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「アジア最後のフロンティア」ミャンマーの会社法、投資法、改正への最新動向

穂高 弥生子

 軍政から民政へと体制が変わったミャンマーで日本を含む外国からの企業進出が相次いでいる。なお軍部の影響力が強いとはいえ、11月には総選挙が予定されており、民主化が進むことが期待され、ミャンマーは「アジア最後のフロンティア」とも呼ばれる。そのミャンマーで事業を営むにあたって順守しなければならない会社法制、投資法制なども急激に変化しようとしている。その最新の動向について、ベーカー&マッケンジー東京オフィスの穂高弥生子弁護士が8月3日、ベーカー&マッケンジーのヤンゴン事務所パートナーのオラ・ニコライ・ボージュ弁護士に話を聞いた。(ここまでの文責はAJ編集部)

ミャンマーの法体系と最近の改正状況

グローバル企業171社の販売拠点設置の動向。英国の経済誌「The Economist」の調査「Re-drawing the ASEAN map」の結果から一部抜粋
 穂高氏:ミャンマーの法律は、基本的にビルマ法典というものがあって、ここに会社法だとか、刑法、契約法などの各種法律が収められているわけですが、これは1840年頃から1950年頃にかけて作られた相当古いものです。他方、民主化後の2012年ごろから新法の制定や改正が急ピッチで進んでおり、現時点では、ビルマ法典に載っている古い法律と最近作られた外国投資法など今のビジネスにも対応した法律が混在し、これらのかみ合わない法律をなんとか使いながら実務が行われているという混沌とした状況だと理解しています。ここ最近で改正されたり制定されたりした法律の中でいくつか注目すべきものを挙げてもらえますか。

 ボージュ氏:はい。少し前になりますが、2012年8月に外国為替管理法(Foreign Exchange Management Law)というのが施行されています。これにより、外国為替に関する規制が緩和され、ミャンマー国内から国外、あるいは国外から国内への送金もずいぶん楽になりました。ただ、最近の中央銀行の通達により、現在、米ドル口座から引き出せる限度額が1回あたり5,000ドル、週2回までと制限されています。他方、電子送金を行う場合や、ミャンマーの通貨であるチャットで引き出す場合にはこのような制限はありません。ミャンマーではいまだに現金中心の取引が行われているので、このような制限により不便なことも多いのですが。

 穂高氏:ベーカー&マッケンジーのヤンゴンオフィスでも、給料日には相当の量の現金を用意していましたよね。経理担当者が一度に引き出せないので運搬と保管が大変だと嘆いていた記憶があります。

 ボージュ氏:ヤンゴンオフィスでは、現在、スタッフに銀行口座を開設してもらっていますので、現金の授受はしていません。ただ、ミャンマーの人口のうち銀行口座を持っているのは10%に満たないともいわれています。したがって、まだまだ現金決済がいろいろな場面で主流となっています。また、これは法律の問題ではないですが、現在どんどんチャットの価値が下がってきています。例えば、半年前は1米ドル950チャット程度でしたが、今は1,200チャットぐらいになっています。このような状況下で、海外から外貨建てで原料を仕入れ、ミャンマー国内で製造販売している会社は、国内での販売価格を上げることもできないため、非常に苦戦を強いられている状況です。

 穂高氏:ほかに最近できた法令で注目すべきものというと。

 ボージュ氏:新しいミャンマー会計審議会法(Myanmar Accountancy Council Law)が今年の6月に施行されています。この法律では、ミャンマーで会計士としての資格を持っている会計士のみができることが規定されています。ミャンマーでは、実務上、長らく、会計検査はミャンマーの資格を有する会計士しか行うことができないとされてきました。ところが、この新法の規定を厳格に解釈すると、外国資格の会計士は、これに加えて、簿記、内部監査、税に関するアドバイスなどの業務についても行うことができないように読めるのです。仮にこのように解釈するとなると、現在ミャンマーに進出している外資系の会計事務所は、多くの業務ができないということになりかねません。

 穂高氏:ミャンマーに進出する際の一つの大きな障害に、取引先となる会社や買収しようとする会社が、きちんとした国際標準の会計帳簿をつけていないということがあります。金融機関がミャンマーの会社に貸し付けをしようとする際にも、この点が大きな問題になります。現状では、英語で業務ができかつローカルの資格を有しているミャンマー人会計士が少ないため、このような法律が施行されると、外資の誘致に障害になるのではないですか。

 ボージュ氏:その通りです。この法律が文言通りに厳格に解釈されるとなると、ミャンマーに対する外国投資に悪影響を及ぼすことになりかねません。ただ、そのように一義的に解釈する必要はないという見解もあり、この点に関する公的な解釈が未だ出ていませんので、この法律が実際にどのように解釈・運用されることになるのか、しばらくの間注目していく必要があります。

