈は疑問であるとの反対論も強い。必要性の要件の判断に当たっては、当該違反行為が重大な違法性を有するか否か、故意の程度、違法性の認識、緊急差止命令が発令された場合に与える影響等を総合的に考慮すべきであって、行政処分が可能であるとの事情のみによって、必要性の要件を欠くと判断するのは、余りに画一的に過ぎるように思われる。

 しかしながら、証券取引等監視委員会等、申立権者の立場で考えると、行政効率の面から考えて、自ら行政処分が行うことができる場合に、行政処分を選択せず、あえて緊急差止命令の申立てを行うという事態は、行政処分を選択しても実効性がないことが明白である等、例外的な場合に限られるであろう。そうすると、いずれの立場にたっても、個別の事案についての結論は変わらないように思われる。

■ 対象者

 緊急差止命令の対象者は、「この法律〔引用注:金商法〕又はこの法律に基づく命令に違反する行為を行い、又は行おうとする者」である。法人が金商法違反行為を行った場合、当該法人の役職員等のうち、当該違反行為を実際に行った者や、指示・監督を行った者については、金商法違反行為を自ら行ったものと評価できるので、当該法人に加えて、これらの者も緊急差止命令の対象とすることが可能である。実際にどの範囲の者に対して緊急差止命令を発令するかは個別の事案によるが、法人の役職員等については、法人のみを対象とした場合、当該法人において違反行為を実際に行った者等が別法人を設立して違反行為を継続した場合に、当該別法人には緊急差止命令の効果を及ぼすことはできないことから、その者によって違反行為が繰り返される蓋然性等を勘案して、その者も緊急差止命令の対象に含めるか否かが決定されることになる。

 これまでの事例についてみると、①無登録業事案の事例については、いずれも金融商品取引業の登録を受けるべき会社だけでなく、有価証券の取得の申込みの勧誘を指示した者(具体的には、その会社の代表取締役、前代表取締役)や実際に行った者(具体的には、その会社の取締役、従業員、その会社から委託を受けて有価証券の取得の申込みの勧誘を行った者)等も申立ての対象となっている。また、②行為規制違反事案の事例については、適格機関投資家等特例業務届出者だけでなく、金融商品取引契約の締結の勧誘を指示した者(具体的には、代表取締役、前代表取締役)も申立ての対象となっている。一方、③無届募集事案については、無届募集を行った会社のみが申立ての対象となっている。

 なお、裁判所の決定においては、申立ての対象となっていた会社に対して破産手続開始決定が発令され、同社財産の管理処分権が破産管財人に移行したことにより、金商法違反行為が継続するおそれがないとして申立てが取り下げられた1件(無登録業事案)を除き、いずれの事例においても、申し立てられた対象者全てに命令が下されている。

 では、具体的に裁判所はどのように対象者への該当性を認定しているのであろうか。まず、「行い」に該当する者については、文理上、過去に違反行為を行った者と解することも、現在違反行為を行っている者と解することも可能であるが、公刊された判例集に掲載されている2件(いずれも無登録業事案)をみると、金融商品取引業の登録を受けずに株式等の取得の斡旋・勧誘等を業として行ったとして申立てがなされた事案(東京地決平成22年11月26日金融・商事判例1357号28頁)においては、第一種金融商品取引業に該当する株式等の取得の斡旋・勧誘を行ったことから、「無登録業を行う者に該当する」と判断されている。また、適格機関投資家特例業務届出者ではあるものの、金融商品取引業の登録を受けずに、合計20本の組合契約に基づく権利の私募を行い、その出資金を外国為替証拠金取引により運用していたとして申立てがなされた事案(札幌地決平成23年5月13日判例タイムズ1362号203頁)においては、適格機関投資家等特例業務の範囲を逸脱して第二種金融商品取引業に該当する勧誘行為を行ったことから、「無登録業を行う者に該当する」と判断し、適格機関投資家等特例業務の範囲を逸脱して投資運用業を行ったことについても、「所定の登録(投資運用業)を受けずに行った」として、「無登録業を行う者に該当する」と判断されている。したがって、これら決定からすると、裁判所は、過去の行為をもって「行う者」に該当すると判断していると考えられる。

 一方、「行おうとする者」については、違反行為をしようとする意思が具体的行動によって外部に発現され、客観的に認知できる状態に至ることを要するとの見解が有力であるところ、公刊された判例集に掲載されている2件においては、「関東財務局からの警告を受けた後も同様の行為を続けていたこと」(前掲東京地決平成22年11月26日)、「金融庁等からのモニタリング調査に対しても、虚偽の報告をして」いること、「今後も・・・会社の従業員の増員を検討し」、新たな募集を企画していたこと(前掲札幌地決平成23年5月13日)等の事実認定に基づき、「行おうとする者」に該当するとの判断がなされている。

■ 禁止又は停止の対象とすることができる行為の範囲

 公刊された判例集に掲載されている2件においては、「行い、又は行おうとする」と認定された違反行為と、禁止又は停止の対象となる行為の範囲は一致している。この点、仮に厳密に一致する範囲でしか禁止又は停止できないとすると、容易に緊急差止命令を回避して別の違反行為を行うことが可能となってしまうことから、解釈上は、「行い、又は行おうとする」違反行為よりも広い範囲の行為を含めることができると考えるべきであろう。しかしながら、実務上は、「行い」に該当する者の認定において、実際に行った違法行為を認定した上で、「行おうとする者」の認定において、それよりも広い範囲の違反行為について認定し得ることからすると、一致する範囲でしか禁止又は停止ができないとしても、特段の支障はないように思われる。

■ 終わりに

 緊急差止命令の申立ては、平成22年11月以来、毎年度1~3件ではあるが、これまで合計11件行われている。証券取引等監視委員会では、緊急差止命令の申立ての積極活用が検討されており、平成26年1月21日付け証券取引等監視委員会による活動方針の「重点施策」において、また、平成26年2月作成のパンフレットにおいても、「無登録業者によるファンドの販売等には、・・・裁判所への禁止・停止命令の申立て(金商法192条)の権限を積極的に活用し対応していきます」とあり、今後も本制度の更なる活用が期待される。

 現状は、(1)無登録業事案、(2)行為規制違反事案、及び(3)無届募集事案の事例の

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