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証券訴訟において損害から控除されるべき「他事情値下り」とは

八木 浩史

 有価証券報告書の虚偽記載で株価が下落し損害を被った投資家が株式発行会社に損害賠償を求めた証券訴訟でポイントとなるのが、虚偽記載公表が原因ではない株価下落分を裁判所がどこまで認定するか、だ。八木浩史弁護士が、西武鉄道、ライブドア、アーバンコーポレイションの各事件の証券訴訟の最高裁判決を紹介し、虚偽記載と損害の因果関係に対する裁判所の考え方などを考察する。

 

証券訴訟において損害から控除されるべき「他事情値下り」について
 ~近時の最高裁判決を踏まえて~

西村あさひ法律事務所
弁護士 八木 浩史

1 はじめに

八木 浩史(やぎ・ひろし)
 2004年東京大学法学部卒業、2006年慶応義塾大学法科大学院修了、2007年弁護士 登録。企業不祥事等の危機管理案件、訴訟その他一般企業法務に従事。
 有価証券報告書等に重要な事項に関する虚偽記載(以下、単に「虚偽記載」という。)を行ったとして課徴金を課される事例は毎年、10件前後ある(注1)。課徴金は課されなかったものの、過年度決算訂正が行われる事例も多数ある(ただし、過年度決算訂正が行われたからといって、虚偽記載があったということには必ずしもならない。また、虚偽記載を行ったとして課徴金が課された場合でも、事後的に虚偽記載はなかったとされる可能性もある)。
 このような事例においては、潜在的には、虚偽記載や過年度決算訂正を行った会社(以下、過年度決算訂正のみを行った会社については直接言及しないが、過年度決算訂正のみを行った会社にも同様の話は当てはまりうる)は、証券訴訟(注2)が提起され、多額の損害賠償を請求されるおそれがある。また、虚偽記載を行った会社の株式を保有している(保有していた)投資家は、虚偽記載を行った会社に対して証券訴訟を提訴すべきか否かの判断を迫られることがある。なお、証券訴訟に関する一般的な説明については、2011年6月1日付けの本誌「虚偽記載の責任 急増する証券訴訟、企業情報開示で」において解説されている。
 そのため、虚偽記載が行われたことを前提にした場合、証券訴訟における具体的な賠償額を予想することが、虚偽記載を行った会社、損害賠償請求を行う投資家双方にとって、重要な問題になる。例えば、虚偽記載を行った会社にとっては賠償額によっては業績に重大な影響を与えるおそれがある。また、投資家にとっても(往々にして証券訴訟は長期化することが多いため)訴訟費用等に見合うだけの賠償額を得られるかが関心事となる(例えば、投資家が会社であった場合には、証券訴訟を提訴しないことが善管注意義務違反を構成するおそれがある)。
 このようなことから、具体的な賠償額がどうなるか、あるいは損害額から控除される、虚偽記載によって生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情(以下、虚偽記載によって生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情による値下りを「他事情値下り」という。)の有無をどのように考えるべきかが実務上重要になる。

 近時、上記の点に関して、実務に重要な影響を与えると思われる最高裁判決(西武鉄道事件、ライブドア事件及びアーバンコーポレイション事件の各最高裁判決)が相次いで出た。そこで、本稿では、これらの最高裁判決の内容を紹介した上で、実務に与えるであろう影響等について、考察することとしたい。なお、これらの最高裁判決が出る以前の、証券訴訟における損害額算定等については、2011年7月27日付けの本誌「証券訴訟の損害額算定の傾向とその問題点 ~裁判所の裁量は広く認められるべきものなのか?~」において解説されている。

2  3つの最高裁判決

 以下、西武鉄道事件、ライブドア事件及びアーバンコーポレイション事件の最高裁判決のうち、本稿と関係すると思われる箇所を紹介する。

 (1) 西武鉄道事件(平成23年9月13日)

 ア 虚偽記載の内容

 西武鉄道は、昭和32年3月期から平成16年3月期までの有価証券報告書等において、コクドが所有する西武鉄道株の数につき、コクド名義で所有する株式の数のみ記載し、コクドが他人名義で所有する株式の数を記載しなかった。また、コクドが自己又は他人名義で所有する株式数を合わせれば、コクドが西武鉄道の発行済株式総数の過半数を有する会社であったにもかかわらず、その旨の記載もしなかった。

