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ASEANで進むハーモナイゼーション(規制や手続きの域内調和)とは?

穂高 弥生子

 東南アジア諸国からなる「ASEAN経済共同体(AEC)」が2015年度中に発足する。AECは単一の生産基地、単一の市場を創設することを目指す野心的な試みであるなどと説明されているが、現実にASEAN地域を単一の生産拠点・市場とするには、関税・非関税障壁の撤廃のほか、域内の交通網(ハードインフラ)の整備、越境手続の簡素化(ソフトインフラ整備)など様々な整備が必要となってくる。中でも重要なのが、ASEAN加盟10か国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)でそれぞれ異なっている規制や基準認証手続等を域内で調和させようという「ハーモナイゼーション」だ。今回は、ベーカー&マッケンジー法律事務所のAECハーモナイゼーション・グループのヘッドを務めるバンコクオフィスのピーラパン・タンスワン弁護士に話を聞いた。

「ASEAN経済共同体(AEC)」が推進する域内ハーモナイゼーション

 穂高氏:そもそもAECにおけるハーモナイゼーションとは何を目指しているのですか。

Peerapan Tungsuwan(ピーラパン・タンスワン)
 ベーカー&マッケンジー法律事務所バンコクオフィスにおける製薬・ヘルスケアグループ代表。また、同オフィスジャパンデスクの共同代表、M&A /コーポレートグループ代表パートナーを務める。
 2014~2015年Chambers Asia-Pacificのライフサイエンス部門においても、「注目すべき弁護士」となる。薬品製造研究協会(PReMA)ではリーガルアドバイザーを9年間務める。
 ピーラパン氏:「ハーモナイゼーション」とは、ASEAN域内で国ごとに異なる基準、適合性審査などを統一して、最終的に「同じ基準、同じテストが域内どこでも通用する」という状態を作ろうというものです。1992年に、ASEAN標準化・品質管理諮問評議会(ACCSQ:ASEAN Consultative Committee on Standards and Quality)という機関が、ASEAN10か国の標準化機関として設置されています。

 穂高氏:ACCSQという機関は具体的にどういうことをしているのですか。

 ピーラパン氏:各国の基準、テクニカル規制、規格適合性に関する審査を調査してこれらを調和させるという作業ですね。それから、申請書類の共通化を進め、一国で承認されたテスト報告書、証明書、規格適合性を、他の国でも通用するようにするための相互承認協定(MRA:Mutual Recognition Arrangement)の締結です。

穂高 弥生子(ほだか やえこ)
 弁護士。1988年、慶應義塾大学法学部卒業。1998年ニューヨーク大学ロースクールLL.M取得。2004年ジュネーブ国際大学MBA取得。
 おもに企業買収・再編を含む企業法務、会社訴訟その他の紛争案件の分野に約20年の経験を有する。ベーカー&マッケンジー東京オフィスのコーポレートM&Aグループ、AECタスクフォースに所属。
 穂高氏:これらのハーモナイゼーションが進むと、具体的に企業にとってどういうメリットが生じてくるのでしょうか。

 ピーラパン氏:ハーモナイゼーションが達成されると、申請書類が共通になるというメリットのほか、ASEAN全域で同一基準が使用されることからもメリットが生じます。具体的に言えば、例えば、医薬品の製造設備に関するGMP(Good Manufacturing Practice)と略称される「医薬品の製造・品質管理基準」や、法律上必要な安全性試験を行う施設に関する「医薬品の安全性試験の実施に関する基準」(GLP :Good Laboratory Practice)、また、医薬品の流通・販売に関する医薬品流通規範(GDP : Good Distribution Practice)などの分野で同一基準が設けられることとなります。したがって、これらの「ASEAN基準」に達している企業にとっては市場が大きくなるということになり、事業機会が拡大するということになります。