新会社法の整備状況

穂高 弥生子(ほだか やえこ)
 弁護士。1988年、慶應義塾大学法学部卒業。1998年ニューヨーク大学ロースクールLL.M取得。2004年ジュネーブ国際大学MBA取得。
 おもに企業買収・再編を含む企業法務、会社訴訟その他の紛争案件の分野に約20年の経験を有する。ベーカー&マッケンジー東京オフィスのコーポレートM&Aグループ、AECタスクフォースに所属。
 穂高氏:これから成立する法律で何といっても大きいのは会社法ですね。現在の会社法は1914年成立で、100年経っている法律です。ですので、実務とはかけ離れてしまっていました。今回できるものは、改正というよりは、新法というべきものです。すでに草案が公表されパブリックコメントに回っていると認識していますが、この草案をドラフトしたのはベーカー&マッケンジーのヤンゴンオフィスなんですね。

 ボージュ氏:はい。会社法の草案は全部で7章からなっていますが、全章について我々の事務所が政府を支援してドラフトを担当しました。ミャンマー会社法改正についてはアジア開発銀行がスポンサーとなっていますが、ベーカー&マッケンジーはアジア開銀から依頼を受けて、ミャンマー投資企業管理局(Directorate of Investment and Company Administration: DICA)を支援してドラフト作業を行ったものです。草案はDICAのHPに行けば見ることができます。

 穂高氏:それでは、新会社法についてはベーカー&マッケンジーに聞いてもらえばなんでもわかるというわけですね(笑)。新会社法の特徴はどういうところにあるのでしょうか。

Ola Nicolai Borge(オラ・ニコライ・ボージュ)
 ノルウェーの弁護士資格を持つ。12年前、グローバル石油サービス会社のミャンマープロジェクトについての法務アドバイザーとしてミャンマー案件に携わったのを皮切りに、5年前にはアジア系法律事務所のリージョナルディレクターに就任、以降ミャンマー案件を専門に扱っている。ミャンマーでの投資プロジェクトに関わる外資系企業や、海外投資家との取引を行う現地企業を数多く支援。3年前からミャンマーに駐在。
 ボージュ氏:今回できた会社法草案は、まずその成立過程に大きな特徴があります。草案は、パブリックコメントに付されたほか、多くのブリーフィングセッションが開催され、また、多方面のステークホルダーから意見を聴取しています。このような大がかりなプロセスを経て法律の草案に対する意見を各方面から聞くというのはおそらくミャンマーでは初めてなのではないでしょうか。寄せられた多くの貴重な意見は、もちろん最終のドラフトを作るに当たり反映されることとなります。

 穂高氏:新会社法はいつ成立する見込みなのでしょうか。

 ボージュ氏:これがいつ国会に提出されることになるか今のところはっきりしませんが、今年中に審議、可決まで行くということはないと考えられます。施行されるのは来年になるでしょう。

 穂高氏:しかし、パブリックコメントの期限は今年の3月中までだったんですね。それでも国会提出は来年になるんでしょうか。

 ボージュ氏:はい、パブリックコメントの募集はすでに終了しています。しかし、これから、政府機関によりレビューが行われます。そして、これに基づいて、さらに必要な修正がされたうえで、国会に提出、という流れになります。このすべての手続が完了するのは、今年11月8日に行われる予定の総選挙の後になるでしょう。

 穂高氏:現政権下で作成されたこのドラフトですが、仮に次の選挙で政局に何らかの変化があった場合は、大幅に修正されることになる可能性もあるのでしょうか。

 ボージュ氏:会社法草案の内容自体はそれほど政治色のあるものではありません。したがって、選挙の結果により現在のドラフトが大きな影響を受けるということはないのではないかと認識しています。ただ、そういったこととは関係なく、あくまで現在のものは草案であって、これから関係政府機関のレビューを経てさらに国会審議にかかるわけですので、そういった意味で、通常の立法作業と同様、相当の修正がされる可能性はもちろんあるということには注意していただきたいと思います。

 穂高氏:新会社法の大きな目的はどういうところにありますか。

 ボージュ氏:新法は技術的にはなかなか複雑なところもあるのですが、基本的には、ミャンマーへの投資をおこなったり、実際にミャンマー国内で会社が活動をするにあたり、強固な基盤を提供するものになると思います。例えば、会社が実際に活動する場面で今までより自由度が高まりますし、株主やその他のステークホルダーの側から見るとより強力なコーポレートガバナンス規制が設けられています。

ミャンマーの旧首都、ヤンゴンにあるシュエダゴン・パゴダ寺院=2014年11月、穂高弥生子氏撮影
 穂高氏:ミャンマーに進出する外資企業にとって、新会社法のドラフトで特に注目すべき改正点はどこでしょう。

 ボージュ氏:ミャンマー内国会社に、外国資本が入ることを認めるようになるということが大きなポイントだと思います。

 穂高氏:ちょっと補足説明しますと、現在の会社法では、会社には外国会社と内国会社の2種類あるとされていて、一株でも外国資本が入っていればそれは外国会社ということになる。そして、Trading Ban と呼ばれる政府のポリシーにより、外国会社には「トレーディング業」とされている、例えば、小売業や卸売業の業務は認められないとされていたわけですね。新会社法の下では、これらトレーディングの分野も一定程度外資企業に開放されるということになるのでしょうか?

