メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

欧米、企業犯罪摘発の法制度を強化、その最新動向

米国の犯罪人引き渡し、EU版証拠開示、英国の訴追延期合意制度など

荒井 喜美

 国際カルテルや外国公務員に対する贈賄など企業犯罪に対する海外当局の制裁強化が目立つ。そうした中、日本でも企業犯罪を刑事免責の対象とする刑事訴訟法改正案が今国会に提出された。企業犯罪摘発に威力を発揮すると期待されるが、一方で問題も指摘されている。日本には、欧米並みの被疑者・被告人の防御権行使の制度がないため、免責の見返りで捜査当局が入手した企業の証拠が海外の集団訴訟の法廷などに流出する恐れがあるというのだ。荒井喜美弁護士が今回から2回にわたり、国際的な企業犯罪取り締まり強化とそれに伴う証拠の拡散など企業側のリスクについて詳細な報告を行う。初回は、欧米での法制度強化の流れを概観する。カルテルなど競争法違反を内部告発した企業への制裁を減免するリニエンシー制度の趣旨に調和させたEU版ディスカバリ(証拠開示)制度の新設についても説明する。

  

企業犯罪に関する欧米・日本の法制度の強化と「証拠拡散リスク」(上)

西村あさひ法律事務所
弁護士 荒井 喜美

荒井 喜美(あらい・よしみ)
 2004年に慶應義塾大学、2006年に慶應義塾大学法科大学院を卒業。司法修習(新60期)を経て、2007年12月より西村あさひ法律事務所弁護士(第一東京弁護士会所属)。2014年5月、コロンビア大学ロースクールLLM修了。2014年-2015年、ブリュッセルのHerbert Smith Freehills法律事務所で勤務。現在、西村あさひ法律事務所アソシエイト。企業不祥事を中心とした危機管理、競争法、訴訟その他一般企業法務を手掛ける。
 1 はじめに

 近年、企業犯罪の分野では、米国司法省や欧州委員会等の海外当局が、日本企業や邦人に対し、活発に制裁を加える事例が目に付く。特に米国では、集団訴訟(クラスアクション)により、日本企業が多額の賠償金を支払うことになる事例もある。これらの多くは、いわゆる司法取引、集団訴訟、広範囲な証拠開示手続(ディスカバリー)等、日本には存在しない法制度に基づくものである。さらに、近年の欧米諸国は、これらの法制度や法執行を強化させる傾向にあり、たとえば、英国は、2014年2月にDeferred Prosecution Agreement(以下「(英国の)訴追延期合意制度」)を施行し、欧州議会は、2014年11月に競争法被害者の法的救済を促進することを目的とするThe Directive on antitrust damages actions(以下「EU賠償指令」)を成立させた。このような流れの中、日本でも、2015年3月に、刑事免責制度の新設を含む刑事関連法制の改正案が閣議決定され、企業活動に関する分野においても、刑事免責制度が利用されることが見込まれている。そこで、本稿では、まず「上」として、このような国際的な規制強化の内容を概観した上で、次に「下」で、日本で導入予定の刑事免責制度を踏まえながら、企業が心得ておくべき新たなリスクや対応策などを検討していくこととする。

 2 米国の近時の動向

 (1) 2014年の米国司法省の活動状況
 ここ数年、米司法省は、競争法、連邦海外腐敗行為防止法、郵便詐欺罪(Mail Fraud及びWire Fraud)等を根拠に、多くの日本企業に制裁を科している。特に、競争法を管轄する米司法省反トラスト部門(以下「反トラスト部門」)が科す制裁金は高額な上、自動車部品カルテル事件で見られたとおり、邦人が米国で服役するケースも増えてきた。2015年1月22日の反トラスト部門の発表によると、2014年9月30日終了の会計年度は、同部門だけで、合計18億6100万ドルの制裁金を徴収している。たとえば、自動車部品カルテル事件では、日本企業5社が、それぞれ1億ドルを超える制裁金を支払い、Libor関連事件では、外国金融機関が、5億6100万ドルの制裁金を支払った。また、同会計年度だけで、21名(日本人に限られない)が米国で服役することになっており、その平均刑期は26ヶ月であった。