 穂高氏:このハーモナイゼーションですが、いかなる基準・適合性審査も最終的にはすべてASEAN10か国内で統合していく、という話なのですか。

 ピーラパン氏:いえ、とりあえずハーモナイゼーションを優先的に推進するインダストリとして、12の分野が指定されています。物品では、農産品、自動車、エレクトロニクス、漁業、ゴム製品、アパレル、木製品、サービスでは、航空、e-ASEAN、ヘルスケア、観光、ロジスティクスがこれにあたります。この12の優先分野が、それぞれ、何年までに何を達成するというロードマップを持っているわけです。

 穂高氏:優先分野の中でも、特にハーモナイゼーションが進んでいるのがファーマを含むヘルスケア分野であると聞いています。具体的にファーマの分野ではどのような進捗があったのでしょうか。

 ピーラパン氏:1999年には、先程のACCSQという機関の下に、PPWG(Pharmaceutical Product Working Group)というワーキンググループが設けられ、いち早くハーモナイゼーションの作業が開始されました。PPWGの基本目標は、「ASEAN加盟諸国のファーマに関する規定のハーモナイゼーションを促進し、薬の品質、安全性ないし効能を損なうことなく、各国ごとの規制の存在により域内に生じている取引に対する障害を取り除くこと」だとされています。

 穂高氏:各種の物品の中でも、医薬品の製造販売・輸入販売については、安全性の面から、特に多くの、時には煩雑ともいえる許認可手続の履践が必要であることは広く知られているところです。このような薬事申請は、以前であれば、各国ごとに違うフォーマットで、各国ごとに求められる情報を記載することが必要で、例えば、同じ薬でもASEAN10か国すべてで販売しようとすれば、審査・許認可手続を10回経ることが必要だったわけですね。

 ピーラパン氏:その通りです。しかし、ハーモナイゼーションの下で、申請書類への記載事項が共通になりましたので、製品の承認を容易かつ迅速にできるようになりました。たとえば、日本の製薬会社がASEANの3か国で薬を販売しようとする場合、ASEAN共通技術要件(ACTR : ASEAN Common Technical Requirement)、ASEAN共通薬事申請書式(ACTD : ASEAN Common Technical Dossier)に則り、申請書類のフォーマットとそこに記載すべき必要情報が共通になりました。つまり、共通のフォーマットに共通の情報を入れ込んだものを数部用意して、各国でそれぞれ提出すれば済むということになりました。

 穂高氏:このようなハーモナイゼーションが行われれば、製造業者、販売業者のみならず、最終的には消費者にとっても薬へのアクセスが容易になるというメリットがありますね。1国で提出して許認可を得れば、その許認可がどこでも通用するということですか。

 ピーラパン氏:そうではなく、例えば、シンガポール、タイ、インドネシアの3国で販売許可を得たい、ということになれば、この3か国にそれぞれ申請を行う必要があります。ただし、申請書類は、共通の書式・内容のものを出せばよいということです。

 穂高氏:なるほど。同じフォーマット・内容の申請書類を出せばいいが、審査自体は各国で行うというわけですね。

 ピーラパン氏:はい。そこがハーモナイゼーションといっても、多少のでこぼこが残ってしまっているところで、各国ごとに審査が行われるために、同一時点で承認が下りるとは限りませんし、申請書類は統一されても、これに加えて、各国がそれぞれ独自に必要だとして要求する情報や書類があったりするので、完全に同一手続で済みますとは言えない状況です。しかし、少なくとも医薬品の分野においては、ACCSQワーキンググループが目指していたハーモナイゼーションのプロセスはほぼ完了したといっていいと思います。

 穂高氏:同じファーマの分野ですが、医薬品ではなく、医療機器についてはハーモナイゼーションの進捗状況はどうなっているのでしょうか。

事務所から見たバンコク市街=2015年9月、バンコク事務所ジャパンヘルプデスク Varutt Kittichungchit (ワルット・キッティシュンチット)氏撮影
 ピーラパン氏:まだいくつか解決すべき相違が残っていますが、交渉はだいぶ進展しています。タイの例を挙げますと、タイの保健・福祉省が、現在、域内ハーモナイゼーションのために国内の法や規則を調整・改正する作業を行っているところです。例えば、医療機器に関して、タイでは現在3分類方式をとっているのですが、これをASEANの4分類方式に合わせようとしています。製品の承認要件に関する規則類も改正作業中です。