 イ 虚偽記載の公表に至るまでの経緯等

 東京証券取引所においては、遅くとも昭和57年10月1日から平成16年まで、少数特定者持株数(所有株式数の多い順に10名の株主が所有する株式及び役員が所有する株式等の総数)が上場株式数の80%を超えている場合において、1年以内に80%以下とならないとき(少数特定者持株数基準)等を上場廃止事由として定めていた。
 西武鉄道の少数特定者持株数は、上場廃止事由として少数特定者持株数基準が定められた昭和57年10月1日から平成16年3月末まで、継続して上場株式数の80%を超えていた。しかしながら、上記虚偽記載のため、その間の有価証券報告書上は、西武鉄道の少数特定者持株数は、常に上場株式数の80%以下にとどまっていた。
 西武鉄道は、平成16年10月13日、コクド等の所有する西武鉄道株の数等を訂正する訂正報告書を提出し、虚偽記載を公表した。同日、東京証券取引所は、西武鉄道株について上場廃止基準に該当するおそれがあるとして、監理ポストに割り当てる旨公表した。その後、同年11月16日、東京証券取引所は、西武鉄道株を同年12月17日に上場廃止する旨決定し、同日上場廃止となった。

 ウ 最高裁判決の内容

 最高裁は、有価証券等に虚偽記載が行われている会社の株式を取得した投資家が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合、虚偽記載により投資家に生じた損害額は、①当該投資家が虚偽記載公表後、株式を処分したときはその取得価額と処分価額との差額を、②当該投資家が虚偽記載公表後も株式を保有し続けているときはその取得価額と事実審の口頭弁論終結時の株価との差額をそれぞれ基礎とし、経済情勢、市場動向、会社の業績等、虚偽記載に起因しない株価の下落分を上記差額から控除して算定すべきであると判示した(注3)
 そして、最高裁は、虚偽記載公表後のいわゆる「ろうばい売り」による株価下落については、虚偽記載が行われ、それが判明することによって通常生ずることが予想される事態なので、他事情値下りには当たらないとした。
 他方で、最高裁は、虚偽記載公表前の株価の下落については、一般的に他事情値下りに当たることが多いが、本件では、虚偽記載公表前にコクドが他人名義で所有していた株式を売却するなどして虚偽記載の一部が解消されていたことから、虚偽記載公表前にも、虚偽記載に起因した株価下落があった可能性があるとして、虚偽記載と相当因果関係のある損害額について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

 (2) ライブドア事件(平成24年3月13日)

 ア 虚偽記載の内容

 ライブドアは、平成16年12月27日、その代表者の指示ないし了承の下、平成16年9月期の連結会計年度において、実際には約3億1278万円の経常赤字であったにもかかわらず、架空売上等を売上高に含めるなどして、経常利益を約50億3421万円とした有価証券報告書等を提出した。

 イ 虚偽記載の公表に至るまでの経緯等

 平成18年1月16日、東京地方検察庁は、旧証券取引法違反(偽計・風説の流布)の容疑でライブドアの代表者を含むライブドアの役員らに対する強制捜査に着手した。その後、同月18日、東京地方検察庁検察官が司法記者クラブに加盟する報道機関の記者らに対し、ライブドアが平成16年9月期決算(単体)において、約14億円の経常黒字と粉飾した有価証券報告書等の虚偽記載の疑いがある等伝達し(本件開示)、その頃、その旨の報道がされた。ライブドア株は、その後暴落し、同年4月に上場廃止となった。

 ウ 最高裁判決の内容

 最高裁は、本件開示をもって金商法21条の2第2項にいう「虚偽記載等の事実の公表」があったとした上で、本件開示後の株価の暴落を「損害」から控除すべきか否かについて以下のとおり判示した。まず、金商法21条の2の「損害」とは、虚偽記載と相当因果関係のある損害をいうとし、本件開示後のマスコミ報道等によって売り注文が殺到したこと(ろうばい売り)は、本件の事実関係に照らせば、虚偽記載によって通常予想される事態であるから、「ろうばい売り」によって生じたライブドア株の値下りは他事情値下りには当たらないとした。

 (3) アーバンコーポレイション事件(平成24年12月21日)