 (2) 犯罪人引渡し
 反トラスト部門は、2014年4月3日に、競争法の事例としては初めて、ドイツ政府からイタリア国籍男性の引渡しを受け、さらに2014年11月14日にも、カナダ政府からカナダ国籍男性の引渡しを受けた。両事案の概要は以下のとおりであるが、特にドイツの引渡事例は、邦人引渡しに関する今後のリスク把握の観点から示唆に富む点が多いと思われる。

 ア ドイツ政府によるイタリア国籍男性の引渡し
 本事例は、2008年~2009年ころに、世界の競争当局が相次いで摘発したマリンホース事件に関するものである。引渡しの対象となったのは、かつてParker ITR社に勤務していたイタリア国籍のRomano Pisciotti氏(以下「ピシオッティ氏」)で、価格合意、談合、市場分割の共謀に関与したとして、2014年4月3日、ドイツ政府から米国政府に引き渡された。
 ピシオッティ氏の引渡しに関する主な法的手続は次のとおりである。まず、ピシオッティ氏は、2010年8月26日に、米国司法省から起訴され、インタポールの「Red Notice」(逮捕手配書)に掲載された。その後ピシオッティ氏は、2013年6月17日、ナイジェリアからイタリアに帰国する際に、乗り継ぎのためにフランクフルトの空港に立ち寄ったところ、ドイツ政府によって逮捕されたため、米国政府は、2013年8月に、米国・ドイツ間の引渡条約(以下「米独引渡条約」)に基づき、ドイツ政府に対し、ピシオッティ氏の引渡しを求めた。ピシオッティ氏は、欧州の裁判所において、米国政府の引渡請求を様々な形で争ったものの、結局、米国政府に引き渡されることになった。
 欧州の裁判所におけるピシオッティ氏の法的主張は、以下のとおりである。まず、フランクフルトの裁判所において、米独引渡条約が定める引渡要件が満たされていないことを主張した。しかし、2014年1月22日、Higher Regional Court of Frankfurtは、①「双罰性の要件」(引渡請求の理由となっている行為が、引渡請求国及び被請求国の双方において、刑事罰の対象となっていること)が充足され、②「自国民不引渡条項」(ドイツ政府が自国民については第三国に引渡義務を負わないとする条項)はイタリア人のピシオッティ氏に適用されないことを理由に、米国政府による引渡請求を承認した。この判断についてピシオッティ氏は、EU域内で保障されている「Freedom of service」が侵害されたと主張し、欧州委員会に対し、ドイツの司法判断に介入するよう求めた。しかし、2014年4月、欧州委員会は、①ピシオッティ氏がドイツの立ち寄ったのは、EU域内で「service」を提供するためではなく乗り継ぎ目的であったこと、②EU加盟国と独立した第三国との間の引渡しに関する事項について、欧州委員会は介入する適格を持っていないこと等を理由にピシオッティ氏の訴えを退け、この欧州委員会の判断は、2014年7月2日にEU普通裁判所、2015年1月28日にEU上級裁判所においても支持された。さらに、ピシオッティ氏は、米国に引き渡された後も、欧州人権裁判所において、ドイツ政府による国籍差別、自由及びプライバシーに対する権利侵害を訴えて争ったが、欧州人権裁判所は、自国の救済措置をすべて使い果たした後に訴えるべきだとして、請求を棄却した。
 結局、2014年4月3日に米国に赴いたピシオッティ氏は、同月24日に、反トラスト部門との間で有罪答弁の合意(plea agreement)を結び、2年の服役(ドイツで拘束されていた期間9ヶ月は差し引かれた)と5万ドルの罰金刑を受けることになった。