 穂高氏:医療機器に関するハーモナイゼーションについて、ASEAN加盟各国は統一指令へのサインはしたものの、国内法整備に関して、シンガポールのようにすでに国際標準の基準を採用しているために、ASEAN統一基準に合致させるための国内法改正がほとんどいらない国と、ベトナムのようにかなりの修正作業が必要な国とがあるために、その実現に今しばらく時間がかかっている状況だと認識しています。ところで、ヘルスケアには、病院の運営事業も含まれるかと思います。昨今は日本企業がASEANで病院事業に参入する例も多いのですが、この分野ではどういう動きがありますか。

 ピーラパン氏:これは直接には、ハーモナイゼーションの問題とは異なるのですが、AECの下では、加盟国が他の加盟国にサービス業で進出する際に、最低70%までは外資規制を開放しなければならないというルールがあります。病院の運営事業もサービスの分野に入りますので、AECの下で病院事業への参入機会が大きくなる可能性はあります。例えば、インドネシアで専門病院やクリニックを開設しようとする場合、通常は外資は67%までの保有しか認められていませんが、ASEAN投資家に対しては原則として70%までの保有が認められます。

 穂高氏:ベトナムなどは、AECによるサービス分野開放を待つまでもなく、WTO加盟の際にコミットメントとして大幅な外資規制緩和を実施済ですので、病院事業についても外資による100%の保有が認められています。ただし、外資が参入する場合には、最低資本金が20百万ドル以上であること、総合病院については最低30床のベッド数が必要など、他の要件が課されることもあるようなので、注意が必要ですね。ところで、ファーマを含むヘルスケア以外の分野で、このハーモナイゼーションが進んでいる分野にはどのようなものがありますか。

 ピーラパン氏:残念ながら、ヘルスケアの分野と比べると、他の優先分野の進捗はまだまだといったところです。例えば自動車の分野ですと、優先12分野に挙げられてはいるのですが、ASEAN自由貿易協定(AFTA)によってすでに多くの便益が実現されているという状況です。

 穂高氏:ベーカー&マッケンジーのAECハーモナイゼーション・グループが発足したのはいつですか。

 ピーラパン氏:AECハーモナイゼーショングループは2012年9月に発足しました。発足以来、ASEAN市場に関心のあるクライアントや、国内国外の団体などに対してプレゼンテーションやセミナーなどを行っています。

 穂高氏:具体的に寄せられているご相談で典型的なものはどのようなものでしょうか。

 ピーラパン氏:バンコクオフィスの例で言いますと、通常のタイ食品医薬品承認局(FDA)に対する製品登録のご相談に加え、他のASEAN加盟国でも同様のサービスを提供してほしいというリクエストが増えています。また、AECハーモナイゼーションおよびASEAN自由貿易協定の下で、最も効率の良い税務およびロジスティックスのプランニングを考えてほしいというご相談も増えています。

 穂高氏:最後に、あなたはバンコクオフィスのジャパンデスク代表も務められているわけですが、ASEAN域内から見て、日本企業はこのAEC下でのハーモナイゼーションをうまく利用している、あるいは、しようとしていると思われますか。

 ピーラパン氏:一般的に、外国企業はAEC下で起こりつつある変化や諸施策についてよく勉強していますが、それに基づいた新戦略についてはまだ策定しつつある、という段階だと思います。しかし、日本企業に限って言うと、AECハーモナイゼーションについて認識しているところがまだ少ないような印象を受けます。他方、域内の企業はAECによるベネフィットを享受するため、研究を進めていると思います。例えば、タイでは、昨年政府がAEC準備センターを設立しましたし、政府のほか民間でもAECに関する様々なキャンペーンが開催されています。

 穂高氏:徐々に、かつ、バラバラに進捗するので、外から変化が見えにくい、というのがAECの大きな特徴の一つであるかと思います。ハーモナイゼーションについても、ファーマの次に来るのは何か、注目する必要がありそうですね。