 ア 虚偽記載の内容

 アーバンコーポレイション(アーバン)は、平成20年6月26日、発行総額300億円の転換社債型新株予約権付社債
 (本件CB)の発行を決議した。他方、アーバンは、本件CBと並行して、外資系金融機関との間で、本件CBの払込金を支払金に充てることとする内容のスワップ契約(本件スワップ契約)を締結しており、本件CBの発行によって調達した資金は即座に外資系金融機関に支払われることになっていた。
 しかしながら、アーバンが平成20年6月26日に提出した臨時報告書(本件臨時報告書)には、本件CBによって調達した資金は債務の返済に使用される予定であるとしか記載されておらず、本件スワップ契約に係る事情は記載されていなかった。

 イ 虚偽記載の公表に至るまでの経緯等

 アーバンは、平成20年6月初めから、米国の大手投資銀行ないしそのグループ企業(米国投資銀行等)との間で業務・資本提携の交渉をし、同年8月にはアーバンに対する株式の公開買付を実施することが見込まれていた。しかしながら、平成20年8月6日、米国投資銀行等は、アーバンに対し、株式の公開買付を見送る旨通知した。
 平成20年8月13日、アーバンは本件臨時報告書の訂正報告書を提出し、虚偽記載の事実を公表するとともに、本件スワップ契約により58億円の営業外損失が発生したことを公表した。併せて、アーバンは、同日、東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし、その旨を公表し、同月18日、再生手続開始の決定を受けた。アーバン株は、虚偽記載を公表した平成20年8月13日の翌日以降、大幅に値下がりし、同年9月14日、上場廃止となった。

 ウ 最高裁判決の内容

 最高裁は、ライブドア事件の最高裁を引用し、金商法21条の2の「損害」とは、虚偽記載等と相当因果関係のある損害をいうとした。
 虚偽記載の事実を公表した日に再生手続開始の申立ての事実も公表したことに照らすと、公表日後のアーバン株の値下りは、両事実があいまって生じたものとみるのが相当であり、アーバンが再生手続開始の申立てに至ったのは、平成19年末頃から継続していた金融機関の融資姿勢の厳格化等に伴う資金繰りの悪化によるものであり、虚偽記載によってアーバンが倒産状態(再生手続開始の申立てが行われるような状態)にあったことが隠蔽されていたということもできないなどとして、再生手続開始の申立てによる値下りは他事情値下りに当たるとした。
 また、公表日前のアーバン株が、平成20年5月14日以降、虚偽記載を公表した平成20年8月13日に至るまで、ほぼ一貫して株価が値下がりを続けているところ、かかる株価の値下りには、アーバンの経営状態の悪化など虚偽記載とは無関係な要因により生じた分が含まれているとして、かかるアーバンの経営状態の悪化に伴う株価の値下りは他事情値下りに当たるとした。
 そして、最高裁は上記各他事情値下りによる損害額の控除額について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

3  3つの最高裁判決から想定される「他事情値下り」

 損害額の算定方法を単純化すると、概ね以下のようになる。

  •  虚偽記載がなければ、当該会社の株式を取得しなかったといえる場合;
     損害額=取得価格-処分価格(現在の価格)-他事情値下り分
  •  虚偽記載がなければ、当該会社の株式を取得しなかったとはいえない場合(金商法の推定規定に基づく請求の場合);
     損害額=虚偽記載の公表日前後一ヶ月の平均株価の差額-他事情値下り分

 上記3つの最高裁判決は、他事情値下りとは虚偽記載と相当因果関係のない株価の下落であるとした。そして、具体的な事例における他事情値下り該当性につき、最高裁は以下の各判断をした。なお、各最高裁判決については、多数の評釈がなされており、その中には最高裁の判断について疑問なしとはしないものも複数存在する。

 (虚偽記載と相当因果関係がある場合=他事情値下りには当たらない場合)

  •  虚偽記載公表後の「ろうばい売り」に伴う株価の下落

 (虚偽記載と相当因果関係がない場合=他事情値下りに当たる場合)

  •  経済情勢、市場動向、会社の業績等による株価の下落
  •  (虚偽記載当時、経営難ではあったものの倒産状態ではなかったこと等を理由に)虚偽記載公表と同時に公表した再生手続開始の申立てに伴う株価の下落