 ピシオッティ氏の引渡事例については、特に以下の3点に注目すべきと思われる。
 1つ目は、反トラスト部門が明言したとおり、本事例は、米国政府が競争法違反を理由に犯罪人引渡しを受けた初の事例という点である。周知のとおり、米国政府は、2008年に、炭素製品カルテル事件に関し、英国から英国国籍のIan Norris氏の引渡しを受けている。しかし、当時の英国は、カルテルを刑事罰の対象としておらず、米国・英国の引渡条約引渡条約(以下「米英引渡条約」)にも、米独引渡条約と同様の「双罰性の要件」が定められていたため、競争法を理由とする引渡しはできず、証拠隠滅等を理由に引渡しが行われた。つまり、ピシオッティ氏の事例により、米国政府により、競争法違反を理由とする引渡請求が行われる現実的リスクが見えてきたといえる。
 2つ目は、米独引渡条約における「双罰性の要件」の考え方である。「双罰性の要件」のもとでは、引渡請求の理由となる行為が、引渡請求国と被請求国の双方で刑事罰の対象となっている必要があるが、ピシオッティ氏の場合、当時のドイツは、カルテルを刑事罰の対象としておらず、刑法にある談合だけが刑事罰の対象となっていた。さらに、ピシオッティ氏が国籍を有するイタリアでは、談合も刑事罰の対象となっていなかった。つまり、フランクフルトの裁判所による「双罰性の要件」の判断は、①ピシオッティ氏の国籍を有するイタリアの法律ではなくドイツの法律に基づいた判断を下したこと、②カルテルではなく談合について「双罰性の要件」を検討したことに特徴がある。したがって、米国法に違反した者は、自国では刑罰の対象とされていなくても、偶然訪れた国と米国の双方が刑事罰の対象としている行為については、米国に引き渡されるリスクがあることを明確に意識すべきである。
 3つ目は、ドイツ政府が、あっさりとピシオッティ氏の引渡しを認めた点である。上記のとおり、米独引渡条約には、「自国民不引渡条項」が定められているが、EU加盟国のイタリアに国籍を有しているピシオッティ氏については、ドイツ政府は、自国民でないことを理由に簡単に引渡しを認めた。なお、日米引渡条約では、邦人の引渡しに関する判断は、法務大臣の広範な裁量に委ねられているが、「自国民不引渡条項」を邦人に適用する義務のない外国では、邦人について、あっさりと米国の引渡請求が承認されることは言うまでもない。

 イ カナダ政府によるカナダ国籍の男性の引渡し
 ピシオッティ氏の事例に続き、米国政府は、2014年11月14日に、カナダ政府から、カナダ国籍のJohn Bennett氏の引渡しを受けた。本事案も反トラスト部門が担当した事件であり、米国環境保護庁が管轄する、連邦のクレオソート・サイト(木材を扱う場所)への入札・契約に関し、担当者にキックバックするなどした行為が引渡請求の理由となった。本件は競争法違反に関する事件ではないものの、2014年に2件立て続けに引渡しが行われたことに注目すべきであろう。

 3 EU及び英国における新たな法整備の状況

 (1) EUの反トラスト損害賠償請求訴訟指令
 欧州議会は、2014年11月26日、Directive on antitrust damages actions(以下「EU賠償指令」)を承認した。EU賠償指令は、競争法被害者が、欧州連合の機能に関する条約101条・102条又はEU加盟国の競争法(以下「欧州競争法」)に基づき、EU加盟国の裁判所に損害賠償請求訴訟を提起する際に、統一的に適用すべき法的枠組みを示すものである。また、EU賠償指令は、EU加盟国に対し、2016年12月27日までに、EU賠償指令に即した国内法を制定することを義務付けている。なお、このEU賠償指令は、私人による損害賠償請求と当局による制裁措置の相互関連性を高めることで、EU域内の被害者が賠償を受けることを容易にし、法的制裁力を強化するものになると評価されている。さらに、これまで居住国によって異なっていた競争法被害者に対する法的救済が、EU域内では統一的な内容になることも期待されている。
 以下では、EU賠償指令が定める新制度のうち、米国ディスカバリーのような証拠開示手続の新設など、特に注目すべき3つの制度を概観することにする。

 ア 証拠開示手続
 (ア) 概要
 EU賠償指令以前は、欧州競争法に基づく損害賠償請求訴訟について、米国ディスカバリーのような証拠開示手続がEUレベルでは定められておらず、各EU加盟国が独自の法制度を設けていた。そこで、EU賠償指令は、競争法被害者がEU加盟国裁判所に請求することによって、裁判所が証拠開示命令を発することができる制度を定めた(以下「EU版証拠開示」)。具体的には、競争法被害者(原告)が、損害発生の確からしさを示す事実又は証拠を合理的に示した場合、EU加盟国裁判所は、被告又は第三者に対し、保有する関連証拠(以下「保有証拠」)を開示するように命じることができる。被告も同様に開示命令を請求することが認められており、証拠開示命令に応じない場合や、証拠を隠滅した場合には、罰則も科されることになる。
 なお、EU版証拠開示は、証拠開示命令を受ける側の負担にも配慮している。つまり、証拠漁り的な運用は認められておらず、証拠開示を求める者は、証拠の特定や証拠のカテゴリーを示すことが求められている。また、裁判所は、関係当事者間の利益のバランスを図りながら開示範囲を決める必要があるとされている。さらに、保有証拠に営業秘密や秘密情報が含まれている場合には、開示範囲や開示方法について配慮されることとなっており、顧客・弁護士間の秘匿特権については、その効力が完全に認められることとなる。