 ボージュ氏:現在のTrading Ban は、会社法とは直接関係のない政府の政策に基づくものです。したがって、会社法が改正されてもその点に関し自由化が進むかどうかはわかりません。

 穂高氏:なるほど、一定程度外国資本が入った会社も会社法上はなお内国会社として認められることになるとしても、このような会社にトレーディングを行うことを認めるかどうかは、会社法とは関係なく、政府のポリシーによることになるというわけですね。

 ボージュ氏:はい。ただし、外資企業に対するトレーディング業務の禁止については、徐々にではありますが、緩和の傾向にあることは事実だといってよいと思います。特に、ファーマなど一定の製品分野について、これを自由化することが議論されているようです。ただし、まだ何らかの決定がされたわけではありません。また、現時点でも、例えば、一定の要件を満たす外資系企業が、ティラワ経済特別区において卸売業を行うことは認められています。

 穂高氏:いずれにしても、この出資比率についての見直しは相当大きいインパクトがありそうですね。外国会社・内国会社という区別はそのまま残るんですか。

 ボージュ氏:そうです。一定以上の割合を外国株主が保有している場合は外国会社となります。つまり、新会社法でも内国会社・外国会社の区別がなくなるわけではなく、引き続き二つの種類の会社が併存するという建付けは変わりません。

 穂高氏:肝心の外国会社と内国会社を分ける出資比率の上限については、何パーセントということになっているのでしょうか。

 ボージュ氏:ここについてはまだ議論が固まっておらず、会社法の草案には具体的な数字は入っていません。国会等でさらに審議されることになると思いますが、現時点では35%という数字も出ています。

そのほか外国企業のミャンマー参入に関係する法改正

 穂高氏:外国会社・内国会社の区別にも関連すると思いますが、今まで、ミャンマーは、外国投資法と内国投資法という二つの投資法がある非常に珍しい法体系でした。これは、外国投資を促進する目的で外国投資法を作ったところ、国内投資が不利な立場に置かれてしまうのではないかという声が国内から上がり、あとから内国投資法に相当するミャンマー市民投資法というのを作ったということによるものです。これも一本化される見込みだと聞いています。

 ボージュ氏:はい。これも現在「ミャンマー投資法」の法案が国会審議を待っているという状態です。ただし、法律としては一本化されるのですが、その法律の中で、外国投資とミャンマー企業による内国投資は依然区別されて規定されることになります。また、現在の外国投資法では、外国投資の許可が下りると、法人税5年免除などの特典がほぼ自動的に付与されていました。しかし、新法では、これらの特典を受けるためには申請を行わなければならず、審査の結果個別にどのようなインセンティブを付与するかを決めることになります。つまり、ケースバイケースで決めるというテイラーメード方式になると言えます。

 穂高氏:今まで、ミャンマーに進出する外資企業は、単に会社法によって会社を設立して、ミャンマー投資委員会(MIC)からの外国投資の許可は取得せず参入するというルート、会社を設立しさらにMICの許可も得て参入するルートの二つの選択肢があります。そして、MICの許可を得るためには相応の時間とコストがかかるため、外資企業の圧倒的多数は、MICの許可を得ないで参入していました。しかし、他方でミャンマーでは、不動産譲渡制限法により、外国人は土地を1年しか借りられないという制限があるため、特に製造業を営もうとする場合は、ティラワなどの経済特別区に入っているのでない限り、MICの許可を得て、50年超のリースを認めてもらう必要があったわけです。この長期リースについては新法ではどうなるのですか。

東洋と西洋の面影を色濃く残す重厚な造りのヤンゴン市庁舎=2010年10月、Ola Borge(オラ・ボージュ)氏撮影
 ボージュ氏:この点は、タックスホリデーと異なり、新投資法上の許可を得れば、原則期間50年、加えて2回にわたり期間10年の更新が認められる可能性のある長期リースを受ける権利が認められます。そのほか、法律自体の改正ではないですが、投資法上の許可を付与するプロセスも改善されます。つまり、現在はすべてMICが手続を処理していたわけですが、500万ドル未満の投資については、MICではなく、地方政府レベルで申請を受け付け、承認を付与するようになる見込みです。この点に関しDICAから間もなく何らかのアナウンスがあると思われます。

 穂高氏:これまでMICでの承認プロセスは時間がかかりコストも相当になるということでしたので、それは大変便利になりそうですね。ところで、ネガティブリストについては何か改正が見込まれているのでしょうか。現時点では2014年の8月に出されたMIC告示によるものが最新のリストだと理解していますが。

 ボージュ氏:はい。この点についても近いうちに新しい告示が出る見込みです。当局によれば、外資開放がさらに進んだものになるようです。現在、例えば、オイル・ガスの事業に外資が参入する場合には、内国企業とJVを組成した上さらに特定の要件を満たす必要がある場合が多いのですが、このような分野において制限が緩和されることが期待されます。

 穂高氏:ミャンマーの法整備の状況が刻々と変わっていることがよくわかりました。本日話題に出なかったものの中にも、知財法令の改正など重要なものがあり、続々新法が出てくると思いますし、実務にも変化が出てくると思います。また近いうちに状況を伺いたいと思います。今日はありがとうございました。