 以下、最高裁の各判断について、若干の考察を加える。

 (1) ろうばい売り

 「ろうばい売り」に伴う株価の下落につき、最高裁は、虚偽記載公表により「ろうばい売り」が生じることが通常想定されることであることを理由に、他事情値下りには当たらないと判断した。
 ただし、仮に虚偽記載公表後に株価が急落したからといって、ただちに「ろうばい売り」によるものとして、他事情値下りには該当しないと判断されるわけではないことには注意しなければならない。例えば、アーバンコーポレイション事件のように、虚偽記載公表と同時に民事再生開始の申立てが公表された事例のように、一見、虚偽記載公表後に株価が急落していたとしても、その株価の急落は「ろうばい売り」ではなく、他事情値下りとして損害額から控除されることがあり得る。そのため、虚偽記載公表後に株価が急落している場合には、その要因としてどのような事情が考えられるか、その事情の発生が虚偽記載と相当因果関係のあるものといえるか等を検討する必要がある。

 (2) 経済情勢、市場動向、会社の業績等

 経済情勢、市場動向、会社の業績等による株価の下落につき、最高裁は、これらの事象は虚偽記載に起因しないことを理由に、他事情値下りに当たると判断した。
 なお、経済情勢、市場動向、会社の業績等による株価の具体的な下落分の算定方法につき、西武鉄道事件の差戻控訴審(平成26年1月30日)は、虚偽記載公表前の西武鉄道株の下落を経済学的見地から分析した専門家の意見書に相当程度依拠して、経済情勢、市場動向、会社の業績等による株価の下落分を算定している。他の証券訴訟においても、損害額の立証方法として専門家の意見書等が証拠提出されることはあったと思われるが、筆者の認識する限り、正面からその有用性を肯定してこれに依拠した初めての事例ではないかと思われ、今後の実務に影響を与えるのではないかと思われる。

 (3) 再生手続開始の申立て

 アーバンコーポレイション事件における事例判断ではあるが、最高裁は、虚偽記載公表と同時に公表した再生手続開始の申立てに伴う株価の下落についても、再生手続開始の申立ては虚偽記載とは別の要因に基づくものであり、また、虚偽記載当時、アーバンが倒産状態にもなかったこと等を理由に(最高裁の理由づけの詳細は後記で再論する)、他事情値下りに当たると判断された。
 実務上、注目すべき点は、控訴審と最高裁で判断が分かれたことであろう。
 すなわち、アーバンコーポレイション事件の控訴審(平成22年11月24日)では、虚偽記載当時、アーバンは倒産状態にあり、再生手続開始の申立ては、虚偽記載の公表に伴って必然的に取らなければならない対応であるなどとして、再生手続開始の申立てに伴う株価の下落は他事情値下りには当たらないとしていた。しかしながら、同事件の最高裁(平成24年12月21日)は、①再生手続開始の申立ては、虚偽記載前から継続していた資金繰りの悪化によるものであり、虚偽記載の公表によってアーバンの信用が低下した面があることは否定できないものの、虚偽記載やその公表に起因して資金繰りの悪化がもたらされたわけではないこと、②虚偽記載がされた当時、アーバンが倒産する可能性はあったことは否定できないものの(つまり経営難ではあったものの)、本件スワップ契約による資金調達が見込めないわけではなかったこと、アーバンが米国投資銀行等との間の業務・資本提携の交渉が開始されていたこと、米国投資銀行等による公開買付が実施されることが見込まれていたこと、虚偽記載前にアーバンは再生手続開始の申立ての検討を一旦中止していたこと等に照らせば、アーバンが倒産状態であったということはできず、虚偽記載によって倒産状態であったことが隠ぺいされていたということもできないなどとして、再生手続開始の申立てに伴う株価の下落は他事情値下りに当たるとした。
 つまり、最高裁は、①虚偽記載公表時、虚偽記載やその公表によって再生手続開始の申立てがもたらされたわけではないこと、②虚偽記載当時、虚偽記載によって、再生手続開始の申立ての原因たる倒産状態が隠ぺいされていたわけではないことを理由に、再生手続開始の申立てに伴う株価の下落が他事情値下りに当たるとしたのである。かかる最高裁の判断枠組みは、今後の実務に影響を与えるのではないかと思われる。

4 おわりに

 最高裁は、証券訴訟における損害につき、相当因果関係説の考え方に従って判断したといわれている。相当因果関係説の一般的な理解によれば、虚偽記載と相当因果関係が認められるのは

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