 (イ) EU版証拠開示とリニエンシー制度の調和的運用
 近年の欧州委員会は、競争法違反に関して、リニエンシー申請を端緒に調査を開始し、リニエンシー申請者から提出される証拠に基づいて処分を課す傾向にある。そのため、EU版証拠開示の導入に当たり、既存のリニエンシー制度と調和させる必要が生じた。つまり、競争法違反者が、欧州委員会又はEU加盟国の競争当局(以下「欧州競争当局」)にリニエンシー申請をしたり、和解をしたりする場合、欧州競争当局に対し、証拠や和解文書を提出するのが一般的であるが、これらの文書の中には、違反行為を自認する申述が含まれることが多い。しかし、違法行為の自認を含む文書が証拠開示命令の対象になった場合、損害賠償の範囲が拡大することを恐れた競争法違反者は、リニエンシー申請を控える可能性がある。そこで、EU版証拠開示では、①リニエンシー申請時の陳述(事業者や個人がカルテルに関与したことや、その際に果たした役割等を述べたもの)、②和解時の違反行為の自認は、証拠開示命令の対象から外されることとなった。
 ただし、EU賠償指令には、リニエンシー申請時に提出する証拠のうち、カルテルを行っている最中に交わされたメールなど、リニエンシー申請以前から存在する証拠については、証拠開示命令の対象になると明記された。さらに、欧州競争当局が事件調査を終えた後であれば、欧州競争当局の事件ファイルに含まれる一定範囲の情報(なお、上記①②のリニエンシー申請時の陳述・和解は開示対象外である)も、証拠開示命令の対象になりうるとされた点は注目に値するであろう。

 イ 被害者保護の強化(間接購入者による賠償請求と連帯責任)
 EU賠償指令は、競争法被害者の保護を強化するため、「被害者」の範囲を直接購入者及び間接購入者の双方とすることを明記した。直接購入者とは、違反行為者から、違反行為の対象となった物品やサービスを、直接購入した者であり、間接購入者とは、直接購入者以降に、さらにその物品等を購入した者のことを言う。さらに、違反行為者は、違反行為の全体について、他の違反行為者と連帯して責任を負うこととされた。その結果、たとえば、A~E社の5社が、X製品についてカルテルを行った場合、X製品が組み込まれたY製品をF社から購入した間接購入者は、A社から、5社分の賠償金を受け取ることができ、賠償金を支払ったA社は、B~E社に求償請求することになる。
 ただし、ここでもリニエンシー制度との調整が図られた。通常、リニエンシー申請によって免責を得た者は、上訴して当局判断を争ったりしないため、当局判断は早期に最終判断として確定することになる。仮に、違反行為者が、自身のリニエンシー申請をベースとする当局判断に基づき、他の違反行為者と連帯して全責任を負わなければならなくなると、損害賠償の範囲が広がることが懸念して、リニエンシー申請を敬遠する可能性が生じる。そこで、EU賠償指令は、リニエンシー申請による免責を受けた者は、原則として、他の違反行為者とは連帯責任を負わず、自分の責任部分についてのみ賠償責任を負うとした。

 ウ EU域内1カ国の判断が他のEU加盟国に及ぼす影響
 EU賠償指令は、EU域内における判断の統一性及び時間・コストの節約の観点から、EU域内の当局又は裁判所が、欧州競争法違反行為について最終判断を出した場合は、①そのEU加盟国裁判所は、被害者に対する損害賠償請求も認められたものとみなすこと、②他のEU加盟国裁判所は、その最終判断について疎明されたものとして扱うことができることを定めた。つまり、複数のEU加盟国内で競争法違反が発生した場合、その被害者は、1カ国の当局又は裁判所から最終判断を得れば、他EU加盟国でも容易に損害賠償請求をすることが可能になる。

 (2) 英国における動向
 ア 2014年2月の訴追延期合意制度の導入
 英国では、2014年2月24日から、訴追延期合意制度の運用が始まった。本制度は、一定の罪を犯した者が、検察官に対し、制裁金の支払い、違法行為の自認、捜査協力(第三者の違反行為に関する証拠の提出も含む)、コンプライアンスプログラムの導入などを約束する代わりに、刑事訴追の延期という利益を得る制度である。
 英国の訴追延期合意制度は、米国で活発に利用されている訴追延期合意制度と似た制度であるが、米国とは異なり、①訴追延期合意を結ぶことができる違反行為者は会社・パートナーシップ及び人格のない社団に限定されていること(個人は対象外)、②訴追延期合意の対象となる犯罪は、詐欺、贈収賄、マネーロンダリング等に限定されており、競争法は含まれていないこと(別途、競争当局(Competition and Markets Authority)が、法人によるリニエンシー制度及び個人による刑事免責制度を設けている)、③訴追延期合意の成立には裁判所の関与が必要とされていること等に特徴がある。また、米国では、起訴後の有罪答弁には裁判所の関与が必要とされているため、当局は、裁判所の関与を必要としない訴追延期合意を積極的に利用する傾向にあり、特に競争法分野では、法人及び個人の双方との間で多くの訴追延期合意が結ばれている。これらの違いを前提にすると、企業犯罪の文脈では、制度設計上、米国ほど訴追延期合意は利用されない可能性があるものの、贈収賄やマネーロンダリング、現在もSerious Fraud Officeによって捜査が続けられているLIBOR事件のような詐欺については、起訴延期合意の対象とされている点に注意する必要がある。

 イ 2015年10月の集団訴訟制度の導入
 英国議会は、2015年3月26日、Consumer Rights Actの改正法案を可決し、同改正法は、2015年10月1日に施行される見込みとなった。同改正法は、特に競争法違反事件について、米国のクラスアクションのような、オプトアウト型の集団訴訟を導入するものである。つまり、特定のクラスに属する競争法被害者は、自らクラスに入ることを表明しなくても、クラスからの離脱を宣言しない限り、自動的に集団訴訟の一員に組み込まれる。その結果、特定のクラスに属する一部の競争法被害者は、被害者全員を特定することなく、自分と同じクラスに属する競争法被害者全員を代表して、損害賠償請求を提起することが可能になる。また、同法案は、オプトアウト型の集団和解や、当局の承認のもと賠償金支払いスキームを策定する方法も定めており、競争法被害者は、より簡便かつ任意的な和解をすることが可能になる。なお、オプトアウト型集団訴訟は、英国にドミサイルを有する者(英国の永住者又は英国に永住する意思のある居住者)だけに認められており、それ以外の者は、従来のオプトイン型の集団訴訟を提起しなければならない。また、米国のような懲罰的三倍賠償は認められておらず、無益な集団訴訟の乱発を防ぐための事前審査の仕組みも整備されている。このように、米国のオプトアウト型クラスアクションに比べれば、多少限定された仕組みではあるが、今後は、英国においても、競争法違反に関するオプトアウト型集団訴訟が起こる可能性があることに注意を要する。

 4 小括

 以上見てきたとおり、欧州や米国では、競争法分野を中心に、企業が事業を行う中で直面する法令違反について、法制度や法執行が強化されている。ここ数年内に新たに導入される法制度の内容を見れば、競争法、贈賄、詐欺、マネーロンダリング、金融規制法等の法令に違反した企業は、新たな制度に直面したり、これまで以上に重い制裁や賠償責任を負ったりすることもあるであろう。必然的に、欧米において、当局や訴訟に対する防御を講じていくためのコストも増えていくと思われる。
 その上、本稿(下)で述べるように、本稿で見てきた欧米における法整備等の強化は、日本では認められていない、違反行為者の防御権を確保する仕組みと同時に発展してきたように思える。たとえば、欧米では、弁護士・依頼者間の秘匿特権により、弁護士と顧客の間の通信は秘匿情報として守られており、欧州の個人情報保護に関するData Protection Directiveは、個人情報をEU域外に漏らすことを禁じて

・・・ログインして読む
(残り:約491文字/本文:約9268文字)